第50話 盤上の終着点
ソラとレン、お互いに血を流しながら向かい合う。
ソラ『このままじゃ、長引くほど不利……。今すぐにでも決着をつけないと……』
ソラは肩を押さえながら息を整える。
一方。
ケイルはレンに視線を向ける。
レンとアイを引き離している雷。
ケイルにしか見えない磁力を持った雷。
その雷光が、僅かに弱まっていた。
バチッ……
火花が小さくなる。
ケイル『あっちの維持にも体力を使う。このままじゃ、保ちきれない……』
アイはそれを見逃さなかった。
アイ「あれれ〜?弱くなってるよぉ〜。近づいちゃってもいいのかな〜♡」
一歩踏み出す。
今まで弾かれていた身体が、ほんの少しだけ前へ進む。
ケイル『まずいっ……』
ケイルは咄嗟に両手を広げる。
ケイル「これ以上近づける訳にはいかないんだ」
轟音が響く。
八本の雷柱が、アイを囲うように大地へ突き刺さる。
雷柱同士を無数の稲妻が結び、一瞬で巨大な雷の檻が完成した。
ケイル「雷牢監獄!」
激しい放電が辺りを包む。
アイ「また閉じ込められちゃった♡」
ケイル「ここから先には行かせない」
アイは檻を見上げる。
上も左右も塞がれている。
それでも、笑った。
アイ「でも、今回は通れるね♡」
ケイルの表情が変わる。
ケイル「……え?まさか!?」
アイは一歩踏み出した。
バチィィィッ!!
全身を雷が駆け巡る。
皮膚が焼ける。
煙が立ち昇る。
それでも、アイは止まらない。
二歩、三歩。
焼ける痛みなど意にも介さず、雷の檻を突き進む。
アイ「えへへ……♡」
ケイル「やめろぉ!!」
叫びも虚しく、アイは雷の檻を突き破った。
同時に。
ケイル「ぐあっ!」
ソラ「がっ……!」
焼けるような激痛が二人の全身を襲う。
ソラの足が止まる。
ソラ『なんだ!?何があった!?』
レンは、その瞬間を見逃さない。
レン「百花乱突」
短剣が閃く。
一撃。
二撃。
三撃。
ソラは辛うじて避ける。
しかし、その動きは先ほどまでとは明らかに違っていた。
速さが落ちている。
反応が鈍っている。
積み重なった痛みが、確実に身体を蝕んでいた。
レンは口元を吊り上げる。
レン「さっきまであんなに私のことを舐めてたのにもう限界?情けないわね」
ソラは荒く息を吐き、レンを睨む。
ソラ『まだ……まだだ……』
その頃、ケイルもまた肩で息をしていた。
肩から腕へと走る激痛。
雷の檻を突破された反動に加え、アイが負った痛みが次々と流れ込んでくる。
雷を纏う身体は先ほどよりも明らかに鈍い。
ケイル「……っ」
歯を食いしばりながら、レンへ伸ばした左手を握る。
2人を引き離している雷。
その光は、今にも消えそうなほど弱々しかった。
アイ「限界みたいね♡」
ケイルは黙ったまま雷を維持しようとする。
だが。
バチッ……
火花が弾けるたびに、雷は細く、頼りなくなっていく。
アイ「もう少しだぁ〜♡レンちゃ〜ん♡」
アイは両手を上げて走り出す。
今度は押し返されない。
一歩、もう一歩。
ケイル「……くそっ」
止めようと雷を放つ。
しかし、その雷は以前のような勢いを失っていた。
アイはそのまま雷を突き抜ける。
バチッ!
雷が身体を走る。
それでも、足は止まらない。
ただ、痛みが返ってくるだけ。
そして。
パリンッ……
張り詰めていた磁力が、音を立てるように消え去った。
ケイル「……!」
レンとアイの距離を隔てていた見えない壁は、完全に失われた。
アイは嬉しそうに抱きつく。
アイ「やっと会えたぁ♡」
レン「もう、あんまくっつかないでよ」
2人が肩を並べる。
その姿を見た瞬間、ソラの表情が曇る。
レンの意識誘導。
アイの痛覚共有。
互いの能力を補い合う、最悪の組み合わせ。
ケイルはソラと合流する。
ケイル「ごめん、しくじった」
ソラ「いや、いいんだ。それに、やることはもう分かるよな」
ケイル「……うん」
言葉は、それだけで十分だった。
2人とも理解していた。
このまま長引けば勝機はない。
ソラはコインを強く握り締める。
ケイルは残った雷を身体へ集める。
互いに視線を交わす。
その一瞬で、考えは一致した。
『2人まとめて、ここで終わらせる』
ケイル「チャンスは一回だけ」
ソラ「後のことはどうでもいい。死ぬ気で全部をぶつける」
ケイル「……分かった」
レンとアイは一歩距離を置く。
体勢が変わる。
レンが踏み出す、その瞬間。
ケイルの口元が緩む。
ケイル「……いくよ」
ケイルはゆっくりと右手を掲げる。
指先を鳴らす。
パチン
その瞬間だった。
バチィィィッ!
レンとアイの身体が勢いよく互いへ引き寄せられる。
レン「っ!?」
アイ「きゃっ♡」
二人の身体が激しくぶつかる。
まるで見えない鎖で縛られたかのように、身体は密着したまま離れない。
レンは必死に後退しようとする。
だが、動けば動くほど反発ではなく吸引する力が2人をさらに引き寄せる。
ケイル「雷には二つの役割がある」
レン「……?」
ケイルは指を立てる。
ケイル「一つは、身体に極性を刻む雷。もう一つは、極性を運ぶ雷」
ケイルは目線をアイに向ける。
ケイル「君には最初から陽極を刻んでいた。そして、最後に放ったあの雷は、陰極の雷。でもそれは、刻むものではない、纏わせるだけの雷」
レンは息を呑む。
レン「まさか……」
ケイル「君がレンに触れた瞬間、陰極はレンに移った。元々極性を持っていない者は、自動的に極性が刻まれる。レン、君は既に陽極が消えているからこれに適用される」
パチンッ
2人の磁力が強まる。
ケイル「磁力は、離すことも、引き寄せることもできるんだよ」
レン「そんな……!」
アイ「あらぁ♡動けないわぁ♡」
ケイルはソラへ視線を送る。
ケイル「今だ!」
ソラは既に、地面に手をつけていた。
次第に地面が揺れ出す。
ソラ「はぁぁ!!」
巨大な水流が地面から巻き上がる。
一本。
二本。
三本。
いや、数え切れない。
戦場中の水がソラの元へ集まり始める。
水滴一つ一つが、青白く輝いていた。
アイ「すごぉい……♡」
アイも笑みを消す。
ソラは右手を前へ突き出した。
ソラ「これが僕の全てだぁ!!」
巨大な濁流が生まれる。
それはもはや水ではない。
巨大な龍のような奔流。
戦場そのものを飲み込む津波だった。
レンは叫ぶ。
レン「アイ!」
アイは笑う。
アイ「もちろん♡」
2人は手を重ね合う。
レンが意識を一点へ集中させる。
アイは全身に刻まれた傷から溢れる痛みを力へ変える。
2人の手が前へ突き出す。
レン・アイ「同調双極恋愛!!」
2人の前に巨大な衝撃波が形成される。
ドォォォン!
水流と衝突。
地面が砕け、空が震える。
衝撃だけで木々が吹き飛び、岩盤に無数の亀裂が走る。
互角。
誰もがそう思った。
ケイル「これで終わりじゃないよ」
ケイルは右手を、水流へ向ける。
バチッ。
黄色の雷が奔流へ飛び込んだ。
水全体が黄色へ染まる。
レン「また威力が……」
押し返していたはずの濁流が、さらに勢いを増していく。
アイ「もっと……もっとよぉ〜!!」
痛みを再び力へ変える。
衝撃波はさらに巨大になる。
二つの力がぶつかり合う。
均衡。
その均衡が数秒続く。
ケイルは静かに目を閉じる。
ケイル『僕の目的はこれじゃない!もっと、もっと全力を出せ!!』
ケイルの瞳が開く。
黄金色の雷光が宿る。
戦場一帯を覆っていた水が、一斉に黄色の光を帯び始めた。
次の瞬間。
さっきまで大量にあった水が、音もなく消えた。
あれほど荒れ狂っていた濁流は、まるで最初から存在しなかったかのように、その姿を失う。
残されたのは、空間を満たす無数の光だけだった。
2人の表情が凍りつく。
レン「……何をしたの?」
そして、ケイルは地面へ拳を叩きつける。
ケイル「轟けぇぇぇッ!!」
ゴォォォン!!
大地が砕けた。
その瞬間。
雲一つなかった空が、一瞬で黒く染まる。
ゴロゴロゴロ……
重々しい雷鳴が世界を包み込む。
黒雲の中心が渦を巻き始める。黒雲の中心が渦を巻き始める。
そこへ、黄色の雷光が一点へ集束していく。
まるで天そのものが一本の槍を作り上げるように。
次の瞬間。
ゴォォォォォォッ!!
天を裂く巨大な雷が降臨した。
一本ではない。
幾重にも絡み合った雷柱。
それは龍のように唸りを上げながら大地へ落ちる。
世界が白く染まる。
耳をつんざく轟音。
視界を埋め尽くす黄金の閃光。
雷柱はレンとアイ、2人の目の前へ吸い込まれ、無数の火花を散らしながら戦場を駆け抜ける。
当てるのではない。
ケイル「それでいい。僕の狙いは君たちじゃない。この一瞬だけで十分だ」
無数の火花が戦場を彩り、世界が眩い閃光に包まれる。
水の電気分解により生まれた大量の水素。
巨大な雷により生まれた無数の火花。
ケイルの本当の目的は―― “水素爆発”。
ケイル「メラ着火ファイヤー」
その瞬間。
戦場全体が白く染まった。
閃光。
爆音。
世界が揺れる。
ソラは腕で顔を庇う。
衝撃波が四方八方へ吹き荒れる。
地面は大きく抉れ、巨大なクレーターが形成される。
爆風は雲を吹き飛ばし、空へ一本の光柱が突き抜けた。
しばらくの静寂。
舞い上がった砂煙だけが戦場を包む。
やがて、風が吹く。
煙がゆっくりと晴れていく。
その中心、レンとアイは互いを支え合うように倒れていた。
全身は傷だらけ。
レンは意識を失っている。
アイの呼吸は浅い。
立ち上がる力すら残っていない。
だが、次の瞬間。
ソラ「がっぁぁぁ!!」
ケイル「っ……!!」
全身へ激痛。
2人は倒れ込む。
最後の超火力、その全部が返ってくる。
ソラ「くそっ……!まだ倒しきれてないのかよ……」
身体が動かない。
呼吸すら苦しい。
ケイルも雷が消えかける。
ケイル「……最悪だな」
身体が言うことを聞かない。
立ち上がろうとしても、全身が震える。
ソラ「早く……トドメを……」
最後の力を振り絞り、ソラは立ち上がる。
一歩ずつ、ゆっくり近づく。
静かに水を集める。
掌の上で、一枚の水刃がゆっくりと形を成していく。
ソラ「これで……終わらせる……」
その声に反応したのか、アイの瞼がわずかに震えた。
薄く目を開ける。
霞む視界の中で、ソラを見つめる。
そして、小さく笑った。
アイ「……えへへ♡」
血を吐きながらも、その笑みだけは崩れない。
アイ「最後まで……私に構ってくれるんだぁ……♡嬉しい……♡」
ソラは何も答えない。
水刃を握る手に力を込める。
アイはゆっくりとレンへ顔を向けた。
震える腕で、そっとレンの手を握る。
アイ「レンちゃん……一緒なら……怖くないよぉ♡」
息を一つ吐く。
そして再びソラを見つめ、優しく微笑んだ。
アイ「だから……最後は……2人一緒に愛してね♡」
ソラの瞳が揺れる。
それでも迷いはない。
ソラ「流水刃」
水刃が振り下ろされる。
その時。
スゥゥン……
ソラ「……っ!?」
水刃は跡形もなく消えた。
ソラの目の前に、いつの間にか1人の男が立っていた。
黒い髪が揺れる。
静かに顔を上げる。
ソラの瞳が大きく開かれた。
ソラ「……誰だ……お前?」
男は無言のまま、ソラを真っ直ぐ見据える。
その瞳には、一切の感情が宿っていなかった。
そして、目の前に文字列が生まれる。
《接触確認》
リンネ
・属性:無
・ランク:Ⅵ《到達者》
To be continued…
第51話 絶対否定




