19.ジェンダーソン侯爵家
馬車は4人乗りでエリックが運転、私と師匠が並んで座り、向かいにレイが座る。
私は窓の外に流れる街の様子に釘づけだった。
「あれは何だ?」
人が入れそうなくらい大きな鍋を持った男が、胡坐をかいた体勢で宙に浮いている。
鍋の底についている細い木に上手いこと座っているみたいだ。
「あぁ、あれはトローリ売りだ。鍋の中に伸びる飴が入っていて、棒に巻き付けて売る。子供に人気の祭り菓子だよ。」
「へぇーっ!伸びる飴かっ、面白い!あ、あっちは何だ?」
通りの向うに長い行列ができていた。子供も大人も、貴族らしき人も、いろいろな人が並んでいる。
「あぁ、あれはリアン王女が毎年行っているクジ引きだよ。年に一度、祭りの時にだけ行うんだけど、外れナシで景品が豪華だから大人気なんだ。」
「ほう、それは面白そうですね。」
運試しや賭け事が好きな師匠が反応する。
「毎日限定100クジだったかな。早朝にいけばなんとかなるかもしれませんよ。」
レイの言葉に、考えてみます、と師匠が微笑んで私を見た。
嫌な予感しかしない。
そのうち馬車が止まり、着きましたよ、とエリックが声をかけてくれた。
馬車を下りると3mはあろう立派な門が聳え立っていた。周りは高い壁に囲まれており、この門が唯一の家への入り口なのだろう。
エリックが門の扉に手を当てると扉はエリックの腕を肩まで飲み込み、ブヘッと吐き出した。なんとも言えぬ音である。
「もう少し違う音にならないか色々やってみたんだけどね。」
レイが困ったように笑って肩を竦めた。
家の周りには結界が張り巡らされているようで、あぁやって扉が腕を飲み込むことで門を通っていい人物か判断しているらしい。
ちなみに、ブヘッと吐き出したら通ってよし。招かざる客の場合は腕を噛み千切るのだという。恐ろしい。ブヘッと吐き出されるのも微妙ではあるが。
門を通ると玄関まで続く石畳の道と馬小屋まで続く土の道がある。
石畳の道の両側には見事な庭園が広がっており、訪問者を楽しませてくれる。
庭を眺めながら歩いていると、道と庭の間からとんがり帽子をかぶった短足の小人が4人現れ、「レイ様のお帰りですぞ!!」と家の中へ走って行った。
「ジェンダーソン家の家小人だ。家族でうちに仕えているんだ。」
お父さんとお母さん双子の女の子、そんな家族構成のようだ。
レイは玄関のドアを開けると、どうぞと中へ招いてくれた。
玄関に入ってすぐは広い空間になっており、まるでホテルのロビーのようだ。
その中央には5段しかない階段があり、上をみあげれば二階、三階にたくさんの扉があり、各扉の前には人が2、3人立てるような踊り場がついている。
花や動く絵が飾られている豪華な玄関を過ぎ、リビングに案内される。そこにはレイの父親であるジェンダーソン侯爵、侯爵夫人のエレン、レイの姉のフローレンスがいた。
「ようこそ我が家へ。長旅で疲れたであろう。私がこの家の主、ヴァーラント・ジェンダーソンだ。この度は私の息子、ヴァンスの命を救ってくれたことに感謝する。そして、騎士団長としても礼を言わせてほしい。団員たちの命を救ってくれたことに最大級の感謝の意を示す。」
ジェンダーソンは平民の私に向かい、躊躇することなく頭を下げた。その姿だけでどんなに子供たちを、そして団員たちを大切に思っているかが伝わる。
「頭を上げてください。感謝のお言葉、ありがとうございます。」
私はそういうと、いったん言葉を切り頭を下げた。
「この度はお招きいただき、ありがとうございます。私はライファ・グリーンレイ、こちらが親戚のスージィ・カーラントです。」
「お会いでき光栄です。」
師匠はスカートの端に手をかけ、もう片方の手を胸の前に置くと挨拶をした。
その後、レイがエレンとフローレンスを紹介し
「ヴァンスは今の時間は騎士団の仕事中なんだ。夜になれば帰ってくると思うけど。」と言った。
「さぁ、もう堅苦しい挨拶はいいでしょう。エリック、お茶を。」
「かしこまりました、奥様。」
エリックはお茶のワゴンを引いてくると、パチンっと指を鳴らした。指の音に反応し、チリリンと鈴のような音が聞こえ透明のポットの中で赤、黄色、ピンク色の花びらが舞った。
お湯の中を色鮮やかな花びらが舞う姿は美しい。
白く光沢のあるティーカップに薄い黄色に色づいたお茶を花びらごと注ぐ。
花びらが沈めば飲みごろのサインだ。
「さぁ、どうぞ。喉も乾いたでしょう。」
カップに口をつけて花びらを吸い込まないようにそうっとお茶を口の中に流せば、一瞬にして花の香りが口の中に広がる。飲み込んでしまえば口の中は妙にすっきりしていて、またあの花の香りを味わいたくなる、そんなお茶だった。
「お花の香りが口の中に広がって、とても美味しいです。」
私が言うと、エレンは「それは良かった。」と微笑んだ。
エレンはレイ切れ長の目をほんの少し垂れ目にした優しい顔をしている。
シェンダーソン侯爵は彫の深いキリッとした目をしていて、彫が深いわけではないがレイの目はお父さん譲りなんだと思った。雰囲気的にはレイはお母さん似なんだけどな。フローレンスはお父さん似だ。
キリッとした勝気な目も、エネルギッシュで華やかな雰囲気もジェンダーソン侯爵と同じ匂いがする。
「そういえばライファがクッキーを作ったのよね?この間レイが持っていたのを貰って食べたけれど、とっても美味しかったわ。わたし、クッキーをもう一度食べたいの。この家にいる間に作ってくれない?レイったらケチで一枚しかくれないんですもの。」
「フローレンスっ!」
レイが顔を赤らめて咎めるようにフローレンスの名前を呼ぶ。
「?なんですの?そのクッキーとは。」
エレンが興味津々で聞く。
「サクっとした食感の中に羊乳凝の風味が豊かに広がる美味しいお菓子なのよ。中に混ぜてある木の実の食感も楽しいのっ。」
フローレンスが息を弾ませて美味しさを訴える。
「まぁ、それは私も食べてみたいわっ。」
「母上まで!ライファはお客様だぞっ。」
レイがそう言いながら視線をジェンダーソン侯爵へ移すと、クッキーに興味津々なのを悟られぬようキュッと顔を引き締めたジェンダーソン侯爵がいた。
「・・・・・。」
そんな家族の様子に思わず私は噴き出した。
「もちろん、喜んでお作り致します。」
クッキーをこんなに気に入ってくれるなんて嬉しい限りだ。
「カーラントさん、ライファ、お茶のおかわりはいかが?」
「私はもう大丈夫です。」
「私も、もう十分いただきました。ごちそうさまです。」
「そう、ではエリック、二人にお部屋を案内してあげて。」
「かしこまりました。」
「屋敷を案内しながら部屋まで参りますね。」
エリックはそう言うと私たちが利用するであろう部屋を説明してくれた。
「先ほどの間がリビングになります。みんなでお茶をしたり寛いだりする部屋でございます。
リビングを出て玄関を挟んで左がダイニング、ダイニングの隣が厨房になります。さぁ、こちらへ。」
エリックが階段の前に立った。
階段は玄関の前にあり、5段しか段がなくその先は踊り場のようになっている。
エリックは階段の踊り場まで私たちを登らせた。
「こちらの階段には魔術が施されております。踊り場に乗り行先を思い浮かべますとその部屋へと階段が伸びる仕組みでございます。」
エリックが私たちの部屋を思い浮かべたのだろう。
階段はググッと伸びると、2階の南側の扉の前で止まった。
「こちらが二人のお部屋になります。」
通された部屋はベージュを基調とし、清潔感のある落ち着いた部屋になっていた。部屋の中央に深く座れるソファとテーブル、壁側には天蓋付きのベッドが二つ、2m程の大きな窓の向うにはベランダがあり、少しの花がセンス良く飾られていた。
「ほう、これは素敵なお部屋ですね。」
師匠がエリックに言うと、ありがとうございます、と微笑んだ。
「一つだけご忠告を。お家小人の子供たちにはお気を付けください。困ったことにイタズラ盛りでして。子供のすることとご容赦いただけますと助かります。それでは、夕食の時間までゆっくりおくつろぎ下さい。」
エリックが部屋を出ていくと、師匠は早速ソファに座った。
「おぉ、これは寝心地がよさそうだ。さすがは侯爵家だな。」
座り心地ではなくではなく寝心地というところが師匠らしい。
「どれ、私は寝るぞ。夕食になったら起こしてくれ。」
師匠はそういうとまたもや寝始めた。来るときも眠っていたのに、まだ眠れるらしい。
次回は【夕食と花火】です。




