【404】ペルソナ・ⅩⅫ
『繰り返す! 武装を解除し、その場に伏せ――』
その拡声器の警告を、ペルソナは片手を上げることで優雅に遮った。
彼女の指先が、静かに宙で振られる。
まるで演奏の始まりを告げる指揮者のように。
「さぁ……開幕だ!」
ペルソナの号令とともに、背後の鋼鉄の隊列――八体の装甲兵が一斉に前へ踏み出した。
「や、やめろ……やめてくれッ!」
『撃てッ!!』
前列の四体が、バリスティック・シールドを構えて広場へ突撃する。
警官隊の斉射が雨のように降り注いだ。
タタタタタッ!
鋼の盾に無数の火花が散り、強固な装甲が軋みを上げる。
だが隊列は止まらない。
彼らの脚は、既に彼ら自身の意志とは無関係に動かされているからだ。
「や、やめろぉっ! 俺たちはクローネクスの正規警備隊だ!」
「撃つな! 退いてくれ……っ!」
マスクの奥から、悲鳴とも呻きともつかぬ声がいくつも重なって漏れる。
だが容赦のない警察機構の銃弾は、彼らの装甲にめり込んでいく。
『貴様ら、何を言っている……!?』
『無視しろ! 狂人の戯言だ! 全員撃ち殺せ!』
「そこで散開。左右へ回れ」
ペルソナが腕を横へ払うと、隊列が機械的な正確さで二手に割れた。
左に展開した二体が、警察の装甲車両の側面に肉薄する。
至近距離からの制圧ライフルの掃射。青い制服のクローン警官たちが、悲鳴を上げて次々と薙ぎ倒される。
「アアアアアアッ……!」
「すまない、すまない……!」
右に展開した二体は、盾をハンマーのように振り回し、警察の陣形を粉砕していく。
『クソッ……なぜ企業の警備隊がこちらを撃つ!?』
『構うな! 暴走だ! 撃て! 撃ち返して全滅させろ!』
混乱が、警官隊の指揮系統をまたたく間に蝕んでいく。
その阿鼻叫喚の様を、ペルソナは心底楽しげに指揮していた。
彼女自身は、装甲兵たちの背後から一歩も動いていない。動く必要がないのだ。
腕の一振りが、そのまま進退となる。
指先の角度が、そのまま死を振り撒く銃口の向きとなる。
彼女は盤上の駒を動かすように、生きた人間を使ってこの虐殺を組み立てていた。
左翼で一体の装甲兵が、集中砲火を浴びて膝をついた。
「脚をやられた! あぁっ、装甲が保たない!」
「三番、四番。装甲車の下へ滑り込め。……そのままスーツのリアクターをオーバーロードさせろ!」
ペルソナが冷酷に指を振る。
その命令に、ヘルメットの奥から絶望の絶叫が上がった。
「や、やめてくれ! 爆発する! 生きたまま焼かれ――ぎゃああぁぁぁっ!」
中の人間の悲鳴を無視して、アーマーは命令に従う。
鋼鉄の二体が、炎上する装甲車の車体下へ強引に滑り込み――次の瞬間、青白い閃光とともに、車両ごと巨大な火柱を上げて吹き飛んだ。
ドゴォォォォンッ!!
ひしゃげた数トンの鉄塊が宙を舞い、周囲の警官が数十人まとめて薙ぎ払われる。
『うわああああッ……!』
「いい音だ。次」
ペルソナは腕を優雅に回し、ステップを踏むようにリズムを刻んだ。
突撃、掃射、肉弾戦、そして自爆。
自らの命を燃やす命令を、彼らは拒めなかった。
盾ごと警官の群れに突っ込ませて押し潰し、残弾が尽きればスーツの限界出力で殴りかからせる。
装甲が焼け落ち、駆動系が火を噴き……それでも彼女の指が動く限り、悲鳴を上げる鋼鉄の体は前へ前へと進み続ける。
「ああああああッ……!」
「だ、ダメだ、やめ……ぎゃああああっ!」
やがて一体、また一体と、装甲兵の隊列は数を減らしていった。
だが、その一体一体が確実に警官隊の骨を折り、肉を削ぎ落としていた。
装甲車は炎上し、隊形は寸断され、指揮を執っていた本部車両も既に瓦礫と化している。
上空の飛行ドローンも、ペルソナが装甲兵に放たせたミサイルで全て撃ち落とされた。
残る装甲兵はあと二体。
警察機構の残存部隊は、広場の中央に分厚い防御陣を敷いていた。
「最後の二つ。中央を割れ」
ペルソナの腕が、真下へ鋭く振り下ろされる。
残された鋼鉄の二体が、全身を蜂の巣にされながらも、咆哮を上げて広場の中央へと突撃した。
「あああああぁぁぁっ!!」
男たちの絶叫が広場に響き渡る。
銃弾を体に受け続け、装甲が砕け、肉が裂けても止まらない。
警官隊の分厚い壁を力任せにこじ開け、左右へ引き裂いていく。
最後の一体が両手のライフルを撃ち尽くして力尽き、ドスンと膝をついたのは、包囲網の中央を完全に貫き通した後だった。
そして――静寂が訪れた。
広場は、地獄の様相を呈していた。
「が、ぁ……」
『応答せよ! 応答せよ! 現場警官は状況を――!』
炎上する装甲車。積み上がった青い制服の山。ひしゃげ、火を噴く鋼鉄の残骸。
数百を数えた警官隊は、既に組織としての体を成していなかった。
血の海と呻き声。燃える車両の爆ぜる音だけが、朝の光の中に漂っている。
辛うじて生き残った者たちも恐怖で腰を抜かし、もはや銃を構える気力すら残していない。
その凄惨な絨毯の中を、ペルソナは階段からゆっくりと降りてきた。
彼女の体には傷ひとつなかった。
赤いジャケットには社内で浴びた乾いた古い血がこびりついているだけ。
息一つ乱れていない。彼女は指先も汚さずに、この苛烈な殲滅を終えていた。
転がる鋼鉄の残骸を無造作に踏み越え、動かなくなった警官の間を縫って、ヒールを鳴らして悠然と歩いていく。
瓦礫の陰で、辛うじて息のある警官が銃を持ち上げようとした。
「ば、化け物……!」
ペルソナはその姿を一瞥した。
だが、足も止めなかった。
「フン……」
撃つ価値も、殺す価値もない。
彼女はただ通り過ぎ、男の指から力なく銃が滑り落ちる。
包囲網の切れ目を抜け、彼女はテラの通りへと踏み出した。
朝の光がまっすぐに彼女を照らしている。
背後には燃える広場と壊滅した警察機構。前には、まだ何も知らない冷たい街並みが広がっていた。
「……待っていろ。次はエデンAIども……貴様らがこうなる」
獰猛な笑みを浮かべた小柄な影は、燃え盛る地獄の広場を背に、悠々と歩き去っていった。
「次に抑えるべきは……ハッキング用拠点、だな」
ペルソナ「リロードしたのに銃使わなかったな…」




