第54話 次元の呪い
崩壊した時計台。
その巨大な残骸が、次々と空中へ放り出される。
鉄骨、コンクリート、巨大な時計盤、砕けた歯車。
それら全てが、ティレスの加速によって異常な速度で落下してくる。
エルマは短剣を構える。
エルマ「時流遅延!」
エルマの中心に時間が歪む。
迫っていた瓦礫の速度が一気に落ちる。
だが。
エルマ「……!」
先程までとは明らかに違う。
瓦礫の速度は落ちている。
それでも、速い。
エルマ『完全に加速を抑えきれない……?』
ティレスは荒い息をしながらも加速し続ける。
さっきよりも出力が桁違いだ。
エルマ「やってくれるじゃない!」
巨大な鉄骨がエルマの頭上から迫る。
エルマは横に飛ぶ。
ドゴォォン!
間一髪避ける。
鉄骨が地面を抉った。
着地、だがその瞬間。
巨大なコンクリート片が迫る。
エルマは手のひらを向ける。
エルマ「時流遅延!」
速度を落とす。
それでも、止まらない。
エルマ『全く遅延できない……!あの子にまだこんな力があったなんて……!』
身体を捻じる。
コンクリート片が頬のすぐ横を通り抜ける。
その上から。
さらに瓦礫、さらに鉄骨、さらに時計の針。
休む暇を与えずに大量に落ちてくる。
エルマ「こんなに……」
遅延をかけた物に、さらに遅延を加える。
一つ一つ遅延させ、回避し、避ける。
そして。
ヒュンッ!!
エルマ「速っ……!」
避けた、はずだった。
だが、あまりにも速い速度。
巨大な瓦礫の端が、エルマの左肩を掠める。
掠めただけ、それだけで身体が大きく弾かれる。
エルマ「ぐっ……!」
左肩が不自然に歪む。
腕が一瞬、力を失う。
エルマ「……っ、はぁ……!」
フィオ「エルマさん!!」
フィオは駆け出す。
エルマ「来ちゃだめ!」
フィオの足が止まる。
エルマは左肩を押さえる。
痛みで顔が歪む。
だが、すぐに前を向いた。
まだ、瓦礫が来る。
エルマ「まだ……終われないわ!」
迫り来る鉄骨に手を向ける。
エルマ「時流遅延」
鉄骨の速度が落ちる。
その下を滑り込む。
ズドォォン!
背後で地面が砕ける。
エルマは立ち上がる。
息が荒い。
左肩が痛む。
それでも、止まらない。
ティレス「……まだ動けるの?」
エルマ「当たり前よ」
エルマは、戦場を走り続ける。
一歩遅ければ潰される。
一瞬判断を間違えれば吹き飛ばされる。
その中でエルマは、一つずつ迫り来る瓦礫の時間を奪っていく。
フィオ「エルマさんの動きが、変わってる……?」
ただ避けているわけではない。
瓦礫の軌道。
速度。
落下地点。
全てを見極め、最小限の動きでかわしている。
ティレス「これで終わりよ!!」
最後の時計盤。
その一つに加速を集中させる。
さらに、さらに速くなる。
エルマ「……」
エルマは一瞬だけ目を閉じる。
目の前から一気に迫る。
そして、短剣を振り下ろす。
エルマ「未来遅延圏!」
空間を遅延させ、時間のズレによって生まれた斬撃。
時計盤に向かって放たれた。
音もせず、次第に縦に切り裂かれる。
その切れ目に、エルマは通り過ぎる。
フィオ「全部、耐えきった……。あんな量の瓦礫を……」
エルマは左肩を押さえながらも、ティレスと視線を合わせる。
エルマ「これでもう加速させる物は無くなったわ。今度こそ終わりよ、ティレス」
エルマは一歩ずつ近づく。
ティレス「何よ、何を根拠に言い切れるのよ」
エルマ「だってあなた、空間ごと加速はできないでしょう」
ティレス「空間……」
ティレスの顔が一瞬歪む。
図星だった。
エルマ「あなたがどれだけ時間を加速しようと頑張っても、私が空間ごと遅延させれば一方的に押せるのよ」
エルマが徐々に笑みを浮かべる。
エルマ「物体にしか加速できないあなたには、到底難しい芸当よ」
立ち止まり、ティレスを見つめる。
エルマ「どれだけあなたの出力が上だろうと、技力の前では太刀打ちできないのよ」
勝ち誇った顔。
そこにはまだ、余裕も混ざっていた。
フィオも、エルマの勝ちだと思っていた。
だが。
ティレス「ふふっ、はははっ!」
ティレスの顔が暗い表情から一気に笑みを浮かべる。
ティレス「そうよ!私はまだそこまでできないわ!空間に加速だなんて思ってもなかったわ!」
エルマとフィオはこの瞬間、不気味に思った。
自分で負けを主張している。
明らかに不利な状態に立っている。
それなのに、狂ったように笑っている。
エルマ「頭でもおかしくなったの?」
エルマの言葉を遮るように、ティレスは続ける。
まるで、何も聞こえていないように。
ティレス「でも、それを教えてくれたのはあなたでしょ!!」
エルマ「……?」
何を言っているのか分からなかった。
だがこれだけは分かる。
今のティレスは、何かに興奮していると。
ティレス「あの技を見て分かったの!空間に対して時間をどう対応させるのか!」
ティレスは構える。
両手を大きく広げる。
エルマ「……!?」
ティレス「時間を操作する者同士、どちらかだけができることなんて存在しないのよ!!」
エルマも同じように構える。
両手を広げる。
エルマ『まさか……あれを……!?』
ティレス「加速と遅延!これが最後の時間よ!!」
これは、単純な加速と遅延のぶつけ合いではない。
相手の時間を奪うのではない。
“自分の時間の押し付け合い”
自分の周囲だけではない。
時間という概念そのものの上書き。
ティレス「終局加速領域!!」
エルマ「終局遅延領域!」
二つの時間が、空間を伝って衝突した。
加速と遅延。
互いの時間が、相手を押し潰そうとする。
空気が震え、地面が軋む。
その瞬間。
エルマの髪が僅かに揺れた。
風ではない。
時間の流れそのものが動いている。
エルマ「……っ」
ほんの一瞬、本当に僅かな差だった。
だがエルマは感じ取った。
加速が、ほんの僅かに遅延を上回った。
ティレスの口元が上がる。
ティレス「技力が同等になった今!出力で全て決まるのよ!!」
ティレスの加速がさらに速くなる。
加速が遅延を押している。
エルマの額に、汗が流れる。
フィオ「……エルマさん?」
エルマ「……大丈夫、大丈夫よ」
その声には、先ほどまでの余裕がない。
フィオはエルマを見る。
そして、気づいた。
フィオ『エルマさんが……押されてる……?』
エルマはすぐに出力を引き上げる。
再び、対等な状態へと戻る。
その瞬間。
空間が大きく歪んだ。
フィオ「っ!?」
まるで、透明なガラスを押し曲げたかのように。
景色が歪む。
お互いが出力を上げる度に、世界が大きく揺れる。
ティレス「まだまだこれからよ!!」
エルマ「……望む……ところよ……」
お互いは再び出力を底上げする。
加速を空間に押し付け、遅延を空間に押し付ける。
そして、ついに。
――ピシッ
フィオ「……え?」
音がした。
空から聞こえた。
聞こえるはずのない、聞き馴染みのない音が。
フィオがゆっくりと顔を上げる。
そこにあったのは。
フィオ「……ヒビ?」
空に、一本の線。
細い亀裂。
巨大なガラスへヒビが入ったかのようだった。
2人は気付かず、目の前の敵だけを見ている。
亀裂が次々と広がっていく。
空だけではない。
地面、瓦礫、遠くの景色まで。
世界そのものに亀裂が走っていく。
フィオ「なに……これ……」
その亀裂の向こう側が少しずつ見え始める。
そこには、この世界には存在しない色があった。
暗闇のようで、光のようでもある、濃い紫。
エルマとティレスも、この異様な光景に気付く。
エルマ「どういう……こと……」
ティレス「紫の空間……?」
亀裂がさらに広がる。
紫色の何かが、こちら側へ滲み出してくる。
その時。
――ブツッ
ノイズが走った。
空中の何も無い場所に、一つの光が現れる。
白い小さな光。
だがそれは、徐々に形を作っていく。
ミニクリオ。
いつものように、小さな身体を浮かせる。
はずだった。
ミニクリオ「……」
姿が崩れている。
輪郭が何度も消える。
現れては消えるを繰り返している。
フィオ「ミニクリオ……?」
ミニクリオ「……」
返事はない。
いや、口は動いている。
だが、聞こえてくる声は。
ミニクリオ「……ザ……ザー……観……測……エ……ラー……」
その時。
ミニクリオの身体が激しく点滅する。
フィオ「ミニクリオ!?」
ミニクリオ「警……告……警告……警……告……」
声が重なる。
ミニクリオ「時間軸……異常……空間……異常……次元……」
ブツッ
身体が乱れる。
ミニクリオ「観測……不能」
フィオ「観測不能……?」
その瞬間、ミニクリオの身体がぐにゃりと歪む。
ミニクリオ「管理領域外……管理領域外……管理領域外……」
その言葉が、何度も何度も繰り返される。
そして。
――ブツン
一瞬。
完全に消える。
フィオ「ミニクリオ!!」
しかし、次の瞬間には現れる。
ミニクリオは、亀裂の向こう側を見ているようだった。
ミニクリオ「……ザー……」
ノイズ混じりの声が響く。
ミニクリオ「次元……干渉……警告……この……領域……は……」
一瞬、ノイズが消える。
そして、ミニクリオははっきりとした声で。
ミニクリオ「観測できません」
ミニクリオは姿を消す。
その瞬間、亀裂がさらに大きく開いた。
ドォォォン!
空間が悲鳴を上げる。
紫色の空間が、こちら側へ広がっていく。
フィオ「なんなの……これ……」
世界の壁。
次元の壁。
その境界すら、壊れ始めている。
――時間を操る。
その程度だと思っていた。
だが違った。
二人が互いを上回ろうとした結果。
壊れたのは時間だけではない。
“世界そのもの”だった。
後に、この現象にある定義名が付かれる。
《次元の呪い》
To be continued…
第55話 幻想




