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【404】ペルソナ・ⅩⅪ

 地下三階へ降りる昇降機は、巨躯の装甲兵たちでぎっしりと埋まっていた。


 ガシャン、ガシャン。

 微かな振動のたびに鳴る装甲の擦れる音と、ヘルメットの奥から漏れる嗚咽だけが、密閉された狭い箱の中に満ちている。


「うぅ……っ、クソ……動け、動けよ……ッ!」

「いつまでこんなこと……!」


(泣き声がうるさいな。コーポの番犬といっても、精神は脆弱な肉塊か)


 ペルソナはその中央で、心底退屈そうに壁へ背を預けていた。

 降下を示す赤い数字が、静かに減っていく。


 チンッ、と扉が開くと、極度に冷やされた空気が押し寄せた。


 通路は無機質だった。

 剥き出しの配管が天井を走り、等間隔に並んだ非常灯だけが青白く床を照らしている。


 空調の唸りが絶えず低く響いていた。人の気配は一つもない。

 ここまで降りてくる人間は、社の中でも数えるほどしかいないのだろう。


「む。ここも扉か。よし……開けろ」

「クソっ……!」


 第一機密サーバー室の分厚い防爆扉は、操り人形と化した兵の認証キーをかざすことであっさりと開いた。


 その中は、光の墓所のようだった。


 天井まで届くサーバーラックが、何十列にもわたって整然と並んでいる。

 無数の状態表示灯が、まるで電子の脈拍のように明滅していた。


 冷却系の低い駆動音が、部屋全体を微かに震わせている。

 ここに、この国のすべてのクローン精製ラインの管制権が眠っていた。


 その中央に、一台のメインコンソールが据えられている。

 ペルソナは迷わずそこへ歩み寄った。


「これが中枢か……さて、どう遊んだものか?」


 指先を這わせると、画面が音もなく灯る。


『全国精製ライン統括管制。稼働状態/停止状態/再起動』


 求めていたものは、あまりに素っ気なくそこにあった。

 彼女は唇の端を吊り上げ、再起動の項目へ指を伸ばす。


 だが、弾かれたように画面が切り替わった。


『エラー。管制権限の行使には、統括AI・EDENシステムの認可が必要です』

「……認可だと?」


 ペルソナは目を細め、自身の指先でコンソールのケーブルソケットに直接触れた。

 意識をネットワークの深淵へと潜らせる。


 膨大な処理層が、嵐のように意識の中を流れていく。

 企業の防壁を片端から焼き尽くし、認証層を暴力的に踏み潰して、彼女は認可プロセスの根源へと到達した。


 だが、そこで彼女の意識は動きを止めた。


(……この認可要求は、迂回できない)


 管制権の行使命令は、必ずEDENシステムの『暗号署名』を経て発行される仕組みだった。


 署名なき命令は、そもそも命令として成立しない。

 プロセスを強制削除しようにも、削除の実行にもまた署名が要る。


 すなわち――『EDEN』アカウントがこの世に存在する限り、この装置は永久に彼女の言うことを聞かない。


 ペルソナは、静かに指を離す。

 しばしの沈黙のあと、彼女は喉の奥を鳴らして嗤った。


「くく……ハハハッ! なるほど。そう簡単に王手は取らせないというわけか」


 笑い声が、冷え切ったサーバー室に反響する。


(クローネクス社はただ器を作る工場に過ぎない。やはり、元締めはEDENか)


 社長を撃ち殺そうと、サーバーを掌握しようと、その一点だけは決して奪えない。


「なら……話は単純だ」


 ペルソナは明滅するサーバーラックを見上げた。


 EDENは、十二の擬似人格に分かれて思考するAIだ。

 その十番目は既にオリジナルの手で消された。三番目は彼女自身が消した。ならば、残るは十体。


 その全てを、バックアップごとこの世から消し去ればいい。

 そうすれば、この認可プロセスに署名する者はどこにもいなくなる。


「残り、十か。……神殺しと洒落込もうじゃないか」


 ペルソナはコンソールに背を向け、悠然と歩き出した。


「行くぞ、お前たち。前へ進め!」

「あぁ……っ、嫌だ、もう解放してくれぇ……!」


 その後を、苦しむ鋼鉄の隊列が意思に反して付き従っていった。


 ■


 地上へ戻る昇降機の中で、ペルソナはジャケットの裾を優雅に払った。

 スライドを引き、二丁の拳銃の薬室に弾が装填されていることを確認する。


 チャキッ、という冷たい金属音が、彼女の心を静かに昂ぶらせた。


 扉が開き、ロビーへ出る。

 朝の光が、割れた自動扉の向こうから白く差し込んでいた。


 散乱した書類と、倒れた椅子と、点々と残る赤い足跡。

 数刻前まで苦情の人で溢れていた空間は、今や無人の廃墟のようだった。


 ペルソナはその中を突っ切って、外へと歩み出た。


 ――そして、足を止めた。


「……そうか。まぁ、当然そうなるか」


 クローネクス社の正面広場は、回転する青と赤のパトランプの光に埋め尽くされていた。


「出てきたぞ……テロリストだ!」

「油断するな! 装備を確認しろ!」


 重装甲の警察車両が半円状に展開し、その陰から無数の銃口がこちらを向いている。

 メリディアン・ディフェンス社(MDC)の警察機構。


 統一された制服とタクティカルギアを着込んだクローン警官が、数百の強固な隊列を組んで建物の出口を封鎖していた。

 上空では数機のガンシップ・ドローンが旋回し、その強烈な照射灯がペルソナの影を縁取っている。


『MDCだ! 建物は完全に包囲されている! 武装を解除し、両手を上げてその場に伏せろ! 繰り返す――!』


 拡声された無機質な警告が、広場全体にビリビリと反響した。


 ペルソナは、その光景をゆっくりと見渡した。


 数百の銃口。逃げ場のない完全な包囲網。

 そして、その頭上――この国の遥か頂点、セレスト。


 標的である『神』が座す場所。

 彼女の暗い赤の瞳が、その高みをまっすぐに射抜いた。


「ヒッ……な、なんて数だ……」

「残念だったな、テロリスト……! お前もこれで終わりだぞ!」

「わかったら俺達を解放――」


 ペルソナに操られたアーマースーツの男たちが、怒りと期待に揺れた声を出す。

 絶望的な状況。だが彼女の胸の奥底から湧き上がってきたのは歓喜だった。


「防弾仕様の『肉の盾』が八枚」


 ペルソナは指を鳴らし、背後の装甲兵たちを自身の前へと歩かせた。


「なっ……! き、貴様……!」

「頼む、撃たないでくれ! 俺たちは人質だっ!」


 装甲兵たちを遮蔽物代わりに並べ、ペルソナは二丁の拳銃をゆっくりと持ち上げる。


「奪うための銃はいくらでも転がっている。マガジンは十分。……そして、的が数百」


 ペルソナは口の端を、三日月のように吊り上げた。


「地下ではいくら暴れても『ギャングの抗争』仕舞いだったからな。鮮烈な……地上波デビューと行こうか!」

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