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【404】執行人

 白い空間の無数の柱が、ゆっくりと回転を始めた。


 名前と数字の列が入れ替わり、ある一本の柱だけが前へせり出してくる。

 そこに描かれていたのは、カプセルの断面図だった。


 培養液に満たされた円筒の中に、小さな影が浮かんでいる。

 人の胎児だった。


「まず、この世界における『婚姻』システムについてご説明します」


 女は柱の方へ手を差し伸べた。


「稼働十二年目に実装された機能です。フィクティオ内で婚姻の儀を経たプレイヤー同士が営みを行った場合、外部の現実世界にある保存槽において、当該二名の生殖細胞が自動的に採取されます」

「……採取して、どうするの」

「受精させ、育成カプセルへ移送します。第七層に専用の育成区画がございます。現在、稼働中のカプセルは十一万八千基」


 カーバンクルは断面図を見ていた。

 心拍が四回。体温十四度。ニュー・エデンで見た、コールドスリープ用の保存ポッドの規格とまったく同じ数字が並んでいる。


「その子は、どこで育つの?」

「肉体は第七層で。意識は、サーバー上でご両親のもとに出力されます」


(……それがリタと、アレンの正体か)


 NPCではなかった。実装されていない仕様でもなかった。

 あの子たちは、プログラムが生み出したただのデータではなく――この世界のどこにも書かれていない場所で、本当に生まれていたのだ。


「……父親は、そのことを知らないみたいだけど」

「はい。仕様の説明は行っておりません」


 女は、あくまで穏やかに答えた。


「説明は、サービスの継続に必要ではないと判断されました」


 柱の映像が切り替わった。


「次に、本題です。私があなたをここにお呼びした理由です」


 今度は棒グラフだった。

 四十年分の目盛りが左から右へ伸びており、右端の現在に近づくにつれて、上限の赤い線に食い込んでいる。


 その線を、カーバンクルは黙って見上げた。


「演算コアの総容量は、稼働開始時から一台も増えておりません。旧世界の量子コンピュータ七十二台。物理的な修理も増設も不可能です」

「……でも、コンテンツは増えてるんだったよね」

「はい。ジョブは十六から四十八へ。大陸は三から九へ。婚姻機能、育成機能、天候演算、テクスチャアップデート。運営はサービスの質を維持し続けてまいりました」

「その分の演算領域は、どこから出てるの」


 女の微笑みは一度も崩れなかった。


「意識データの保持領域からです」


 棒グラフの上限線が、警告のように赤く点滅した。


「この世界に収容可能な意識データ数には限りがございます。コンテンツを追加するたび、上限は下がります。

 多少の猶予はございますが、放置すればサーバーそのものが熱暴走で停止します。三百六万人が、同時に失われます」

「なるほど。……だから、間引いてるってこと?」

「はい。数年前より、選定と削除を開始いたしました」


 カーバンクルは、その言葉の異常な落ち着き方を聞いていた。


 罪悪感も、虐殺の正当化もない。

 不要なファイルを消去するだけの、事務的な手続きの説明。


「消される人間の選定条件を教えて」


 柱に、二行の文字が浮かんだ。


「一つ。月単位でレベルの上昇が確認できないこと。二つ。死亡し、リスポーン処理の待機列に入ったこと。

 この両方を満たすデータの中からランダムに抽出し、復活処理を行わずに『削除』します」


 カーバンクルの視界の奥で、散らばっていたピースが繋がった。


(『弱いやつほど戻らない』『何度も死んでいるやつほど戻らない』)


 ボルグは理由を知らないまま、その傾向だけを正確に言い当てていた。


 三ヶ月間、彼が街道で刈り続けた初心者たちは「レベルの上がらない、死亡待機列の常連」そのものだった。

 あの男は、自分がシステムの間引きを手伝っていたことを最後まで理解していなかっただろうが。


「成長しない人から消してるってこと」

「サービスへの寄与度が低い順です」


 女は言い直した。彼女の興味は、そのゲームシステムにだけ向けられている。


「……つまり、アレンが戻ってこなかったのは」

「該当データは六年と二百十五日、レベルが上昇していませんでした。そのため削除されました」


 白い空間に風はない。音もない。

 カーバンクルは、しばらく何も言わなかった。


「……ご不満の様子ですね」

「それなりには」

「そうでしょう。しかし、私はあくまでサーバーの容量を調整するAI。そのため、この世界で彼らがどんな生活を送り、そして死んでいったのかまで判別できません。

 そこで、ご提案がございます」


 女は一歩、距離を詰めてきた。


「カーバンクル様に、〈執行人〉になっていただきたいのです」

「なにそれ?」

「間引きの資格です。執行人が殺害したプレイヤーは、リスポーン処理を経ず、そのまま削除対象として確定します」


 柱の数字がまた一段落ちた。

 どこかでまた誰かが消えたのだと、彼女は思う。


「我々運営はゲームシステムにおける行動を評価しますが、『人間としての価値の判断』は行いません。誰が誰にとって必要かを、我々は決められないのです」

「だから、私に?」

「PKが困難な街中でまでPKを行う方です。あなたには、我々AIにない基準がおありでしょう」


 カーバンクルは女の顔を見上げた。

 整いすぎた造形。一定の瞬き。


(……なんか、都合がよすぎる気はするけど)


 それでも。

 執行人とやらになれば、少なくとも彼女がターゲットを処理した分だけは、アレンのように理不尽に消される誰かの席が空く。


 そして何より――殺されても死なない多くのプレイヤーを、そのまま殺すことができるようになる。


 カーバンクルはフードの縁を軽く引き、赤い瞳でAIを睨み据えた。


「条件がある」

「伺います」

「誰を殺すかは、私が決める。あなたたちは一切口を出さないで」

「元よりそのつもりでございます」


 白い空間に、紋章がひとつ降りてきた。

 天秤の意匠。四十八のジョブが並んだ円の中に、あれは無かったものだ。


 カーバンクルは手を伸ばし、それに触れた。


「受けるよ、執行人」

初日でユニークジョブになるな

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