【404】アッセンブル?
一方のホテル内にて。
ディスプレイの映像が白く飛んだ。会長室のカメラが焼き切られたのだ。
最後に映ったのは、木の床に引かれた一本の赤い線と、その先で閉じていくエレベーターの扉だった。
404号室では、しばらく誰も声を出さなかった。
ダリオの煙草が短くなり、灰が落ちた。カーバンクルはベッドの縁に腰かけたまま、膝の上で指を組んでいる。
『……なんだ!? これは……』
ショウの声が、スピーカーから硬く響いた。
『フェブラリーとかいう奴から連絡が来てる……。死ぬ前にこっちを逆探知してやがったのか?』
「罠じゃないの?」
『三重に噛ませて開けた。……だが罠じゃなさそうだ』
空中投影が切り替わる。
青い光の中に、無数の数値と構造図が展開した。
「一つ目。ペルソナの生体スキャンだ。テロメア消耗九十四パーセント、余命推定二十八日」
「なんだと!? ……つまり、放っておいてもやつは死ぬということか?」
『そう簡単な話じゃなさそうだ。二つ目のファイルだが……』
図面が回転し、都市の断面が浮かび上がった。
四つの層と、その最下部を貫く配電網。
『こいつはこの国のエネルギー網だ。中央の原子力発電が国全体の電力を賄ってる……ヘリオスっつー企業の六基だ』
窓の外で、人工太陽が正午の白を投げている。
テラ層の屋根が、雲の下に平らに広がっていた。
『フェブラリーの残した最後の一文はこうだ。『このペルソナという女の行動目的に、支配や統治の意図は一切ない。目的は掌握ではなく【終了】である。
彼女の目的は、国の電力を賄う炉心を崩壊させ、国全体を高濃度放射能汚染によって皆殺しにすることだ』……だそうだ』
ダリオが低く唸った。
「心中しやがるつもりか。一ヶ月で死ぬガキが、この国ごと!」
『そういうことだな。壮大な自殺の巻き添えだ』
カーバンクルは、膝の上の指をほどいた。
立ち上がり、窓際まで歩く。ガラスに額を近づけると、下界の街並みが見えた。
マーチャント・ロウの通り、通勤の人の流れ、屋台の湯気。
「ダリオ」
「なんだ」
「……これはもう、あなたの依頼じゃない」
ダリオが眉を寄せた。彼女は振り返らない。
「依頼とは別に、私はもう、やらなきゃいけない側になってる。……たぶん初めてだよ、こういうの」
彼女の声は平坦だった。
ただ、ガラスに触れた指先が一度だけ小さく丸まった。
「誰かの恨みを晴らすんじゃなくて、これから死ぬ人を減らすためにやる……。慣れてない」
「慣れなくていい」
ダリオが立ち上がる。
「そんなヒーローみたいなこと、早々やるもんじゃない。お前はお前のままでいいと思うぞ」
「…………」
その時。
部屋の空調ダクトが、かたんと鳴った。
三人の視線が天井に集まる。
金属の格子が内側から外れ、静かに床へ降りてくる。
続いて細い脚が二本、するりと下りてきた。
黒いパンプス。膝下丈のタイトスカート。白いブラウスに、皺一つないグレーのジャケット。
首元には社員証のホルダーが揺れている。
眼鏡をかけた三十前後の女が、ダクトから優雅に着地し、スカートの裾を完璧な所作で整えた。
「失礼いたします。お約束はいただいておりませんが」
「な……お、おう」
女は名刺を差し出した。ダリオが反射的に受け取る。
「ノア・コミュニケーションズ社、渉外部第二課、ヴェロニカ・シャープと申します。……表向きは」
ショウのホロが激しく明滅した。
『おい待て。こいつ……照合が出たぞ。暗殺者だ!』
「はい。裏の顔はそちらでございます」
女は微笑んだまま、姿勢を正した。
「本日はエデンAIの擬似人格、メイ様の使いとして参りました。ペルソナ討伐へのご協力を、と」
「…………」
カーバンクルは黙って彼女を見ていた。
ニードルの眼鏡の奥の目が、ゆっくりとカーバンクルへ向く。そして――ピタリと止まった。
「……ああ……♡」
彼女の呼吸が、明確に熱を帯びたものに変わった。
「ああ、そうです、その目ですわ。前回私の鎖骨を叩き折ったときと、全く同じ目をなさっている……!」
ダリオの手から名刺がひらひらと落ちた。
「あの……ちょっと」
「あの日から二十二日でございます。毎晩、戦闘記録の映像を再生しておりますの。何度見ても呼吸が止まります。素晴らしい」
「おい」
「無断で侵入した件、どうぞ叱ってくださって構いません。むしろ叱っていただきたい!!」
ショウの音声が、明らかに怯んでいる。
『カーバンクル。こいつ……何?』
「昔、殺し合った。私が勝った」
『それでなんでこんなバグってんだよ!』
「でも、ショウも経緯としては似たような――」
『ざけんな! こんな変態と一緒にすんじゃねぇ!!』
ニードルは眼鏡を押し上げ、あくまで丁寧に一礼した。
「誤解のないよう申し添えますが、業務遂行に支障はございません。私はあの日、ご主人様に完膚なきまでに敗北したことで自分の限界値を正確に知りました。
……以来、殺しの成績は飛躍的に向上しております。感謝しておりますわ」
「言い方が気持ち悪い」
「ありがとうございますッ!!」
ダリオがこめかみを押さえた。
「……俺がボスだった頃、こういうイカレたのは絶対に部屋に入れなかった」
ニードルはジャケットの内側に手を入れ、細い筒を三本取り出してテーブルに並べた。
「私の適性は強襲と初撃です。装甲外骨格『ハリセンボン』は全身に四百二十六本の可動針を備え、相手の格闘能力を潰します。加えて、関節の可動域は極めて広く……ダクト間の移動は大得意ですわ」
言葉遣いだけは、完全に優秀な営業ウーマンの商談だった。
「私は露払いと、必要であれば囮を務めます。……囮は、得意です」
『なんで嬉しそうなんだ』
「囮は……痛めつけられる役回りですのでッ」
カーバンクルは珍しく明らかに顔を覆い、ため息を吐いた。
『なあカーバンクル。断ろうぜ。俺、こいつと手を組むの生理的に嫌だぞ』
「うん……」
カーバンクルは短く答えた。
そしてテーブルの上の筒を一本手に取り、重心を確かめるように振った。
「でも、ペルソナは私より強い。今の私一人だと勝てない」
彼女は筒を置き、ニードルの方を向いた。
「……一つだけ約束して。私の指示に従うこと。勝手に前に出ないで」
「かしこまりました」
「破ったら置いていくから」
ニードルの背筋が、びくりと伸びた。
「んっ♡ ……置いて、いく?」
「そう」
「見捨てられるということですね。孤立無援で放置されると!」
「は?」
「ええ、ええ、承知いたしました! 素晴らしい条件ですッ!」
ダリオが天を仰いだ。
「おい嬢ちゃん。それはご褒美だ」
カーバンクルは苦虫を噛み潰したような表情でニードルを睨む。
「じゃあ、破ったら報酬を引く」
「あ。それは困ります」
ニードルが即座に真顔になった。
ショウの音声が乾いた音を立てて笑う。
『……変態のくせに金には弱いのかよ』
「生活がありますので」
窓の外で遠く、ヘリオス・エナジー社本社ビルの上層から黒い煙が一筋立ち上っていた。
カーバンクルはそちらへ目を向け、パーカーのフードに手をかけた。
「じゃあ、行こう。三人で」
こんなアベンジャーズは嫌だ




