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【依頼人】求めるもの

 最初の一人は右から来た。

 ショウの義眼が距離を測り、義手のスリットから高周波ブレードが射出される。


「ナメんなよ!」


 斬撃は相手の胸部装甲を正確に捉えた。


 が――弾かれた。


「ッ!?」


 衝撃が肘の関節を逆走し、ショウの肩の生身部分を突き抜けた。

 ブレードは相手の体を三センチほど滑って、火花だけを撒き散らして止まった。断ち切れていない。


「なっ……!? バカな、高周波ブレードだぞ!」


 彼は反射的に後退し、体勢を立て直す。義眼が装甲の組成を解析していた。


『積層セラミック複合材。振動吸収層が三枚入ってる』


 カーバンクルの声が耳の奥で走った。


『高周波は振動で切る武器でしょ。それを殺す設計。正面からは通らない』

「先に言えよ!」

『今わかったから……』


 二人目が左から来た。ショウは身を沈めて突進をかわし、その背中に蹴りを入れる。


「ッ……ぶねぇな!」


 相手はよろめいたが、倒れなかった。装甲は重い。重いということは、質量がある。


「ネオ・テックの現行装備だ」


 父親の声が廊下の奥から届いた。

 彼は前に出てこない。腕を組み、ただ見ている。


「高周波ブレードは十年前の技術だぞ。その程度の対策もされていないと思ったか」

「うるせえ!」

「思ったんだろうな。お前は昔から、そうだ」


 三人目のロッドが、ショウの脇腹を掠めた。

 防護服の繊維が焦げ、生身の皮膚が焼ける。彼は歯を食いしばって距離を取る。


「うっ……!」

「最新の技術を追いかけるくせに、相手が更新している可能性を勘定に入れない。自分より賢い人間がこの世にいるという前提が、お前の頭には最初から無い」


 ショウは血の混じった唾を吐いた。


「テメェに説教される筋合いはねえ!」

「ある。私が育てた欠陥だからだ」


 四人目が背後から掴みかかってきた。

 ショウは義手で床を叩き、その反動で体を跳ね上げる。相手の腕が空を切った。


「チッ……面倒な連中だな!」


 着地と同時に、彼はブレードを引っ込めた。


「――切れねえなら、切らねえ」

「なに?」

「オラアァッ!!」


 彼は義手の指を全開に広げ、そのまま一人目の顔面装甲に叩きつけた。


「ブグァッ!?」


 斬るのではなく、殴る。

 チタン合金の拳がセラミックを陥没させる。


「ぐ、ぬ……!」

「振動を吸収する装甲ってのはな」


 二撃目。同じ場所。


「グゥッ……!」

「衝撃も溜め込むんだよ!」


 三撃目で、装甲の内側で何かが折れる音がした。

 一人目が膝から崩れ、動かなくなった。


「まずは……一人だ」


 しかし、まだ三人残っている。


「チンピラが! 我々を甘く見るなよ!」


 二人目と三人目が同時に来た。

 ショウは左のロッドを義手で受け止め、右のロッドを避けきれなかった。


 高圧電流が肩を貫き、視界が一瞬白く飛ぶ。

 彼は床に叩きつけられた。


「ぐあぁっ……!」

「みっともないな」


 父親が言った。相変わらず、その場から動かない。

 ショウは床に手をついた。義手の指が、白いタイルに罅を入れる。


「あれだけの才能を持って生まれたのだ。専門の教育を受ければ、こうして床に転がっていることもないだろうにな」


 ショウは苛立たしげに立ち上がる。


「何が才能……専門の教育だよ。あんたはステータスを伸ばして遊びてぇだけだ……あんたが俺を見たことは一度もねえ」

「私はお前を見ていた。管理していた。それを愛と呼ばないなら、この世に愛など無い」

「呼ばねえよ、そんなもん!」


 二人目が突進してきた。


「ぬっ……ううぅ……!!」


 ショウは避けなかった。

 正面から受け止め、相手の勢いを利用して床に引き倒し馬乗りになった。義手を振り上げる。


「昔の俺はな……目的がなかった!」


 拳が、頭部装甲の顎の継ぎ目に叩き込まれる。


「勉強もそうだ。喧嘩もそうだ。殺しもそうだ! 全部、何のためにやってるかわかんねえままやってた!」


 二撃目。継ぎ目が裂ける。

 三撃目。二人目の動きが止まった。


「……二人だッ」


 ショウは息を切らしながら立ち上がった。

 左腕の駆動が明らかに鈍い。関節から冷却液が漏れている。


「だが今は違う……」


 三人目が横薙ぎにロッドを振った。

 ショウは膝を折ってその下を潜り、相手の脚部装甲の継ぎ目に、今度こそブレードを差し込んだ。


(例え完璧なアーマーだろうが、継ぎ目はある)


 装甲同士の隙間。

 振動吸収層のない、たった二ミリの隙間。


 高周波の刃がその内側で暴れ、三人目が悲鳴を上げて倒れた。


「今の俺には、助けたいやつがいる! 目的が――」


 ショウはそう言って――そのまま、前のめりに崩れ落ちた。


「がっ……!?」


 膝が床を打った音が廊下に響いた。

 視界がぼやける。義眼の映像処理が追いつかず、ノイズが走っていた。


 左腕は完全に沈黙し、右腕も指先が痙攣している。

 生身の脇腹は焼け、肩の腱は義体の出力に耐えきれず断裂しかけていた。


「な、ん……クソッ……!」


 立ち上がろうとした。体が言うことを聞かなかった。

 四人目の警備が、ロッドを構えたまま背後に立っている。忍び寄った彼に、頭にマトモな一撃を食らってしまったのだ。


 そして、父親が歩いてきた。


 初めて彼は前に出た。革靴が白いタイルを規則正しく叩く。

 倒れた三人を一瞥もせず、彼はショウの前で立ち止まった。


「よくやったものだ」


 その声にはわずかな感情があった。


「三人だ。大したものだよ。私が、貴様が倒せるだろうと想定したのは二人だった」


 残った警備員がスタンロッドを両手で握り直した。

 出力を最大に上げる。ロッドの先端で、青い放電が唸りを上げた。


「だが、ここには四人目の兵がいる。お前はそこまでだ」


 ショウは顔を上げた。視界にはノイズが入っている。


「これでようやく、我が人生の汚点を処分できる。脳を焼き切ってやるから動くなよ」

「……」


 男はロッドを振り上げた。

 その直前――極限まで弛緩した時間の中。


『ショウ』


 耳の奥で、抑揚のない少女の声がした。


『一つ確認していい?』


 ショウは血の味のする口を、わずかに動かした。


「……こんな時に、なんだよ」

『ショウって、脳も電脳化してたっけ』


 彼は一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。


 十四で両腕を落としてインプラントにした。右目も換えた。

 神経接続の帯域を稼ぐために、脊椎ポートも入れた。そして、ハッキング速度を上げるために――


「……七割だ。大脳皮質の、七割は機械化してる……」


 カーバンクルの声は、ただ静かに次を言った。


『じゃあ――手を貸そうか』

「なに……?」

『あなたが許可すれば、私があなたの体を動かす。あなたの許可がなければ、私は何もしない』


 ショウは、床の白いタイルに映る自分の顔を見た。血と汗で汚れた顔。


『どうする』


 彼は笑った。親に向けたものと違い、今度はうまく笑えた。


「……ケッサクだよ」


 彼は目を閉じた。


「頼む。俺の体、貸してやる。――壊すなよ」

『善処する』


 その瞬間、右目の義眼の光が緑から、深い赤に変わった。


 ショウの体が床に手をつき――立ち上がっていく。


「!? まだ動くか……!」


 その動きは、さっきまでの彼のものではなかった。

 無駄が一つもなく、右腕と両脚だけで最短の経路を通って重心を持ち上げる。


 人間が痛みを感じながら立つ動きではない。

 父親の顔から表情が消えた。


「……なんだ、それは」


 ショウの体がゆっくりと顔を上げる。

 その目は、もう息子のものではなかった。


「あなたの言う、優秀な才能……その本当の力を教えてあげよう」

プロですから

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