↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
284/359

【断罪】Mの目覚め

 ニードルは冷たい金属の壁にもたれるようにして、床に座らされていた。


 両腕はスーツごと背中に回され、展開した棘が逆向きに自分自身の手首を固定している。

 脚も膝から下が内側に折り曲げられ、自分の装甲で自分の肉体を縛り上げる格好になっていた。


「ぐっ……はぁ、はぁ……!」


 カーバンクルは三メートルほど離れた木箱の上に腰を下ろし、肩と脇腹の傷に応急処置を施していた。

 工場の救急キットから引っ張り出した止血パッチを、無造作に押し当てている。


「……ふふっ。随分と余裕ですわね。獲物を前にして、ご自分の傷の手当てを先になさるなんて……ッ」


 ニードルの声は、まだ辛うじて余裕を装っていた。

 だが、その首筋には自らの棘が食い込んだ赤黒い痣が残り、呼吸はわずかに荒い。


「逃げないってわかってるからね」

「逃げられない、の間違いでしょう。……自分のスーツに縛られるなんて、屈辱にもほどがありますわ……!」


 カーバンクルは止血パッチを貼り終えると、ゆっくりとニードルに向き直った。


「……さて。聞きたいことがある」

「あら、尋問? お好きになさいな。でも、私は口が堅いほうですのよ。拷問のプロフェッショナルですから」

「オクトーバーっていうのは誰?」

「……さあ。私にお仕事をくださった、気前のいい方としか……カッ……!」


 カーバンクルは無言で、血に染まった右手を軽く上げた。

 ニードルのスーツの左肩が、内側に向かってギリッと絞まった。

 カーボンの装甲板が生体部分の鎖骨接続部を情け容赦なく圧迫し、骨が軋む鈍い痛みが走る。


「ぐっ……!」

「オクトーバーっていうのは、誰?」

「……っ、だから、知らないと……言って……アアッ!」


 カーバンクルの指先がミリ単位で動く。

 もう一段、深く絞まった。鎖骨からメキリと嫌な音が鳴り、脳を焼き切るような鋭い痛覚信号が走る。ニードルの額に脂汗が浮いた。


「あっ……く、ぅ……!」

「答える気になったら言ってね」


 カーバンクルは手を下ろし、圧迫をぴたりと止めた。

 ニードルは荒い息をつき、汗まみれの顔を上げてカーバンクルを睨みつけた。


「……このガキ。やってくれますわね。でも、こんなことをしたって無駄よ。私はね、痛みを与える側の人間ですの。与えられる側になったくらいで――」


 右膝の装甲が、内側に向かって捻じれた。


「ぃ――ッ!!」

「長い。黙って答えなよ」



 一時間が経っていた。


 ニードルの呼吸は完全に乱れていた。

 全身のスーツが断続的に締まったり緩んだりを繰り返し、痛みの波が途切れない。


 カーバンクルは同じ質問を、同じ平坦な声で、同じ間隔で繰り返していた。


「オクトーバーっていうのは、誰?」

「……っ、何度……訊かれても……」


 左の脇腹が締まった。


「あ……ァッ……!」

「誰?」

「EDEN……の……」


 圧迫が止まった。

 ニードルは意識が朦朧とする中で、自分が何を口走ったのかに気づき、ハッと唇を噛んだ。


「……違うッ、今のは……!」

「EDENの、なに?」

「言ってない。聞き間違いよ……!」


 右の脇腹が締まった。左と交互に。波のように。


「ぁ……っ、あ、ああっ……!!」


 そして――ふっと緩んだ。

 急にすべての圧迫が消えた。痛みの波が引き、強烈な解放感が全身を満たす。


 その瞬間。

 ニードルは自分でも信じられないような、甘ったるい嬌声を漏らした。


「は……ぁ……っ、あん……っ」


 それは苦痛から逃れられた安堵のため息ではなかった。

 もっとねっとりとした、熱を帯びた音だった。


 カーバンクルがわずかに小首を傾げる。


「……なに、今の」

「な、なんでもないっ……! 気のせいよ!」


 ニードルの頬に、濃い赤みが差していた。

 恐怖でも怒りでもない色。彼女自身が最も困惑しているその変化を、カーバンクルは見抜いていた。



 三時間が経過していた。


 工場の作業灯が、白々と変わらない光を落とし続けている。

 ロボットアームは相変わらず律動的に動き、溶接を繰り返している。

 その単調な反復の中で、ニードルの状態は完全に"完成"していた。


 圧迫。解放。圧迫。解放。


 カーバンクルは同じことを、相手が慣れてしまわないように、三時間繰り返した。

 質問をし、答えなければ締め、少しでも答えれば緩める。犬の調教と同じ原理だ。


 だがカーバンクルの瞳に、一切の『愉悦』はない。


(あ、ああ……この、彼女の、目っ……!)


 ニードルが獲物を壊すとき、そこには必ずドス黒い快楽があった。

 相手の苦痛を味わい、反応を楽しみ、屈服の瞬間に恍惚とする。


 カーバンクルにはそれがない。

 赤い瞳は凪いだまま、ただの作業として痛みを与え、作業として止める。


 ニードルが泣こうが叫ぼうが、情けなく喘ごうが、何一つ反応しない。

 感情がない。興味がない。

 その徹底した『無関心』が、ニードルの中の何かを、根本から狂わせていた。


「……はぁっ……ねえ、もっと……!」


 ニードルの声は原型を留めていなかった。

 喉は渇き、髪は汗で額に張り付き、口元からはだらしなく涎が垂れている。


 だがその瞳には恐怖ではなく、熱に浮かされたような異様な光がギラギラと灯っていた。


「あなた……本当に、何も感じないの? 私が、こんなに……っ、こんなに気持ちよくなってるのに……!」

「……」

「そう……そうよね。あなたには、どうでもいいのよね。私なんか、ただの……肉の塊……ただの、おもちゃ……ああっ、最高ですわ……っ!」


 ニードルは自分の身体を捩りながら、恍惚とした表情で喘いだ。

 支配する側にしか立ったことのない人間が、初めて体験する「絶対的な力による支配」。


 抗えない力に組み伏せられ、どんなに無様な反応を見せても完全に無視され、ただのモノとして扱われる。


 いつスイッチが入ったのか、本人にもわからない。


 だが気づけば、圧迫が来る瞬間に来るのは恐怖ではなく、強烈な期待になっていた。

 解放された瞬間の脱力は、苦痛からの解放ではなく、快楽の余韻に変わっていた。


「……もう、いい」


 ニードルは、熱を帯びた瞳でカーバンクルを見つめ上げた。


「話す。全部。だから……っ!」

「……」

「……だから、もう少しだけ……そのまま、手を、上げていて……っ。お願い、やめないで……もっと私を、めちゃくちゃにして……っ!」

「…………」


 どん引き、という概念がカーバンクルにあれば、今の顔はまさにそれだっただろう。


 カーバンクルの赤い瞳がかすかに瞬いた。

 目の前の肉塊が何を言っているのか、頭が理解を拒絶している。


 ……だが、

 情報が引き出せるなら手段は問わない。少女は無言のまま、すっ、と右手を上げた。


「あああっ……! オクトーバーは……っ、EDENの擬似人格よっ! 都市AIの、12ある人格の10番目ぇっ……はぁっ、はぁっ……!」


 言葉は止まらなかった。

 ニードルはオクトーバーとメイの作戦構造、連絡手段、報酬体系、カーバンクルの追跡に使われたEDENの監視権限……そのすべてを喘ぎ声と共に吐き出していった。


「…………」


 カーバンクルは右手を上げたまま、一言も挟まず、ただその喘ぎ混じりの告白を聞き続けた。


「はぁ……はぁっ……!」


 すべてを話し終えたとき、ニードルは壁にもたれて、だらしなく天井を見上げていた。

 疲弊しきった顔に、最高潮の果てにある奇妙な安堵と熱が浮かんでいる。


「……はぁっ……ねえ、カーバンクル、さまぁ……!」

「なに」

「また、来てくださる……? もっと……もっと痛くして、私を……っ」


 カーバンクルは無表情のまま、五秒ほど完全に沈黙した。


「……意味がわからない。気持ち悪い」


 ピシャリとそう言い残し、少女は即座に背を向けて歩き始めた。

 足早に。心なしか、逃げるように。


「あっ、待って! お願い、置いていかないで! もっと、もっと私を――!」


 ニードルは自らのスーツに拘束されたまま、必死に身を捩ってその小さな背中を見送っていた。

 その目に浮かんでいたのは、殺意でも屈辱でもなく……ただひたすらに熱っぽく、歪みきった純粋な恋慕だった。

これにはカーバンクルさんもドン引き

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。