【404】ペルソナ・ⅩⅦ
ペルソナは天を見上げ、ゆっくりと唇を吊り上げた。
「クク……ははは! なんという僥倖だ!」
クローニングの全面停止。
この街で、そのお触れによって『何一つ失わない人間』がたった一人だけいる。
もとより複製の利かぬ身。
彼女にとって、この全都市放送はただの他人事だった。
だが、目の前の相手は違う。
「聞いたか、オリジナル。お前の替えはもう作れんぞ」
「…………」
ペルソナは恍惚と両腕を広げてみせた。
自分だけが失わず、相手だけがすべてを失う。
この理不尽な傾きこそ、彼女が最も好むものだった。
「この期に及んで、天が私に味方したな。……ここでお前を潰せば、私が唯一のカーバンクルだ。さあ、命を一つしか持たない気分はどう――」
その言葉が、爆音に掻き消された。
整備場の分厚い外壁が、轟音とともに吹き飛んだのだ。
「……なんだ?」
「爆発……?」
「――目標施設への突入完了。これより、不法占拠者の殲滅を開始する」
舞い上がる粉塵を割って雪崩れ込んできたのは、無機質に統率された黒い隊列だった。
軍用の重装甲、統一された制圧装備。
胸元には、クローネクス社の紋章が刻まれている。
奪われた施設F-7を取り戻すため、企業がついに正規の殲滅部隊を差し向けてきたのだ。
「な、なんだあいつら!?」
「クローネクスの私兵だ! 迎撃しろ、どうせ死んでも――」
「バカ野郎! さっきの放送聞こえなかったのか! クローンが止まったんだぞ!」
テンパードの構成員たちが、武器を持ったまま悲鳴を上げて逃げ惑った。
「待て、待てよ! 死んだら、おれ、それきりじゃねえか……!」
「嫌だ! 死にたくねえ! 俺はまだ――」
彼らはもはや戦えなかった。
何度でも蘇るという確信だけが、彼らの狂気と勇猛さの正体だった。
その足場を失った瞬間、残ったのはただ死を恐れる無力な生身の人間だけだ。
突撃も、自爆も、誰一人として選べない。
「対象は全員武装者と見なせ。生け捕りは不要。ゴミは残らず焼却しろ」
「了解」
企業兵たちの声は、害虫を駆除するように事務的で無慈悲だった。
抵抗らしい抵抗もできぬまま、隊列のプラズマ掃射が背を向けて逃げるテンパードの兵たちを次々と薙ぎ倒していく。
「ぎゃああああ……!」
肉が焼け焦げる悪臭と、断末魔の絶叫が整備場に満ちた。
その凄惨な光景を見て、ペルソナの動きが一瞬だけ止まった。
「――――」
嗤いがその顔から消えていた。
積み上げてきた数百の軍勢が、たった一つの放送でゴミのように崩れ落ちていく。
彼女が築いた不死の王国は、その根源を他人に握られていた。
その事実を、彼女は初めて突きつけられていたのだ。
(……白けさせてくれる)
そのペルソナの一瞬の隙を、カーバンクルは見逃さなかった。
(一時撤退……っと)
彼女は音もなく身を翻し、崩れた外壁の穴へと滑り込む。
混乱と粉塵、そして飛び交う銃弾に紛れ、その姿は瞬く間に夜の底へと消えていった。
「!? ちっ……逃げたか」
ペルソナが舌打ちして振り返ったとき、そこにはもうオリジナルの姿はなかった。
■
残されたのは殺戮だった。
「ひぃぃっ! 助け……ボス、助けてくれェッ!」
「勝手にやってろ」
這いずって助けを求める自分の兵に一瞥もくれず、ペルソナは黒い隊列の中央へとゆっくり歩み出た。
リミッター解除はまだ解けていない。
赤黒い光を纏った小柄な影が、粉塵の中を銃弾よりも速く駆け抜ける。
「前方に高エネルギー体! 撃て、撃てェッ!」
最初の一人は、何が起きたか理解する前に頭部が消し飛んだ。
重装甲も、制圧火器も、彼女の前では紙くずと同義だった。
「がッ……!」
隊列が銃口を向けるより早く、ペルソナの手刀がその腕を肩から引きちぎる。
分隊単位の戦術的連携も、視認できぬ速度の前には何の意味もない。
「馬鹿な……見えない!? なんだこいつは!」
「化物だ! 下がれ、距離を取れッ――がはぁッ!?」
「あの雑魚共を守ってやる義理などないが……お前たちは少し五月蠅いな」
ペルソナは絶叫する兵の首を掴み、その体を盾にして一斉掃射を受け止めた。
盾にされた肉が弾け、装甲がひしゃげる。
彼女はその肉の残骸を無造作に投げ捨て、返す手で次の一人の胸郭を素手で貫いた。
悲鳴と発砲音が整備場に反響しては、一つ、また一つと消えていく。
――やがて、動くものは彼女だけになった。
血に濡れたブーツが、瓦礫と死体の山を踏み越えて歩いていく。
「がっ……ヒュ……」
その足元で、腹を撃たれたテンパードの構成員がまだ辛うじて息をしていた。
震える血まみれの手が、すがるように彼女のほうへと伸ばされる。
「あ……ボ、ス……俺たち、蘇、生……」
ペルソナはその男を冷たく見下ろした。
しばしの沈黙のあと、彼女は静かに口を開いた。
「蘇生はもうできん。施設が動かないからな」
「そん、な……」
「仇を討つなどと、青臭いことを言うつもりはない」
その声には憐憫の欠片もなかった。
構成員たちの死を悼んでなどいない。彼女が不快なのは命を奪われたことではなく、自らの「玩具箱」を他人の手によって勝手にひっくり返されたことだった。
「だが、どうやら順序が見えたぞ」
ペルソナは、企業の私兵の死体を足で蹴り転がした。
「……クローネクス社とやらは、私が解体してやる」
「あ……、ぁ……」
男の伸ばした手が、力なく血溜まりに落ちた。
ペルソナはそれを一顧だにせず踵を返した。
崩れた外壁の向こうに、テラの薄暗い夜とその上層にそびえ立つ富裕層の摩天楼が広がっている。
この街の生と死を独占し、勝手にルールを決める巨大企業。
彼女は暗い赤の瞳で、その姿をまっすぐに見据えていた。
「待っていろ、クローネクス。オリジナルの前に、まず貴様らを始末してやる」
その小柄な影は、粉塵の舞う夜の底へと歩き去っていった。
ペルソナVSカーバンクルVSエデンAI
VSダークライ




