【依頼人】蜂の拷問
純然たるリョナ回なのでご注意ください
変電設備の壁に背中を押しつけられたまま、ミナは必死に息を整えようとした。
肺が潰れるような痛みが走り、呼吸をするたびに胸の奥が熱い。
目の前に並ぶ四人の男たちの顔が、赤い非常灯の光を浴びて、まるで地獄の悪鬼のように歪んで見えた。
「おいおい、そんなに睨むなよお姉ちゃん」
先頭に立つ、首に大きな蜂の刺青を入れた男が、電磁ナイフのスイッチをオフにした。
刃の青白い光が消え、路地裏は再び暗い赤色に包まれる。
その代わりに男がポケットから取り出したのは、一本の細長い、金属製のシリンダーだった。
先端には、極細のインジェクター――「毒針」が取り付けられている。
「……何、それ」
ミナは声を絞り出した。
強気なトーンを維持しようとしたが、声の端が微かに震えるのを止められなかった。
「ブラック・ホーネットの特製シロップさ。サヴォイさんの特許でね。逆らう奴の脳みそを、ちょっとばかりお行儀よくするための薬だよ」
男はシリンダーの底を親指でカチリと押し、中の黄色い液体をピストンで押し出した。
針の先から、粘り気のある滴がぽつりと落ちる。
「ただの麻薬じゃない。この毒は神経を限界まで過敏にする。ほんのわずかな風が皮膚に触れるだけで、全身の皮を剥がされるような激痛に変わる。……まあ、実演して見せた方が早いか」
「ふ、ふざけないで……っ。私、テラ・エクスプレスのGPSがついてる。十五分以上ルートを外れたら、会社から巡回に通報が行くようになってるんだから!」
ミナは壁に爪を立て、必死の嘘を吐いた。
そんな高度なシステム、しがないテラの個人運搬業者に導入されているはずがない。
それでも、この状況を打開するためのハッタリが必要だった。
だが男たちは互いに顔を見合わせ、それから爆笑した。
「ハハハッ! GPSだってよ! あの寂れたエクスプレスの社長が、そんな金持ってるわけねえだろ!」
「それに、ここはファウンドリーの死角だ。クローン警官なんて、金を積まなきゃここまで来やしねえよ」
笑い声が、耳の奥を不快にかき乱す。
男の一人がミナのポニーテールを容赦なく掴み、頭を後ろのコンクリート壁に叩きつけた。
「おらッ!」
「う、あぐっ……!」
衝撃で頭がくらくらする。
抵抗しようと腕を振り回したが、別の二人に両腕を押さえつけられ、壁に大の字に固定された。
「離して! 離しなさいよっ! この最低最悪のクズども!」
「威勢がいいのはそこまでだ、嬢ちゃん」
刺青の男がゆっくりと近づいてくる。
ミナの視線の先で、あの黄色いシリンダーの先端が近づいてきた。
いやだ。それだけは、絶対にいやだ。
ミナは頭を激しく左右に振って拒絶したが、髪を掴んでいる手がそれを力任せに固定した。
首筋の皮膚が引っ張られ、無防備な鎖骨の上が露出する。
「やめて……お願い、やめて……っ!」
初めて、ミナの口から悲鳴に近い懇願が漏れた。
だがその弱音こそが、男たちにとって最も甘美な娯楽だった。
「いい声だ。そのまま泣き喚けよ」
チクリとした、小さな痛みが首筋に走った。
一瞬、本当にそれだけだった。蚊に刺された程度の、取るに足らない痛み。
だがシリンダーのピストンが押し込まれた瞬間。
ミナの体内を『冷たい炎』が駆け巡った。
「――あ、あッ……!?」
心臓がドクンと暴れ狂ったように跳ねた。
血管の中に、氷水とガソリンを同時に流し込まれたような感覚。
首筋から始まった冷たい痺れが、一瞬で鎖骨を通り、胸を侵食し、指先とつま先まで一気に突き抜けていく。
「は、ひ、ふぅ……っ!?」
呼吸の仕方が、分からなくなった。
肺が酸素を拒絶している。喉の筋肉が引き攣り、まともな息が吸えない。
「さあ、始まったぞ。感覚の扉が全開になる時間だ」
男の一人が、ミナの頬を軽く指先で撫でた。
その瞬間。
「――いやあああああああああっ!!」
ミナは喉が裂けるほどの悲鳴を上げた。
ただの指先。軽く触れられただけの、何の力もない愛撫。
それが、ミナの脳内では『赤く焼けた鉄ごてを顔面に押し付けられた』ような、地獄の激痛として処理された。
脳の感覚野が狂い、全ての物理刺激を最大級の「痛覚」に変換している。
肌に触れる冷たい夜風すらも、むき出しの神経を無数のヤスリで削られるような激痛となって脳をかきむしる。
「いっ! いぎぃぃぃ!!」
「おい、立たせてやれよ」
首に蜂の刺青を入れた男が、下卑た笑みを浮かべて顎をしゃくった。
両脇を乱暴に抱え上げられ、ミナは壁に押し付けられる。
ただ掴まれているだけのその指の圧力が、彼女にとっては肉を万力で握り潰されるほどの苦痛だった。
「ひ、あ、あああああっ……!! 痛い、痛いぃぃっ! 離して、離してえええっ!」
ミナは喉をかきむしるような、無様な悲鳴を上げた。
かつての勝ち気な面影は消え失せ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪ませている。
「ハハッ! ただ触っただけでこんなに鳴くぜ! たまらねえな!」
「なぁ、俺たちの仲間をコンテナで殴って、タダで済むと思ってたわけ? なぁ?」
男の一人が、ミナの顎を掴んで強引に上を向かせた。
触れられた顎から脳へ、強烈な電撃のような痛みが走り、ミナの体はガクガクと痙攣する。
「あ、うぐ、あぁっ……! あ、あ……っ」
「なんとか言えよメスブタァ!」
「落とし前つけてもらわねえとなあ。あの逃げた女の代わりによ。ほら、まずは土下座だ。泥を舐めながら、許してくださいって言ってみろよ!」
男がミナのポニーテールを掴み、そのまま地面に向けて力任せに引きずり下ろした。
ベチャリと、冷たい泥水の中にミナは顔から突っ込んだ。
「ぎ、ぁぁあああああっ……! 痛い、痛いいいいっ!」
ただの泥水。冷たい水滴。
それが、薬物で狂った神経には「沸騰した熱湯」を全身に浴びせられたような激痛となって襲いかかる。
ミナは泥水の中で無様にのたうち回り、地面に額を何度もぶつけた。
「はぁ、はぁっ……! ひっ、いいぃ……!」
「おい、こいつの服、全部引き裂いちまえ。逃げられねぇようにな!」
「……っ!?」
バリバリと下劣な音がして、大切にしていた黄色いバイトジャンパーが引き裂かれた。
それだけにとどまらず、男たちの荒々しい手が下に着ていた薄いブラウスの襟元を掴み、一気に引き剥がした。
「嫌、嫌だぁぁぁっ! お願い、やめてえええっ!」
破られたブラウスから、白い肌が露出する。
むき出しになった背中や腕に、容赦なく夜風が吹き付けた。
感覚が極限まで鋭敏になったミナにとって、その夜風は「無数のカミソリの刃」で全身の皮を削ぎ落とされるような、想像を絶する拷問だった。
「ひうぅっ、あ、あ、ああああああああっ!!! 痛い、痛い、痛いっ! 体が、裂ける、裂けるうううっ!!」
ミナは泥水の上でエビのように身をよじり、狂ったように叫び続けた。
その無様で悲惨な姿を見て、男たちはさらに興奮し、サディスティックな歓声を上げる。
「おい、もっと風当ててやれよ!」
「ほら、おねだりしろよ! 『服を返してください、許してください』ってさ!」
ミナの精神は、激痛と屈辱の前に崩壊しかけていた。
自分の意思とは無関係に暴走する痛覚。引き裂かれた衣服。
テラで、弟のリクと誇りを持って生きてきたことなど、もうどうでもよかった。
この地獄から救われるなら、どんな屈辱的なことでもする。
「おねが……い……じます……っ!」
ミナは泥にまみれた額を、男の汚れたブーツの前に擦り付けた。
「許して……ください……っ! 私が、私が悪かったです……! なんでも、なんでもしますからぁっ! だから、もう触らないで……帰し、でぇ……!!」
涙と泥水でぐちゃぐちゃになった顔で、男のブーツにしがみつき、激しく泣きじゃくりながら命乞いをする。
しかし刺青の男は、その様子を冷酷に見下ろし下卑た笑みを深くした。
「――許すわけねえだろ、馬鹿が」
「え……っ?」
ミナが絶望に目を見開いた瞬間、頭頂部に強烈な衝撃が下された。
男のブーツの底が、彼女の頭を踏みつけたのだ。
「あがああああっ……!」
「こんな極上品、ここで潰しちまうのはもったいねえ。アジトに持って帰って、サヴォイさんや他の仲間たちと一緒に、じっくり可愛がってやろうぜ」
「いいですね! 薬が切れるまで、毎日鳴かせましょう!」
「いや……嫌、だ……っ、助け、て……リク、リクぅ……っ!」
最後の力を振り絞ったミナの悲鳴は、男が頭に浴びせたスタンガンの電撃によって、短い絶叫となって途絶えた。
「運ぶぞ。暴れねえように放り込んどけ」
意識を失い、泥まみれでぐったりとしたミナの体は、ゴミ袋のように男たちの手でカートの荷台へと放り込まれた。
黄色いジャンパーの破片が泥水の中にぽつんと残され、男たちの不快な笑い声と共に、電動カートはファウンドリー・ベルトのさらに暗い奥地――ブラック・ホーネットのアジトへと向かって走り去っていった。
アジトねぇ




