サンタクロースへの第一歩
前方ではスタッフたちの中にジョーイも混ざり、説明会を始める準備をしている。
ジョーイは他の天使に比べて背が高く、茶色がかった髪の毛で、オシャレな印象がある。
そんな風にノエルが眺めている間に、準備が整ったようだ。
「ようこそ、イシリアルへ。今日は説明会と言っても、顔合わせとまずはここにいる方々の挨拶がメインです。残りの時間は、ぜひこの街を楽しんでください。私は、既に挨拶をしていますが改めて。トレーニング部のジョーイです。」
ジョーイはそう言い、次はスタッフと呼ばれる天使たちを紹介し始めた。
「みなさん初めまして。イシリアル社長のサリーです。この会社を選んでくれて、とても嬉しいです。さて、この会社に入ったみなさんは、もう立派な”サンタクロース”です。赤い服を着てプレゼントを配る事だけが、サンタクロースの仕事ではないのです。人間のみなさんにプレゼントをお届けするには、たくさんの仕事があります。ここでで働く以上は、誇りをもって仕事にあたってくださいね。」
社長のサリーは、天使特有の朗らかさがありつつも、ピシッと筋が通った貫禄を感じさせる天使だ。
その優しい目の奥には、鋭さもあるような気がするとノエルは感じ、思わず少しだけ身体を小さくした。
続いて、この街の長であるブランの挨拶があった。
「ここは神聖なサンタクロースの街。皆が一生懸命に、世界中の人間の子供たちのために働いています。トナカイが街中を歩いている事もありますが、愛情をもって接してあげてくださいね。君たちの将来のパートナーです。私はもうイシリアルの仕事はしていないけれど、何か分からない事があれば気軽に話に来てくださいね。ソリに乗って、プレゼントを配りに行った事もありますよ。」
その言葉に、天使たちは皆、期待を込めた目と笑顔を見せた。
ブランはどの天使よりも年老いていて、一つ一つの言動に重みがある。
ソリに乗ったサンタクロースの姿を想像して、機会があれば話を聞いてみたいなと、ノエルも心の中でワクワクしていた。
説明会では、主にこれからの生活やイシリアルでの仕事の概要が話された。
仕事については明日以降、詳しく説明されるらしい。
サンタクロースの仕事にはいくつか種類があって、部署が分かれている。
部署ごとの研修があるから、明日以降、グループに分けられて順番に研修を行そうだ。
”ソリに乗ってプレゼントを配るサンタクロースは、一定期間が過ぎてから毎年ランダムに選出される”
「プレゼントを配るサンタクロースは、人気があるしみんながやりたいからね。全部の業務を把握できるようになったベテランたちの中から、毎年ランダムで選ぶんだ。みんながその仕事をできるのは早くても1年後かな。頑張ってね!」
と、ジョーイが説明していた。
ノエルは一瞬落胆しかけたが、ここまで来られた事が奇跡なのだから、気を長くして待とうと決めた。
それから、新人の天使たちが住む寮のリーダー、リリーとレオが紹介されて、説明会が終わったら二人に付いていくようにと言われた。
これから全員、寮での生活をし、数年経って一人前と呼べるスキルが身についてからは、一人ひとりに家を与えてもらえるという事だ。
寮生活とは思っていなかったノエルは、自分が悪魔だとバレてしまう可能性を考え冷や汗をかいた。
ニコもそれに気付いたようで、心配そうな目線をノエルに送っている。
寮生活だと、どこでバレるか分からない。
個室であればバレる可能性は少ないけれど、誰かと同じ部屋かもしれない。
個室だとしても、ずっと一緒にいるという事は何かのふとしたタイミングでバレやすくなる。
それに、羽が黒くなってきたらどこで染めればいいのか。
一瞬にして様々な懸念がノエルの頭を駆け巡り、その後の説明が全く耳に入らなかった。
さっきまで浮かれていたのが嘘みたいに、現実を突きつけられた気分だった。
「では、今日はこれで終わりです。この後はリリーとレオと一緒に寮に行って、荷物を片付けたりしてください。その後は、自由に街を楽しんでね!」
「ではみなさん、カートに乗って寮まで向かいます。着いてきてくださいね。」
リリーの後に続いて、それぞれカートに乗り込み、寮を目的地に設定して向かった。
ノエルはまだ険しい顔をしていたために、ニコがカートの操作まで行ってくれていた。
「この後、街を見るの楽しみだよね。寮の案内が終わったらお昼ご飯の時間だし、なにか食べに行きたいね!」
「うん。それよりも、寮ってどんな感じなんだろう。個室だったらまだいいんだけど、誰かと一緒の部屋だったらどうしよう。選べるならニコ、一緒の部屋になって!」
「それはいいけど、もうここまで来たんだから、どう転んでもなるようにしかならないよ。それなら楽しむ方が良くない?ね!」
不安そうにしているノエルに気付いて、ニコは明るく励ました。
実際、もうここまで来たら悩んでいても仕方がないのだ。
「そうなんだけど…。うん。でもそうだよね。ここまで来られたのが奇跡なんだから、後は上手くやっていくしかないよね。ありがとうニコ!」
ここまで何度もニコに励まされている。
ノエル自身、常に落ち着いていて、頻繁に不安になるような性格ではなかったはずだったし、誰かの一言でワクワクするようなタイプでも無かった。
悪魔になって色々な事を諦めてきたから、そういう機会が無かっただけで、ちゃんと不安にもなるしワクワクもできるという事に気付き、感情の変化に少し戸惑いつつも喜びも感じていた。
「お昼ご飯、美味しいお店があるといいね。」
ノエルがそう言うと、ニコは大きな声で笑っていた。
新人天使たちが入る寮は、イシリアルの正面入り口とは反対側にある。
広い敷地内をカートで移動すると、寮に入るための専用入り口に辿り着く。
寮は街や会社とは違って、シンプルな造りだ。
ノエルとニコはカートを降りて寮に入り、先に着いた天使たちが集まっている広間で椅子に座り説明を待った。
しばらくすると、全員揃ったのを確認してリリーが話し始めた。
「寮は、一人一部屋振り分けをします。広間や廊下などの共用部分は綺麗に使ってくださいね。分からない事があれば、私かレオに聞いてください。今日はこの後、各自部屋を見てもらったら自由に街を探索したりして、ゆっくり過ごしてくださいね。」
リリーとレオから鍵が配られて、ニコと一緒に部屋へ向かった。
「とりあえず一人部屋で良かったよ。ドキドキして損した。」
と、すぐに正直な気持ちをニコへ伝えた。
安心すると、お腹も空いてきて街の探索が楽しみになっていた。
その様子が表に出ていたのか、ニコに「さっきと違ってご機嫌だね。」と言われてノエルは少し恥ずかしくなった。
自分たちの部屋を見つけ、集合時間を決めてから2人はそれぞれ部屋へと入った。
トイレもキッチンも、生活するための設備が各部屋に備えられている。
ノエルは想像していたよりも広い部屋に驚きながら、一息つくと持ってきたバッグの中から荷物を取り出して片付けを始めた。
バッグに入っているたくさんの染料を見て、羽を染めたのが遠い昔の事のように感じる。




