第26話 ラライヤの森 ※アーシャ・ルキア視点
「はははは! もっと来い、もっとだ!」
「そんなに敵を呼び込むようなことしないでぇえええええええ!!」
ラライヤの森――鬱蒼とした雰囲気で、常に霧がかっている森。
そこでは大量のゴブリンが発生しており、アーシャはゴブリンの大群を倒しながら突き進んでいた。
その後ろで一人怯えるルキア。
全てをアーシャが倒してくれているが、いつやられるか分からずオドオドとするばかり。
「ルキアも戦ってみたらどうだい? 強くなったらこれぐらいはどうってことないよ」
「どうってことないのは強いから言えるの! 町の人達を見たでしょ。あの人たちも怯えていたじゃない」
「だからこそ強くなるんだ。誰にも負けないように……皆に認められるようにね」
近づくゴブリンを爪で引き裂くアーシャ。
その瞳は真剣そのものであった。
「うーん、大量のゴブリンを相手にするのもいいけど、もう少し歯ごたえのある相手はいないものかな。今ならあのゴブリンエースというのが出て来ても軽く倒してやるんだけどね」
「お願いだからそんな怖いこと言わないで。そういうことを言ってると、本当に出て――って、出ちゃったじゃない!」
ゴブリンエースを所望していたアーシャであったが、彼女たちの前に本当に出現する。
数は二匹。
両手に剣を持ち、ゆっくりとアーシャへと近づいて来る。
「た、たたた、倒して。絶対に倒してね!」
「分かってる分かってる。ルキアは少し高い所で見学しててくれ」
「言われなくてもその予定です!」
空を飛び、ルキアは近くにある大木の頂点付近からアーシャの戦いを眺めることに。
こんな場所まで連れて来られただけでも迷惑なのに、強敵が現れるとなると気が気ではなくなる。
モンスターを早く倒して早く帰りたい。
そう思案するルキアであったが、本来の目的を完全に忘れていた。
「よし、来い。お腹が減っていない時のボクの実力を見せてあげるよ!」
「グォワアアアアアアアオ!」
二匹のゴブリンエースがアーシャに接近する。
アーシャは高揚しつつも、冷静に二匹の動きを観測していた。
二匹が彼女の攻撃範囲に入るのは同時だった。
両手の剣を二匹が振り上げる。
計四本の剣がアーシャに襲いかかろうとしていた。
「残念。そんな速度じゃ当たらないよ」
「!?」
「嘘……いつの間に背後に」
驚愕するルキア。
敵の剣は地面を叩いている。
アーシャは信じられない速度で、ゴブリンエースたちの背後に回っている。
彼女の圧倒的なスピードについていけないゴブリンエース。
アーシャは容赦なく、やつらの背中を爪で切りつける。
「ギャアオオオオオオ!!」
「グググ……ガァアアアア!!」
「だから言ってるだろ、そんな速度じゃ当たらないってね」
アーシャがゴブリンエースの周囲を走り回り、分身したかのような動きを見せる。
目で追うことがかなわず、困惑するゴブリンエースたち。
アーシャは動きながら攻撃の手を休めず、相手は着実にダメージを負っていく。
「これでトドメだ!」
最後に力を込めた蹴りを頭部に放ち、一匹目のゴブリンエースを倒す。
チリと化すゴブリンエース。
残りのゴブリンエースも瀕死の状態で、恐怖心を覚えたような顔でアーシャを見上げる。
「もっと強くなってボクと戦おう……と言いたいところだけど、君はここで終わりだ。町に迷惑をかけられたらたまったものじゃないからね」
「――――」
爪をクロスさせ、相手の胸を切り裂くアーシャ。
ゴブリンエースを容赦なく倒し、戦いを終えたことにふっとため息を漏らす。
「勝った……やっぱりアーシャさんは強いんだね」
「でもまだまだだ。今回の訓練を通して強くなる」
「訓練に付き合わされる私の気持ちも考えてよぉ」
「ははは。付き合ってくれてありがとう」
アーシャの元に下りてくるルキア。
そして二人は顔を合わせ、一緒に首をかしげていた。
「訓練の付き合い?」
「なんだか違うような気がするんだよな……」
するとアーシャはポンと手を打ち、大笑いをし始めた。
「そうだった、調査に来たんだった!」
「調査! そうだったよね。あー良かった。肝心なことを思い出せて」
二人して笑い、森の中に笑い声が響き渡る。
「あー、おかしいな……でもゴブリンがいるだけで、他に異常は見られないね」
「異常があったら困るんですけど。もう帰って何も無かったって報告しようよ」
「それは早計というやつだ。もう少し奥の方を探索しよう」
「まだ奥に進むの? きっと何も無いよー。時間の無駄になるよー」
「ま、訓練の一環だと思っていたらいいじゃないか。さ、奥に行こう」
自分は訓練をするつもりがないのですが。
ルキアはそう言いそうになるが、だが自分たちに課された仕事のために肩を落としながら奥へと進んで行く。
「はぁ、私もチドリさんと一緒に行きたかった。こういうのはシャルさんとアーシャさんが専門でしょ? 危ないところに行くのは」
「ボクとシャルはちょっと違うんじゃないかな。彼女は公正で正義感が強い女性。一心に強くなりたいボクとは、根本の考えが違うよ」
「まぁそうなんだけどさ」
「あれだけ人のことを考えて行動できるのは尊敬できるところだね。チドリもそうだけど、あそこまで純粋な気持ちで動くことはボクにはできないよ」
「そんなことないよ。アーシャさんだって皆のために戦ってるし、町の人達を思って行動してる。一番ダメダメなのは私だ」
落ち込んだ表情で乾いた笑い声を出すルキア。
戦えないことを、いまだに少し後ろめたさのようなものを感じていた。
「ルキアは皆を癒すことができるじゃないか。ボクには無い強さの持ち主だ」
「そう言ってくれると嬉しいんだけどさ。でも自信は持てないよ」
「そうかい? でも自信があろうがなかろうが、危険な場所に踏み込まなければならないこともある。今みたいにね」
「え?」
アーシャが親指で奥の方を示す。
するとそこには、遺跡の入り口らしきものがあった。
「ここって……」
「うん。何か匂うだろ?」
「匂うなんてものじゃない……プンプン匂うから帰ろう。臭い所には近づかないって決めてるの」
「ははは。僕は鼻が悪いから分かんないなぁ」
「犬族なのにそんな冗談が通用すると思ってる!? 匂いには敏感でしょ、アーシャは!」
「自分の匂いにも気づかないぐらい鈍感だよ、ボクは」
そうだった……ルキアは額を押させて、彼女の鼻の悪さを思い出す。
しかしルキアが言っているのは実際の嗅覚ではなく、危険を察知する感の方だ。
だがアーシャはむしろ興奮し、好奇心を抑えきれない様子で遺跡の方へと近づいて行く。
壊れた神殿のような造り。
入り口を入ると、頭部の無い天使の銅像がある。
しかしそれ以外には何も無く、アーシャは分かりやすくガッカリしていた。
「なんだ、何も無いのか」
「何も無くて良かったじゃない! さ、帰ろう。今すぐに帰ろう。用が無いんだから、こんなところにいても意味はありません!」
「うーん、もう少しだけ調べて帰ろう。手ぶらで帰るのもなんだしね」
「はぁ……まだいるんだ」
周囲を捜索するアーシャ。
ルキアは辟易しながら、パタパタと宙を浮く。
「天使様。どうか無事に帰れますように。この後も何事も起きませんように」
そんなことを祈りながら、天使像の前に浮くルキア。
次の瞬間、彼女はふいにくしゃみをしてしまう。
その勢いでなくなった頭部付近に触れてしまい――銅像の背後でゴゴゴと何かが動く音が聞こえてくる。
「おお、でかした、ルキア!」
「あはは……嘘ぉ……」
銅像の背後には地下へと続く入り口が出来ている。
それを見てルキアは顔面蒼白に、アーシャは表情を輝かせるのであった。




