【断罪】計算違い
「な……なんだ……?」
四人目の警備員は、まだ状況を理解していなかった。
膝をついていた侵入者が立ち上がった。それだけだ。
手負いで、左腕は死んでいる。装備の差は覆らない。
「動くな。これ以上は――」
言い終わらなかった。
ショウの体が、床を蹴った。
四メートルの距離が0.3秒で潰れる。警備員がロッドを振り下ろす動作に入るより早く、右の義手が相手の右肘の内側に添えられた。
「えっ」
掴んでも、殴ってもいない。ただ触れて角度を変えただけ。
ロッドの軌道が外に逸れた。
「……!」
同時に、義手のスリットから青白い光が伸びる。
高周波ブレードは警備員の脇の下――上腕装甲と胴体装甲が重なる、幅一センチの継ぎ目に吸い込まれた。
「がっ……!」
悲鳴とも呼べない音がして、男の体が横向きに崩れた。
ショウの体は崩れる相手をもう見ていない。
ブレードを引き抜き、血を振り払い、次を探して顔を巡らせている。
「……四人目」
ショウの喉から出た声は彼のものだった。しかしその抑揚は彼のものではなかった。
「継ぎ目、ずいぶんたくさんあるね。設計が甘い」
「……!?」
父親は動かなかった。彼の義眼は、たった今の三秒間を五十六フレームに分割して記録していた。
そのどのフレームにも、無駄な動作は一つも写っていない。
「……何を、した」
彼はようやく言った。
「お前は、そんな動きができる人間ではない」
「へぇ。わかるんだ?」
ショウの体が首を傾げた。それは彼がする仕草とは違っていた。
「あなたの息子はここにいるよ。助手席で寝てる」
「ワケのわからんことを……! 妙なドラッグでも入れたか!」
父親は制服の袖に手をやり、二度目の通信を開いた。
指が震えている。彼自身はそれに気づいていなかった。
「B班、地下三階へ。全速だ!」
(三人来るね)
カーバンクルの声が、ショウの意識の底で響いた。
「へぇ……あれだけ自信満々に言っておいて、別班を待機させてたんだ」
「黙れ! ……これは単なるリスク管理だ」
父親は後退しながら言った。廊下の壁に背をつけ、視線だけは離さない。
「貴様の戦力を見誤った……だが訂正は効く。人間の失敗というものは、いつでも訂正できるように準備しておくものだ!」
「へえ」
ショウの体が、ブレードを一度収納した。
「だけど甘い考えだね。人間の過ちは……そう簡単になかったことにはできない」
父親の顎がわずかに動いた。
「……何の、話だ」
「別に。ただの確認」
そのとき、東側の防火扉が開いた。
三人。装備は先の四人と同一。ただし今度は、全員がロッドではなく制圧用の電磁ネットランチャーを構えていた。
「四方から撃て! 接近を許すな!」
三人が同時にトリガーを引き――ショウの体は、前に出た。
一人目のネットが展開する軌道に自分から突っ込んだ。
展開しきる直前の、網が最も細く束ねられた瞬間。
その隙間に体を通し、着地と同時に一人目の膝の裏へ滑り込む。
ブレードが、膝関節の継ぎ目を下から上へ抜けた。
「あ゛っ――」
「五人目」
二人目が振り返る。その動作の途中で、ショウの体はもう懐にいた。
「遅いね」
義手が相手のヘルメットの顎紐を掴み、真下に引く。
首が前に折れ、後頭部と背部装甲の間に二センチの隙間が生まれた。
「六人目」
ブレードが、そこに入った。血しぶきが噴き出し、男が倒れる。
「クソ、クソッ!」
三人目は後退しながら撃った。
冷静な判断だった。距離を取れば有利、という前提が正しければ。
「来るなァッ!」
ネットが飛ぶ。同時にショウの体は壁を蹴り、天井近くを横へ跳んだ。
ネットは彼のいた空間を通過し、床の上で無意味に展開する。
ショウの体が着地したのは三人目の正面、五十センチの位置。そして――
「三人目」
「ヒッ――」
二センチや三センチの隙間など、カーバンクルにとってはフリーパスに等しい。
これまでの犠牲者と同様、首関節の隙間にブレードを通され――男は倒れた。
三人が倒れ終わるまでに十一秒。
父親は、壁に背をつけたまま動けずにいた。
「な、な……何が……どうなって……!」
彼の目の前で、七人が地面に転がっている。
そのうち三人は、彼が「念のため」に用意した保険だった。
「……ドローンだ!」
彼は掠れた声で言い、震える指で端末を叩いた。
「地下三階、警備ドローン全機起動。侵入者一名を排除――」
だが、端末はビープ音を返す。
「なにっ!?」
彼は画面を見た。認証は通っている。コマンドも送信されている。
だが、起動信号がどこにも届いていない。
「なぜだ……!? ふざけるな、こんなときに!」
それを冷たく見つめながら、ショウの体がゆっくりと歩いてきた。
「――悪いな、親父」
父親の顔が凍りついた。
それは、元通りの息子の声の調子だった。
「地下三階の警備ドローンは無線制御だ。あんたの端末とドローンの間に、俺が座ってる。命令は全部俺のところで止まってんだよ」
彼は父親の端末を顎で示した。
その立ち姿は、先ほどまでと違い痛みに歪み、それでも爛々とした目を父に向けている。
「三分前あんたが最初にB班を呼んだ時、周波数が割れた。ありがとよ」
「ショウ……! き、貴様ぁぁ……!」
父親は端末を落とした。
プラスチックが白いタイルの上で跳ね、乾いた音を立てる。
彼はそこで初めて、目の前にあるものを正確に理解した。
息子ではないが、息子でもある。
二つの人格が一つの体に同居し、片方が肉体を、片方が電子を担当しているのだろう。
(ま、待て……そんなことがわかったところでどうでもいい! 誰も来ない……!? このままではまずいぞ!)
「――待てよ」
父親は応じず、背を向けて走りだした。
廊下の突き当たり、非常階段へ続く扉まで十四メートル。
彼は五年ぶりに全力で走った。革靴が滑り、一度体勢を崩し、それでも走った。
――背後で、風を切る音がした。
「逃げるんじゃねぇ」
声は、驚くほど近くから聞こえた。
父親の左足の踵の上。アキレス腱の走る位置に、鋭い衝撃が入った。
「があぁっ……!?」
次に右足。鋭い痛みとともに膝から力が抜け、彼は前のめりに床へ叩きつけられた。
顎がタイルを打ち、義眼の映像が激しく揺れる。
両足の感覚が、膝から下だけ綺麗に消えていた。
「うご……おぉぉ……!」
立とうとして立てず、父親は腕だけで這った。
白いタイルの上に、二本の赤い線が引かれていく。
ショウの体がその線をまたいで、彼の前に回り込んだ。
「さて、親父」
「ぬ、ぐっ……!」
「訂正の時間だぜ。計算ミスの結果を払ってもらおうか」
クリティカル攻撃を狙って出せる感じです




