【404】ペルソナ・ⅩⅨ
ペルソナはハンドガンを指先でくるりと回し、悠々とロビーを横切った。
「うわああああああ!」
「ひぃぃぃぃ……!」
我先にと逃げ惑う人波は、まるで割れる海のようだ。
(無様だな。どいつもこいつも、自分の命が世界の中心だとでも思っている)
彼女は流れる川でも眺めるように、彼らを視界の端に追いやる。
その一人一人に興味などない。逃げる者は逃がしてやればいい。
彼女の足は、まっすぐにロビー奥のVIP用昇降機へと向いていた。
(上。この社の中枢。『装置』の在り処を知る者は、こんな掃き溜めにはいない)
だが、その行く手にコーポのロゴが入った防弾ベストを着込んだ二人の警備員が立ち塞がった。
「と、止まれ! 銃を捨てて両手を上げろ!」
声は無様に裏返り、構えた銃口は小刻みに震えている。
「……震えているぞ、坊や。撃ち方のレッスンはしたのか?」
ペルソナは歩調すら緩めない。
口の端が三日月のように吊り上がる。
「撃ち方がわからないなら――教えてやる」
最初の一発が放たれるより早く、彼女の姿が沈んだ。
「!?」
低く床を滑り、一人目の懐へ潜り込む。
柔術の要領で男の手首を極め、銃口を強引に跳ね上げた。反射的に男が引き金を引く。
「あがっ……!?」
空へ抜けた銃弾が天井の照明を砕く。
彼女は返す肘を男の顎へカチ上げ、頭部を揺らした。
意識が飛んだ男の首に腕を巻き付け、ペルソナは即座に彼を肉盾として引き寄せる。
「き、貴様ぁ!」
二人目がパニックに陥り引き金を引いた。
タタンッ! 無秩序な弾丸が、盾にされた味方の防弾ベストと肉に食い込む。
「あっ……!」
(馬鹿が。仲間を撃った程度で動揺するか)
その一瞬の硬直を、彼女は見逃さない。
肉の盾を前へと突き飛ばし、跳ねるように距離を詰めると、二人目の手からハンドガンを引ったくるように奪い取った。
「あっ!?」
そのまま男の腕を捻り上げ、奪った銃の銃口を持ち主の顎下へ押し当てる。
「ほら。引き金はこうやって引くんだ」
パンッ、パンッ。
無造作なダブルタップ。脳幹を撃ち抜かれた男が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
ペルソナは両手に握った拳銃を、器用にくるりと回した。
「これで二人だ。……今日は何人殺すか」
チンッ、と軽快な音を立てて昇降機の扉が開く。
彼女はその箱に、優雅な足取りで乗り込んだ。
■
昇降機が、上層の事務区画で扉を開く。
その先に広がっていたのは、阿鼻叫喚のパニックだった。
「ふざけるな! テロリストだと!?」
「まだノルマ未達なんだぞ、畜生……!」
「早く逃げろ! 下に!」
白いパーティションの迷路を、社員たちが悲鳴を上げて逃げ回っている。
下層の惨劇は既にこの階まで伝わっていたようだ。
(情報伝達は早いようだが、避難誘導は三流以下だな)
ペルソナが一歩踏み出すと、近くにいた社員が腰を抜かして床に尻餅をついた。
「ひっ……! た、助け……!」
「安心しろ」
ペルソナはその男を一瞥し――そのまま跨いで通り過ぎた。
「怯えて動けぬ豚に用はない」
彼女の興味は、抵抗する者、立ち塞がる者にしか向かない。
だからこそ机の下で丸まる影にも、震えながら祈る者にも目もくれず、ヒールの音を響かせて歩いていく。
だが、フロアの奥から増援の武装警備隊が雪崩れ込んできた。
「いたぞ! ターゲットだ! 殺せ!」
六人。アサルトライフルとサブマシンガンで武装している。
ペルソナは迫る無数の銃口を前に、獰猛な笑みを浮かべた。
「ハッ、退屈しのぎにはなるか」
最初の斉射を、ペルソナは真横へ跳んで躱した。
パーティションを蹴り倒し、その板ごと横倒しに警備隊へ叩きつける。
視界を塞がれた敵の死角へ滑り込みながら、着地と同時に両手から火を噴かせた。
パンッ! パンッ! パンッ!
流れるような近接戦闘射撃。
右の二人が、それぞれ眉間と心臓を的確に撃ち抜かれて吹き飛ぶ。
「いい腕だろう? だが弾丸一つで一つの命を奪うのは難儀でな」
残る四人が、散開しながら弾幕を張る。
ペルソナは事務机を蹴り倒して盾にし、火花を散らす銃弾をBGMにスライディングで移動した。
カチッ、と手元の銃がスライドストップする。弾切れだ。
「だから――もっといい武器がほしい」
空の拳銃を三人目の顔面へ全力で投げつける。
「ぐあっ!」と怯んだ隙に、ペルソナは机の陰から飛び出した。
男の構えたライフルの銃身を掴んで下へ逸らし、そのまま関節を極めて強引に武器を奪う。
悲鳴を上げる間もなく、奪ったライフルを脇に抱えて発砲。
「ぐああああ……っ!!」
四人目の胸を蜂の巣に変え、そのまま三人目の後頭部にライフルのストックを叩き込んで脳蓋を陥没させた。
「三人、四人。……よし、次だ」
五人目が放った弾丸が頬を掠める。
ペルソナは弾切れのライフルを捨て、腰のコンバットナイフを引き抜いた。
「撃て! 撃て撃て!!」
「なんで当たらない!?」
弾丸の雨を掻いくぐり、男の懐へ飛び込む。
ナイフで大腿部を刺して体勢を崩させ、倒れ込む相手の首に足を絡めてグラウンドへ引きずり込む。
「ぐおうっ!?」
三角絞めの体勢から男の腰のホルスターに手を伸ばし、ハンドガンを抜き取った。
そのまま、もがく男の側頭部に銃口を押し当てる。
「おやすみ」
ズドン、とくぐもった銃声。
最後の一人が震える手でサブマシンガンを向けようとした瞬間、彼女は既に跳ね起きていた。
「おっと、待たせたな」
「く、来るな……撃つぞ! 殺すぞ!」
「頑張れ」
一瞬の躊躇に踏み込んだペルソナの手刀が、男の喉笛を正確に打ち砕く。
ぐしゃりという嫌な音を最後に、フロアは静まり返った。
ペルソナはゆっくりと立ち上がり、返り血を優雅に払い落とした。
「少しはマシだったが、単調すぎる」
白いフロアに、赤い足跡だけが点々と奥へ続いている。
彼女は次の昇降機を目指して、鼻歌交じりに歩き出した。
■
(心地いい……血の匂いが、脳髄を痺れさせる)
上へ。さらに上へ。
階を上がるごとに、ペルソナは立ち塞がる者を的確に、そして芸術的に屠り続けた。
非常階段の踊り場では、待ち伏せた三人を相手に流麗な立ち回りを見せた。
「待ち伏せなら、もっと息を殺せ」
一人目の足を払い、二人目の腹に前蹴りを入れて手すりから突き落とす。
落ちていく男の悲鳴が下層へと響く中、三人目の腕を掴んで背負い投げの要領で階段下へ放り投げた。
管理職の区画では、机を飛び越え、シャンデリアの鎖を蹴って振り子のように跳んだ。
空中で逆さまになりながら、逃げる背中には目もくれず、向かってくる銃口だけをダブルタップで次々と潰していく。
廊下に転がる薬莢が、彼女の歩みに合わせてチャリン、チャリンと乾いた音を立てる。
(楽しい。狩りはこうでなくては。手にしたデータのすべてが躍動するのがわかる!)
弾が尽きれば奪い、間合いに入れば骨を砕く。
抗う者だけを丁寧に、しかし容赦なく壊していく。
廊下の角を曲がるたび、彼女の顔には隠しようのない愉悦が濃くなっていった。
やがて、ペルソナは最上階へと辿り着いた。
重厚な両開きの扉。その手前に広がる広々とした前室。
そこが、社長室へと至る最後の関門だった。
(……匂いが変わったな。今までの豚どもとは違う、硝煙と機械油の匂いだ)
扉の前には、これまでとは明らかに格の違う一団が待ち構えていた。
「……ここまでだ。貴様を排除する……!」
黒い重装甲を隙間なく纏った兵士たち。
顔はチタン合金の面覆いに覆われ、手にした武装は拳銃などではない。
スマートリンクで照準を同期された制圧用の重アサルトライフルと、バリスティック・シールド。
八名の兵士が一糸乱れぬ隊列を組み、扉を背に静かに銃口を揃えている。
クローネクス社の特注警備クローン部隊だった。
寿命の限り従順に働くよう設計され、恐怖も、逃亡も、痛みすら知らぬ兵器。
逃げ惑っていた社員たちとは違う。
彼らは死を恐れず、命令のままにただ機械のように立ち塞がる。
前室の空気が、張り詰めた沈黙に支配された。
ペルソナは、その分厚い壁のような隊列を前にゆっくりと足を止めた。
構えた二丁の拳銃からわずかに硝煙が立ち上る。
彼女は、口の端を限界まで吊り上げた。
狂気を孕んだ、心底楽しそうな笑み。
「ようやくか。少しは骨のありそうな連中だ」
ペルソナは両手の拳銃のスライドを引き、新しい薬室に弾を送り込んだ。
チャキッ、という冷たく美しい金属音が響く。
「止めてみろ。そのつまらん命を賭けて!」
カーバンクル族(?)、普通に銃持ったらあまりに強すぎる




