【404】キャラクタークリエイト
視界がなかった。
色も、上下も、時間の刻みもない。
ただ自分という情報の塊が、極細の回線に押し込まれ、飴のように引き伸ばされていく感覚だけがある。
ニュー・エデンの第二演算施設から、地球の反対側へ。
旧スカンジナビア圏の地下、七十二台の量子コンピュータの内側へ。
(……長い)
思考がそう形を取った瞬間、落下が止まった。
「……!」
足の裏に床の感触が生まれる。次に指先、肩、髪の重さ。
身体という概念が外側から順番に書き込まれていくのを、カーバンクルは黙って受け入れた。
目を開けると、そこは何もない白い立方体だった。
壁も床も同じ白で、境界だけが金色の細い線で示されている。
「ここは……」
『創造の間です』
その部屋の中央に、老人の頭部が浮いていた。
首から下がない。金色の輪郭線だけで構成され、輪郭の内側は空洞の頭。
皺の一本一本まで丁寧にモデリングされているのに、そこに肉はない。
『ようこそ、ユグドラシル・オンラインへ』
頭部の唇が動き、遅れて音が届く。
柔らかく、よく訓練された案内の声だった。
『私は登録案内担当のミーミル。新規登録者を迎えるのは、実に四十年と七ヶ月ぶりになります』
「…………」
カーバンクルは答えず、白い空間を一度だけ見回した。
壁の向こう側で膨大な演算が唸っている気配がある。都市の音に似ていた。
『まずは規約の確認から入ります。数値領域への外部干渉、プロトコルの書き換え、権限の詐称。これらを検知した場合、当該アカウントは即時BANされます』
「BANって?」
『登録情報の完全削除です。復旧手続きは存在しません』
(……つまり、死ぬのと同じか)
ここにいるのは意識そのものだ。削除されれば、それで終わる。
一応バックアップがどこにもないわけではないが……かなりのロールバックは避けられない。
「了解。ずるはしない」
『ご協力に感謝します。では、能力値の配分を』
ミーミルの前に、半透明の板が展開した。
六つの項目と、割り振り可能な数値。
STR、VIT、DEX、AGI、INT、MND。
初期ポイントは二十。
カーバンクルは迷わず、AGIの欄に指を滑らせた。
数字が跳ね上がり、他の欄は最低値のまま取り残される。
DEXにわずかに残りを落として、それで終わりだった。
『極端な配分は推奨されません。生存率が著しく低下します』
「速ければ、たいてい何とかなるよ」
頭の中に眠っている百人分の戦闘データは、どれも技術の集積だ。
技術は身体が追いつかなければ再現できない。
逆に言えば、追いつく速度さえあれば、あとは全部持っている。
『承知しました。続いて、職業の選択を』
板が切り替わり、四十八の職名が縦に流れ出す。
剣士、槍士、弓士、拳闘士、魔術師、召喚士、盗賊、吟遊詩人──剣と魔法の語彙が、行政文書のような等幅で並んでいく。
「なにこれ……」
その羅列を、赤い瞳が上から下まで一度だけ舐めた。
「んー、じゃあ……」
■
風が吹いていた。
草の匂いがして、頬に温度がある。
頭上の陽光は角度によって色温度を変え、石畳の目地に落ちた影が、雲の流れに合わせてゆっくりと動いた。
はじまりの村。
噴水の縁に腰かけて、ショウは自分の両手を睨みつけていた。
「おいおい……生身の感覚だぜ」
白い髪はそのままだが、右目のエメラルドグリーンは失われ、代わりに人間の虹彩が収まっている。
革の胸当てに、腰には細剣。
そして何より、肩から先が生身だった。
爪も、指紋も、皮膚の下を走る血管の青ささえ再現されている。
その手をぐっと握り、開き、また握る。
「……気色悪ぃ」
呟いた声も、いつもより少しだけ高い。
彼は舌打ちをして立ち上がり、村の広場を見渡した。
井戸端で洗濯をするNPCの女が、通りかかった子供に定型の挨拶を返している。
その目の焦点が、正確に子供の顔の高さで合っていた。
(このレンダリング……ネオ・アルカディアの最新機種でも出せねえぞ)
四十年前のゲームだと聞かされていた。
だが目の前にあるのは、彼が知るどの娯楽よりも精密な世界だった。
運営とやらは、今もアップデートを続けているらしい。
そのとき背後で、砂を踏む軽い音がした。
「ショウ」
「お! カーバンク、ル……!?」
振り返ったショウは、口を開いたまま数秒固まった。
水色の髪、赤い目、小柄な体格。そこまではいい。
問題はその上に着せられているものだった。
裾の長い白のローブ。金の縁取り。
背丈より長い、先端に淡い光を灯した木製の杖。
「なんでお前がヒーラー!?」
「いろいろ役に立ちそうだから。ショウ、さっそく怪我してる」
カーバンクルは杖を肩に担ぐと、噴水の縁に置かれたショウの左手を指した。
石で擦ったらしい薄い傷が、甲に赤い線を引いている。
「えーと……ヒール」
「おわっ!?」
彼女が短く発声すると、傷口の上に淡い光の粒が集まった。
皮膚が縫い合わされるような感触に、ショウは思わず手を引っ込める。
粒子が散ったあとには、痕も残っていなかった。
「痛覚もちゃんとある。傷の閉じ方を見るに、かなり体は精密に作られてる。……なかなかすごいね。もう一つの現実だよ、これは」
「……まぁな」
ショウは自分の細剣の柄を親指で弾き、渋い顔をした。
彼が選んだのはフェンサー。
速度と刺突に寄った職で、要するに元の戦い方に一番近いものを選んだだけだ。
「フェンサーとヒーラーって、要は前衛と後衛だろ。お前を後ろに置くのが一番もったいねえだろうが」
「別に、後ろにいるとは言ってないよ」
杖がこつん、と石畳を叩いた。
「いや、でも殴りヒーラーってさすがに……もういいか」
ショウは反論を諦めて、空中に指を走らせた。
半透明の地図が広がり、大陸の輪郭が青い線で描き出される。
救難信号の文面にあったラハト町を入力すると、光点がひとつ、遥か北東で点灯した。
現在地からの距離が、その下に数字で表示される。
「……ラハト町。大陸ほとんど跨いでるぞ」
「徒歩でどれくらい?」
「42日だとよ。転移門があるにはあるが、使用にはレベル制限と通行料がかかる」
「……よくそんなにわかるね」
地図を消し、ショウは村の外へ続く街道を顎で示した。
緩やかな草原の向こうに、低い丘が連なっている。のどかな景色だった。
「この世界はレベルと装備がそのまま暴力の格差になってる。レベル1が二人で街道に出たら、モンスターかプレイヤー、どっちかにやられるだけだ」
「……そうだね」
「まずレベルだ。話はそれからだろ」
カーバンクルはフードを目深に被り直し、街道の先を見た。
ローブの裾が風にはためく。ここの空は、ドームの天井ではなかった。
「じゃあ、狩りに行こうか」
有識者「ヒーラーはMNDに振るのがおすすめだよ」




