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未完成のまま― 最適解に選ばれなかった僕たちへ ―  作者: はるねこ
第2期

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第53話 加速と遅延

目の前の相手は時間を操る。

しかも、自分とは正反対の力。

加速と遅延。

互いが互いを打ち消す。

力をぶつけ合っても意味が無い。

そして2人は、ほぼ同時に同じ結論へと辿り着く。

先に動いたのは、ティレスだった。


ティレス「……なら、こうするわ」


エルマから視線を外す。

向かった先は、一本の木。


フィオ「……?」


木の前で足を止める。

そして、針剣を構えた。


ティレス「直接触れられなくても――」


一瞬、ティレスの身体から時間の歪みが滲み出る。

次の瞬間、ティレスの姿がブレる。

何が起きたか分からなかった。

フィオには見えなかった。

だが、エルマには分かる。

一瞬の間に、ティレスが針剣を振るっていたのだ。


ティレス「これでいいわね」


その瞬間、無数の切断線が走った。

一本の木が、一瞬にしてバラバラになった。

木が倒れるより先に、無数の木片へと分解されていた。

幹、枝、細かな木片。

その全てが舞い上がる。

そして、まだ地面に落ちる前。


ティレス「まずは……」


針剣の先端が木片を軽く突いた。

エルマへ向かって飛ぶ。

その瞬間。


ティレス「時流加速(クロック・アクセル)」


空中を飛んでいた木片が突然、速度を増した。


エルマ「……やっぱりね。そう来ると思ったわ」


エルマは余裕を持って避ける。

頬のすぐ横を通り過ぎる。


ティレス「まだまだいくわよ」


別の木片を弾く。

もう一つ、さらにもう一つと。

木片は、ただの木片ではなくなる。

次々と高速の弾丸へ変わっていく。


エルマ「……!」


正面から無数に放たれる。

エルマは身体を捻る。

短剣で弾く。

しゃがんで避ける。

だが、避けた先へ次の木片が飛んでくる。


エルマ「――っ!」


エルマの頬を木片が掠った。

赤い線が走る。


ティレス「ふふっ、当たったわね」


エルマは頬に触れる。

指先についた血を見る。


エルマ「あら、一回当たっただけでそんなに嬉しいのね」


一瞬、ティレスの目が細くなる。


ティレス「あまり私(わたくし)を舐めない方がいいわよ!」


時間が加速する。

ティレスの身体が次第に消えた。

一本、二本、三本。

次々と木々の間を駆け抜ける。


フィオ「は、速い……!」


フィオの目では追えないほど。

ティレスの姿は、一瞬ごとに場所を変えていた。

その度に、木へ無数の切断線が刻まれていく。

それと同時に、針剣で木片を突いていた。


ティレス「時流加速(クロック・アクセル)!」


それぞれ違う方向からエルマを襲う。


エルマ「……これは少し、真面目にやらないとね」


目の前へ迫る木片。

エルマはそれを避けると同時に。


エルマ「時流遅延(クロック・スロウ)」


木片の動きが突然鈍る。

弾丸だった木片が、空中で速度を失う。


ティレス「流石にそう来るわよね。お互いに全力を出さないと」


エルマに近づいたものから、一つ一つ遅延が付与される。

その全てを、短剣で弾く。


ティレス「でも」


ティレスは止まらない。

この広場にある木全てを切り尽くほどに。


ティレス「量ならこっちが上よ」


さらに木片の数が増える。

しかも、さっきよりも加速されている。

今度は、エルマが追いつかなくなる。

エルマの目の前へ、同時に三発。

二つを弾くも、一つは肩を掠める。


エルマ「っ……」


ティレス「ほらほら、もう限界なんじゃないの〜!」


だが、エルマの口が吊り上がる。


エルマ「限界?冗談はよしてちょうだい。これでもまだ手加減してあげてるのよ」


エルマは振り返り、フィオと目を合わせる。

その目には、覚悟の色が実っていた。


エルマ「フィオ、もう少し離れてちょうだい。この子に教えてあげるわ、私の方が格上だって」


フィオがその場から走るように離れる。

その時、時計の針がどこかで鳴った。


エルマ「終局遅延領域(ジ・エンドオブクロノ)」


その瞬間、全てが止まった。

風が止まり、木の葉が止まり、砂埃が止まる。

そして、迫り来ていた木片が一斉に速度を失っていく。


ティレス「……全部……止めた……?」


数十の木片、その全てが空中で浮かんだように静止する。

だが、止まったわけではない。

時間が限りなく遅くなっている。

エルマの周囲に存在するもの全てが、遅延によって飲み込まれていた。


フィオ「す、凄い……」


フィオは思わず息を呑む。

まるで、世界そのものが別の時間に置き去りにされているようだった。


エルマ「一つずつなんて、そんな面倒なことはしないわ」


エルマはゆっくりと木片の横を通り過ぎる。

時間が静止した世界を歩くように。


エルマ「あら、どうしたの?息が切れてるじゃない」


ティレスは気付く。

明らかに呼吸の数が多くなっている。


エルマ「ごめなさいね。私、もっと凄いものを期待してたわ」


表情が一気に暗くなる。


ティレス「……何がよ」


エルマは少し考えるように首を傾げる。


エルマ「ほら、今の攻撃、かすり傷を付ける程度で全く届いてないじゃない」


空中の木片を指先で摘む。

ティレスの表情が僅かに固まる。


エルマ「それに」


一歩、ティレスに近づく。


エルマ「私には焦って走り回ってるようにしか見えなかったわ」


ティレス「……」


フィオ「エルマさん……?」


相手の反応を待たずに続ける。


エルマ「あらあら、もう加速するものが無くなっちゃったから困ってるの?」


わざとらしく周囲を見渡す。


エルマ「それとも、あなた自身がもう限界?」


ティレス「……黙れ」


エルマはさっきよりも笑顔になる。

心の底から、人を馬鹿にするような笑顔。


エルマ「嫌よ」


即答だった。

エルマは、まるで楽しむように笑っていた。


エルマ「だって、あなたがどれだけ速くしても、私には追いつけないもん」


ティレス「……」


エルマ「ねぇ、ティレスちゃん」


その名前を、わざと優しく呼ぶ。

気付けばエルマは、目の前に立っていた。


エルマ「私に勝てると思ってるの?」


ティレス「……思ってるわ!」


エルマ「ふふっ」


ティレスの目が鋭くなる。


ティレス「何がおかしい!」


エルマ「だって」


エルマはそっとティレスに近づく。

そして、耳元で。


エルマ「その顔で言われても、全然怖くないんだもん」


その時、ティレスから完全に笑みが消えた。

咄嗟にエルマから離れる。


ティレス「私のこと、見下してるの!?」


エルマ「見下してる?」


エルマは考えるような仕草をする。

少し間を置いて。


エルマ「違うわ」


そして、笑う。


エルマ「見下す価値すらないのよ」


――カチッ


空気が震えた。

ティレスの針剣を握る手が強くなる。


エルマ「あなたは私の時間の中で、何もできないのよ」


ティレスの目が開かれる。

そして、次の瞬間。


ティレス「……ふざけるな!」


――カチッ


声が震えた。

怒りが露になる。

地面に針剣を突き立てる。


ティレス「私が何もできない!?」


――カチッ


周囲の空気が、爆発するように揺れる。


ティレス「私には……!見下す価値すらない!?」


――カチッ


風が暴風へ変わる。

砂埃が大量に舞う。


――カチッ


ティレス「黙れ!!私の時間を、貴様の尺度で語るな!!」


――カチッ


時計台の針が動き出した。

秒針が、異常な速度で回転する。

一周、二周、三周。

もう、止まらない。


エルマ「……!」


時計台が軋む。

歯車が砕け、柱に亀裂が走る。


ティレス「私が遅いんじゃない!世界の方が、私について来れないだけだ!!」


時計台全体が、異常な速度で揺れ始める。

そして、怒りに歪んだ顔でエルマを睨む。


ティレス「私の時間から逃げられると思うな!!」


ドゴォォォン!!


時計台が崩壊した。

巨大な瓦礫が、一斉に宙へ放り出される。

その全てに、加速が付与される。

巨大な鉄骨。

砕けたコンクリート。

時計の針。

全部、エルマに向かって飛翔する。


エルマ「……いいわ。その怒りも、その速度も。全部、私が受け止めてあげる。だから――」


口元をほんの少しだけ上げた。


エルマ「全力で来なさい!」


時間と時間。

加速と遅延。

2人の戦いは、ついに互いの限界を削り合う領域へ突入した。

To be continued…

第54話 次元の呪い

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