↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
339/363

【断罪】迫りくる影

「はぁっ……はぁっ……!」


 最後の光点が消えたのは午後二時十一分だった。


 メイは、ホロの前で膝から崩れた。

 分散させた自分の複製がすべて、二分四十七秒で焼かれた。


 残っているのは、この部屋にある一つの肉体だけだった。

 汗ばんだ手のひら、乱れた呼吸、崩れかけた化粧。


 そして、ホロが勝手に切り替わった。


「……っ! こ、今度は何……!?」


 無音のまま、映像が立ち上がる。地下六階、白い円筒の森。

 血に汚れた小柄な少女が、コンソールの前からこちらを見ていた。


『あー、あー……聞こえてる?』

「お、前は……っ!」

『あなたの体が今どこにあるか分かってる。ノア・コミュニケーションズ社、展望ラウンジ。東側の窓際だね?』

「……ッ!」


 カーバンクルは淡々と続けた。


『バックアップは全部消した。だから次に死んだら、あなたは戻らない。普通の人と同じようにね』

「……ふざけないで」


 メイの声は掠れていた。


「私はEDENの最高機関——」

『うん。でも今は、体が一つしかない人間だよね』


 その言葉が彼女の喉を塞いだ。


『一つ提案がある。残りの一つを消されたくなかったら、私に従って』

「し、従うって……何を」

『まずはニードル……ヴェロニカへの依頼を取り下げてもらう。契約を途中で切ってね』


「……チッ」

『それから、都市の情報を握ってるのはあなたでしょ。何を報道して、何を報道しないか決められる。……しばらく、私の指示に従ってもらう』


 メイは床についた手をゆっくりと握った。

 そして、顔を上げた。表情が切り替わっていた。


 震えも汗も残したまま、それでも彼女は微笑んだ。

 カメラにどう映るかを理解した表情だった。


「……分かったわよ。私の負け……あなたに従うわ」



 それから七日が経った。

 表向き、都市は静かだった。


 ヘリオス・エナジー社の事件は「大規模設備事故」として処理された。

 死者四十七名は「不慮の被災者」となり、ノーベンバーとフェブラリーの名は訃報欄に二行だけ載った。


 核融合炉の異常過熱は一切報道されなかった。

 全てメイの采配だった。


 彼女は従順だった。カーバンクルが要求した通りに情報を殺し、要求されない部分では何一つ余計なことをしなかった。


(……なんて。この私を掌握したつもりなんでしょうけど)


 その裏で、彼女は編集室に籠っていた。

 この数週間、ニュー・エデンで起きた異常事態の映像を集め続けていたのだ。


 ——クローネクス社の警備隊全滅。

 ——治安維持部隊のパワードスーツが紙くずのように解体されていく惨状。

 ——ヘリオス・エナジー社ロビー。血の海の中に立つ、黒髪の少女。


 それはすべて、ペルソナが引き起こした殺戮だった。

 だが、メイは指を動かした。映像処理ソフトを走らせ、犯人の特徴を上書きしていく。


 黒髪を水色に。

 赤いジャケットを白いパーカーに。


「同一人物ってことにすればいいのよ。所詮は人間、顔の見分けなんかつきやしないんだから」


 編集された映像は、四分十二秒になった。

 音楽は付けない。ナレーションも最小限にする。


 事実だけを、順番に、感情を煽る順序で並べる。

 彼女はそのやり方を続けて人間を意のままに操ってきた。


 タイトルは決めてあった。『都市に潜む殺人鬼』。


「これを全チャンネル同時に流すの。ブロンズ層の連中は必ず飛びつくわ。あの子たち、貧しさの理由を押し付け、憎む相手を常に探してるんだもの」


 彼女はホロに向かって、独り言のように喋った。


「上を憎ませたら私たちが困る。でも、街に紛れた殺人鬼を憎ませるのは安全よ。

 ……三時間で暴動が組める。テラ全域の人間が、水色の髪を探して走り回る。文字通り、街の全員が敵になるわよ」


 配信予約の画面を開いた。

 全チャンネル同時、緊急割り込み。承認者、メイ本人。所要権限はすべて彼女の手の中にあった。


「体が一つしかないのはね」


 彼女は口紅を引き直した。


「私だけじゃないのよ、お嬢さん」


 指が、実行ボタンへ伸びた。


 ——十九秒前。

 その表示を、彼女は見ていた。ちゃんと見ていた。


 だから、部屋の照明が落ちた瞬間――それが自分の操作ではないと即座に理解した。


「……え」


 編集室は窓のない部屋だった。非常灯すら点かない。

 完全な暗闇の中で、ホロのカウントダウンだけが青く浮かんでいる。


 ——十四秒前。

 その光の縁に、赤い点が二つ映り込んだ。


 暗闇の中で、微かに発光する義眼。


「ヒッ!!」


 メイは息を吸った。吸ったまま、吐けなくなった。


「三時間で暴動が組める、って言ってたね」


 声は、彼女のすぐ後ろにあった。

 メイの体がカタカタと震え始める。


「面白い数字だなと思って。私、そういう計算できないから」


 ——九秒前。

 メイの手が、実行ボタンへ跳んだ。


 指が触れるより先にカウントダウンが消えた。

 青い光が失せ、部屋から最後の明かりが無くなる。


「ショウ」

『切ったぜ』


 回線から短い返事があった。

 暗闇の中で、メイの喉が引きつった音を立てた。


「……ど、どこから……いつから、私の計画に気づいて……!?」

「七日前から」

「な……!?」


 カーバンクルの声は、いつもと同じ平坦さだった。


「あなたが私に従うって言った時の顔、あれ、嘘つく人の顔だったから。だからショウに、この部屋の回線だけ見ててもらったんだ」


 暗闇の中で椅子が軋んだ。


「三日目に、素材を集め始めたよね。四日目にペルソナの映像を繋ぎ合わせて。……よく集めたね、あんな量」


 メイは動けなかった。

 背後の気配は動いていない。ただそこにいるだけだった。それが一番、怖かった。


 赤い点が、少しだけ近づいた。


「私を殺人鬼にするのはいいよ。実際、今まで何人も殺してきたから」


 ——ほんの少し、声の温度が下がった。


「でも、あの映像、全部あの子がやったことだよね。あの子の殺戮を、私がやったことに塗り替えた」


 メイの背中を、冷たいものが伝った。


「それはよくないよね。他人の罪を私が被る趣味はないからさ……」


 暗闇の中で、カーバンクルの指が編集卓の縁に触れた。


「あ……ゆ、許し……」

「約束を破った人には、お仕置きが必要だよね?」

先生に言っちゃおう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。