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未完成のまま― 最適解に選ばれなかった僕たちへ ―  作者: はるねこ
第2期

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第52話 時の支配者

ビルが崩れている。

かつて戦いの場だった道路には、無数の瓦礫が散らばっていた。

割れた窓ガラスが歩道を覆い、風が吹くたびに小さな破片がカラカラと音を立てる。

止まった信号機。

ひび割れたアスファルト。

誰もいない街。

そこを、2人は歩いていた。


フィオ「エルマさんがいて安心します」


フィオ《地形再生(グリーン・リワーク)》


フィオは隣を歩くエルマへ、柔らかな笑みを向ける。


エルマ「あら、嬉しいこと言うじゃない」


エルマ《短時間遅延(クロノ・スロウ)》


エルマもいつもの穏やかな表情を返す。


フィオ「本当ですよ。私1人だったら、ちょっと心細いですから」


エルマ「ふふっ。そう言ってもらえるなら、一緒に来た甲斐があったわね」


フィオ「はい!……この周辺、ガラスが散らばっていて危ないですね。そうだ!」


フィオは手を地面へ向ける。

淡い光が広がる。

ひび割れたアスファルトやガラスを押し退けるように、草木が一斉に芽吹いていく。

崩れた建物の隙間から蔓が伸び、荒れ果てた街へ少しずつ緑が戻っていく。


エルマ「やっぱり、あなたの力は綺麗ね」


フィオ「そうですか?」


フィオは笑顔を見える。


エルマ「ええ。こんな場所でも、ちゃんと生きようとするものがあるって感じがするわ」


フィオ「……エルマさんって、たまにはすごく優しいこと言いますよね」


エルマ「たまには?」


フィオ「……いつもです」


エルマ「よろしい」


2人は再び歩き始める。

そこには確かに、静かな時間が流れていた。

しかし。

数歩進んだところで、エルマの足が止まった。


フィオ「?」


フィオも立ち止まる。


フィオ「どうしたのですか?」


エルマは答えない。

ただ、前方を見つめている。

風が吹いている。

砂ぼこりが舞っている。

壊れた看板が揺れている。

一見すると、何も変わっていない。

それなのに、エルマの表情から先ほどまでの笑みが消えていた。


エルマ「……変ね」


フィオ「何がですか?」


エルマ「時間の流れが……乱れている」


フィオ「時間?」


エルマは目を細める。

意識を集中させる。

周囲を流れる時間。

風の動き。

あらゆるものに流れる時間を感じ取っていく。

そして、その先にある異常を捉えた。


エルマ「……あっちよ」


エルマが指を差す。

少し先。

崩壊したビルの向こう側。

そこには、大きな広場があった。

複数の木々が生え、大きな時計台がある。

しかし、その広場だけ世界の歯車が噛み合っていない。

風が普通の速度で流れ、次の瞬間には何倍もの速度で吹き抜ける。

木の葉が落ちたかと思えば、急に地面へ落下する。


フィオ「なんですか、あれ」


エルマ「分からないわ。見に行きましょう」


フィオ「……危険じゃないですか?」


エルマはフィオの肩を軽く叩く。


エルマ「大丈夫よ。危なくなったら、私が守るから」


フィオ「……はい。頼りにしてますよ……」


2人は広場へ向かう。

歩けば歩くほど、時間の歪みが強くなっていく。


フィオ「……なんだか、変な感じです」


エルマ「時間そのものが、誰かに触られてるみたいね」


フィオ「誰かいるのですか……?」


エルマ「ええ。気をつけて」


そして、広場へ辿り着いた。

エルマの足が止まる。

目が見開かれる。

広場の中心。

そこに、1人の女性が立っていた。

銀色の髪。

深い青の瞳。

衣服には時計の文字盤を思わせる装飾。

そして、その手には時計の針を巨大化させたような細身の剣。

女性はこちらの存在に気づく。

目が合う瞬間、2人の視界に文字列が浮かび上がった。


《接触確認》

エルマ

・属性:時間

・ランク:Ⅳ《異常個体(イレギュラー)》


《接触確認》

フィオ

・属性:植物

・ランク:Ⅲ《観測対象(オブザーバー)》


そして、エルマとフィオに映ったのは。


《接触確認》

ティレス

・属性:時間

・ランク:Ⅴ《超越者(オーバー)》


エルマ「……!?」


ティレス「……!」


2人の視線が交差する。

エルマが少しだけ目を丸くする。


エルマ「珍しこともあるものね。まさか同じ属性同士が出会うだなんて」


ティレス「そうわね。私(わたくし)も初めてだわ」


どちらも嬉しそうに笑う。


エルマ「じゃあ私たち、初対面でお揃いね」


ティレス「……お揃い」


ティレスは顔を下げる。


エルマ「あら、嫌だったかしら?」


そして再び顔を上げる。

その表情は、さっきよりも笑みで満ちていた。


ティレス「全く、嫌いじゃないわ」


エルマ「ふふっ、素直でよろしい」


フィオは二人の会話を聞きながら、一歩後ろへ下がる。


フィオ『なんだろう、この2人……』


戦う前なのに、どこか楽しそうだった。

だが、それ以上に――


フィオ『似てる……』


その時。

エルマはポケットから白い手袋を取り出し、手にはめる。

さらに、メスのような短剣も構える。

ティレスも、針剣を構える。

空気が変わった。


エルマ「フィオ」


フィオ「はい」


エルマ「危ないから下がってて」


フィオ「……分かりました」


フィオはさらに距離を取る。

エルマはティレスを見る。

目の鋭さが変わる。


エルマ「それじゃあ始めましょう。お互いに、時の支配を」


次の瞬間。

同時に世界が歪んだ。

エルマの中心に、時間が引き伸ばされる。

風の速度が落ちる。

舞い上がった砂埃が、空中でゆっくりと漂う。

一方。

ティレスの中心に、時間が短縮される。

風が一瞬で駆け抜ける。

瓦礫が凄まじい速度で転がっていく。

二つの時間が、真正面からぶつかった。


エルマ・ティレス「……っ!」


フィオ「……!?」


その瞬間、フィオは目を疑った。


“何も起こらない”


爆発もない。

衝撃もない。

音すらない。

ただ、そこにあったはずの歪みが消えた。

何も残っていない。

両者ともに、何も変わっていない。

2人の間に立っていた空気だけが、静かに揺れていた。

何が起きているのか、すぐには理解できなかった。


エルマ「まさか……」


ティレス「相殺した……?」


2人は互いを見つめる。


ティレス「あなた、時間を“遅らせてる”わね」


エルマ「そういうあなたは、時間を“進めてる”のね」


その瞬間、心の声が重なる。


エルマ・ティレス『だからか』


たった今、何となく分かった気がした。

遅延と加速。

正反対の力が、完全に噛み合った。

だからこそ、互いの前では何も起こせない。


フィオ「お互い、意味が無くなるんだ……」


エルマは短剣を構え直す。


エルマ「……厄介ね」


ティレス「そっちも同じでしょ?」


エルマ「それもそうね」


再び視線が交わる。

そして互いに、同じことを考えていた。


エルマ「じゃあ……少し上げるわ」


ティレス「奇遇ね」


ティレスが口元を吊り上げる。


ティレス「私もそうしようと思ってたの」


先ほどと周囲の空気が変わる。

エルマの足元から、ゆっくりと時間の歪みが広がっていく。

ティレスの周囲では逆に、空気が異常な速度で流れ始める。


エルマ「時流遅延(クロック・スロウ)!」


ティレス「時流加速(クロック・アクセル)!」


エルマの周囲の時間がさらに引き伸ばされる。

風がほとんど止まる。

対して。

ティレスの周囲の時間がさらに短縮される。

風が流されていく。

二つの時間が再びぶつかり合う。

だがまたしても。


“何も起こらない”


互いの力が打ち消し合う。

静寂だけが残る。


エルマ「これでもダメね」


ティレス「普通ならどちらかが押し切る」


エルマ「でも、私たちは違う」


エルマ・ティレス「“それ”だけじゃ、決着はつかない」


これはもう、単純な能力のぶつかり合いではない。

時間を操る者同士による、知恵と技術、そして意地を懸けた戦いだった。

能力が互いを打ち消すなら、最後に勝敗を分けるのは――その力をどう使うかに託される。

To be continued…

第53話 加速と遅延

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