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<押し寄せる高齢化の波>

町会長は少しの間、頭を抱えながらブツブツと呪いのような言葉を呟いていたが、やがて落ち着いたのか、ようやく頭を上げた。


「町会長! 大丈夫ですか?」

とゴンベが心配そうに覗き込みながら尋ねた。


すると町会長は、ゆっくりとゴンベの方へ顔を向けて答えた。

「ゴンベさん、すまんかったな。もう大丈夫じゃよ」


その声を聞いて、ゴンベも少し安心した様子であった。


「ゴンベさん、実はな……この町会も高齢化が進んでおってな」

か細い声で町会長が説明し始めた。


それによると、この地域は昭和40年代に急激に都心のベッドタウンとして人口が増加し、住宅が立ち並んで形成されたのだが、それから既に60年が経過しており、住人の高齢化が著しく進んでしまったというのだ。


「それでな、私も既に76歳なのだが、別班のメンバーは平均年齢が80歳を超えておってな。近頃では色々と差し支えも出ておるのじゃよ」

と嘆くのであった。


「差し支えですか?」

ゴンベが聞くと、町会長は力なく頷き、幾つかの例を示した。


まずは、みんな物忘れが激しくなり、別班のことも忘れてしまうそうだ。なので今日も「集合合図」の紅饅頭を置いてきたのだが、おそらく紅饅頭の意味を忘れており、これ幸いとお茶を飲みながら食べているのではないか? というのである。


「まさか……いくらなんでも、そこまでは」

とゴンベが怪訝そうに言うと、町会長は大きく頭を振りながら答えた。


「いやいやいや、本当なのじゃよ。道で会っても私のことをすっかり忘れておってな。こちらから挨拶しても、『はて? どちら様でしたかな?』と聞き返してくるのじゃからな」


そこでゴンベは呆れたような表情になり、

「だったら、紅饅頭なんてややこしい手段ではなく、せっかく町内会用のLINEグループを作ってあるのだから、別班グループも作って、それで連絡し合えばいいじゃないですか」

と提案した。


しかし町会長は首を大きく振りながら、

「そう言ってもな、別班の話を鹿塩かしおの爺様に話したところ、『なら、わしが別班饅頭を作るけん、それを連絡用に使ったらいいじゃろう』と言うてな、妙に張り切ってしまったんじゃよ。今更使わんとは言えんじゃろうが」


更に町会長の話は続いた。

「それにな、LINEはダメじゃよ。ゴンベさんは使い慣れているかもしれんが、他の者達がLINEを使えると思うかの? 一時はLINEで色々と連絡事項も行ったのじゃがな、大部分が既読すら付かない状態なんじゃよ。挙句には、どうでもいい内容や意味も分からないメッセージが全体に送られたりしてのう。とても別班には使えんのじゃよ」


ゴンベは大きくため息をついた。


そんな少し情けない話を聞いていると、突然、入口のドアが大きく叩かれた。


誰か来たのであろうとゴンベが思ってドアの方へ顔を向けるよりも速く、町会長が叫んだ。

「鍵は既に開いておるぞ。中に入り給え!」


その声が終わるまもなくドアが開いて、30代頃の男が部屋へと飛び込んできた。


町会長は、飛び込んできた男を認めると、

「おや! 矢橋の正太君ではないか!」

と驚きの声をあげた。


「え? 矢橋って、あの矢橋電気の?」

ゴンベが言うと、町会長は頷きながら、

「そうじゃよ。その矢橋のお孫さんじゃよ」


「お・遅くなって、す・すみません」

正太くんが汗を拭き拭き、中へと進んでくる。よほど急いできたのであろう、まだ息が整っていなかった。


「どうしたんじゃ、まさかおじいさんに何か?」

町会長も正太くんの様子を見て、おじいさんに何かあったのかと心配気に尋ねた。矢橋のおじいさんも別班のメンバーだったのである。現在86歳と聞いている。


「は・はい」と言って、正太くんが経緯を話し始めた。


彼の話によると、今朝彼が居間に行くと、爺さんがお茶を飲みながら美味しそうに紅饅頭を食べていたそうだ。そこで「その紅饅頭はどうしたのか?」と聞くと、「朝郵便受けに入っていた」と嬉しそうに答えたそうだ。


「おいおい! そんなもの食べて大丈夫なのか?」

と正太くんが問うと、じいさんは相変わらず嬉しそうに食べながら、

「大丈夫じゃよ。これはな、町会長さんが届けてくれた紅饅頭じゃからな」

と言うのだそうだ。


「え? 町会長さんが? なんで爺さんに紅饅頭を?」

と不思議に思ったので聞くと、突然爺さんは何かを思い出したのか、ガバッと立ち上がったそうだ。


が、その瞬間に腰をやってしまったらしい。


すぐに「うぐぐぐ……」と腰を押さえながら呻き出して、動けなくなってしまったそうだ。どうやらいきなり動いたので、ぎっくり腰になってしまったようだ。


それでソファーに寝かせてしばらく介抱していたのだが、爺さんが言うには、

「この紅饅頭は町会長さんからの呼び出しじゃった。すっかり忘れておった。すまんが、ひとっ走り集会場へ行って、町会長さんに事情を説明してきてくれ」

と頼まれたので走ってきたのだと言うのである。

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