【断罪】ペルソナ・Ⅴ
「な……な……っ?」
ペルソナは、地面に這いつくばるリクの横を通り過ぎた。
視線すら向けなかった。
血まみれで呆然とする少年も、左右に無惨に転がる見張りの死体も、彼女の足を一歩も止めなかった。
編み上げブーツがコンクリートを叩く音だけが規則正しく響き、赤いジャケットの背中がアジトの通用口に吸い込まれていく。
「あ……」
リクは声をかけることすらできなかった。
少女の周囲の空気が歪んでいるように見えた。
そのオーラは人間のそれではない。
あれは、形を持った死そのものだ。
■
アジト一階。
旧変電設備の錆びた鉄骨と絶縁碍子が林立する、薄暗く広いフロア。
通用口での異変を聞きつけた構成員が五人、電磁ナイフとスタンガンを手にぞろぞろと集まってきた。
だが、非常灯の赤い光の中に立っていたのは、赤いジャケットの少女がただ一人。
その光景に、五人の表情が一様に緩んだ。
「おいおい、今日はガキの当たり日か?」
先頭の男が電磁ナイフを弄びながら、にやにやと近づいてきた。
ペルソナの体を上から下まで舐めるように見て、隣の男と目を合わせて下劣に笑う。
「可愛い格好してんな。迷子か? 俺がおままごとに付き合ってやろうか」
「見ろよ、スカートだぜ。無傷でサヴォイさんに差し出したら、機嫌よくなるんじゃねえか?」
ペルソナは足を止めたまま、五人を見渡した。
赤い瞳に浮かんでいるのは、恐怖でも緊張でもなかった。あくびが出るほどの退屈だった。
「……素人が五人か。つまらんな」
「あ?」
先頭の男の笑みが引きつった。だが、安いプライドが恐怖に勝った。
子供相手に怯んだと仲間に見られるわけにはいかない。
「生意気な口を――ッ!」
電磁ナイフを起動し、青白い光を纏った刃を大上段から振り上げた。
ペルソナが、フッと踏み込んだ。
一歩。ただの一歩だった。
だがその一歩で、少女は先頭の男の死角――懐深くに入り込んでいた。
中国武術の一種。縮地。
「え……」
振り上げた腕の内側を滑るように潜り、右手の下掌打が男の喉仏を正確に打ち抜いた。
ゴチャッ、と気管が潰れる湿った音が響く。
「カッ……ヒューッ、ガハッ……!?」
男は声を出せないまま、両手で喉を押さえて崩れ落ちた。
口から血の混じった泡が溢れ、床で苦しげにのたうち回る。
破壊的な打撃によって拗じられた気管は、もとに戻ることはない。
ゆっくりと窒息していくだけだ。
残りの四人の顔から、笑みが消え去った。
「な……おい、何した!?」
「殺せ! 全員でやれ!」
四人が同時に襲いかかった。
電磁ナイフが三本、スタンガンが一本。四方向からの同時攻撃。
ペルソナは左に半歩ずれ、最も近い電磁ナイフの軌道を左手の甲で軽く叩いて逸らした。
詠春拳。逸らされた刃が、勢い余って隣の構成員の肩を深く切り裂く。
「ぎゃあああっ!」
「あっ……この野郎!」
悲鳴が上がる。味方の刃で味方を斬らせる、鮮やかな同士討ち。
ペルソナはその混乱の中を滑るように動き、スタンガンを持った男の手首を掴んだ。
軍隊式近接格闘術・クラヴマガ。
関節を極めて腕を捻り上げ、そのまま持ち主の首筋にスタンガンを押し当てた。
バチバチッ!
「あばばばばっ!」
最大出力の放電音。男が白目を剥いてその場に倒れ伏す。
「おい……おい、待て……こいつ、化け物だ……!」
「クソっ、武器だ! 銃をもってこい!」
残った二人が恐怖で後退した。
一人は肩を斬られて戦闘不能、もう一人は構えた電磁ナイフの切っ先がガタガタと震えている。
ペルソナは二人を追わなかった。鉄骨の柱に背を預け、腕を組む。
プリーツスカートの裾に返り血が飛んでいるが、全く気にする素振りもない。
「逃げたければ逃げてみろ」
「……っ!?」
「どうした? 退屈だが、鬼ごっこくらいなら付き合ってやらないこともない
「う、うわあああああッ!」
二人が走った。階段を目指して。
だが、階段の防火扉はすでに動かなかった。裏口も、窓も。
ペルソナがアジトに入る前に、電脳ハッキングで施設の電子ロックを全て外部から書き換えていたのだ。
全扉が封鎖されている。建物全体が、一つの巨大な檻になっていた。
二人が防火扉を狂ったように叩く音が、フロア全体に虚しく反響していた。
「開かねえ! くそっ、なんでだ……!」
「通気口だ! 通気口から外に――」
――カツ、カツ。
背後で、編み上げブーツの足音が近づいてくる。
規則正しく、ゆっくりと。急ぐ理由のない捕食者の足音。
「おっと、残念だったな。そっちは塞いである」
二人が絶望して振り返った。
ペルソナが五メートル先に立っている。非常灯の赤い光が黒髪を照らし、プリーツスカートの白いラインが暗闇に不気味に浮かんでいる。
「頼む……見逃してくれ……っ! 金ならある。サヴォイの金庫に……」
肩を斬られた男が、膝をついて片手を上げた。
もう一人も電磁ナイフを床に落とし、両手を広げて見せた。
「何でもする……! 何でもするから、俺の命だけは……!」
ペルソナは小首を傾げた。
品定めするような、氷のように冷えた目だった。
「何でもする、か。ずいぶんと安い命だな」
「た、頼む……!」
「――嫌だ」
短かった。感情のない、単純な拒絶だった。
同情でも怒りでもなく、ただ『興味がない』というだけだった。
虫の命乞いに人間がいちいち応じないのと同じ温度で、ペルソナは二人の懇願を切り捨てた。
「何を勘違いしている。お前たちの薄っぺらい命に、交渉する価値などない」
「ふ……ざけんなあぁぁッ!」
肩を斬られた男の顔が絶望から狂気に歪んだ。
最後の力を振り絞って立ち上がり、拳を振り上げた。素手で殴りかかるしかなかった。
ペルソナはその拳を片手で軽々と受け止め、そのまま親指で男の手の甲の骨を一本、パキリとへし折った。
「あぎぃっ!?」
男の悲鳴が上がり切る前に、ペルソナは跳び上がり、男の側頭部を肘で打った。
ムエタイ・飛び肘打ち。頭蓋を叩き割る破壊の一撃。
メチャッ、と骨が軋む鈍い音。
男は壁にぶつかって跳ね返り、即座に動かなくなった。
最後の一人は逃げることも戦うこともできず、尻もちをついたまま後退っていた。
背中が防火扉にぶつかって止まる。
「い、いやだ……死にたくない……っ」
「ほう、死にたくないのか」
涙と鼻水が混じった顔で、必死に少女を見上げている。
ペルソナはしゃがみ込み、男の顔を覗き込んだ。赤い瞳が至近距離で男の目を映す。
「なら、芸でもしてみせろ。負け犬らしく吠えてみるがいい」
「……!? っ……わ……ワンッ……!」
その無様な姿を見つめるペルソナの瞳には、一切の温度がなかった。
ただ、弱い者が泣いている光景を眺めるだけ。
その男の膝を、ペルソナは蹴り砕いた。男が崩れ、地に伏せる。
「ぎゃあああっ!?」
「犬がなぜ立っている。貴様は玩具の真似事すらもできんのか?」
「ひいいいいいっ……! ゆ、許して、許してくださいッ! もう許して……」
「駄目だな」
ゴッ。
蹴り上げられたブーツの爪先が男の顎を正確に打ち抜き、最後の一人が沈黙した。
■
二階への階段を上がりながら、ペルソナは廊下に転がる構成員たちの死体を跨いでいった。
二階にいた残りの構成員も、結果は同じだった。
最初の数人は気勢を上げて突進してきたが、三人目が床に沈んだ頃には、残り全員が絶叫しながら逃走に転じていた。
だが、逃げ場はない。窓は封鎖済み。非常口も、通気口も。
建物の全てがペルソナの手の中だった。
結末は全員同じだった。
閉じた扉の前で振り返り、迫る足音を聞き、最後に何かを叫ぶ。
命乞い、罵倒、金の提示、仲間の売り渡し。
どれも等しく無意味で、ペルソナはその一つ一つを嘲笑と悪意を持って終わらせた。
「……クックック」
廊下の非常灯が明滅している。
赤い光が、壁と床の血痕を均一に照らしている。
「いいぞ。実にいい。溢れ出る力に任せ、弱者を蹂躙する……。禁欲明けの坊主とはこんな気分だったのかもしれんな?」
ペルソナは赤いジャケットの袖口に付いた血を舌で舐め取り、最奥の重厚な扉の前で足を止めた。
――ボスの私室。
扉の向こうから、かすかな音が漏れている。モニターの電子音。通信端末の雑音。
そして、途切れ途切れの女の痛ましい悲鳴。
ペルソナは扉に手をかけた。
中にいたのは、焦り、怯え、慌てふためく男たちと……平静を装おうとするボス。
「キサマ……いったいどこのモンだ?」
「駆除業者だ。羽をもぎに来てやったぞ」
カーバンクルさんと違ってセリフがいちいち凄いペルソナちゃん




