【断罪】フォースの力?
「――しゃあッ!」
ニードルが動いた。
床を蹴り、天井へ向かって跳躍する。
そのとき、全身の棘が工場の天井に深く食い込んだ。
逆さまの姿勢で、ぴたりと静止する。重力を無視したかのような張り付き方だった。
棘の一本一本が微細な角度で鉄骨の隙間に噛み合い、義体の四肢が天井を完璧にホールドしている。
「上から失礼しますわ……ねッ!」
言い終わる前に、ニードルは天井を蹴り出していた。
斜め下方への急降下。
棘だらけの右腕を、巨大な槍のように突き出してカーバンクルに迫る。
「……!」
カーバンクルは最小限の動きで横に跳んだ。
着地と同時に、コンベア脇の工具ラックから鉄パイプを一本引き抜く。
八十センチほどの錆びた金属の棒。
それを両手で構え、落下してきたニードルの腕を横からフルスイングで叩いた。
鈍い音。パイプの軌道が弾き返される。
棘がパイプの表面をごっそりと削り取り、激しい火花が散った。
カーバンクルの手に強い痺れが走るが、構わずステップを踏んで距離を取る。
「あらあら。このスーツに対して工具で戦うんですか? お可愛いこと」
床に降り立つことなく、ニードルはそのまま壁へ飛び移った。
棘が壁面に食い込み、垂直の姿勢で静止する。
そこから真横へ跳び、別の壁に張り付き、天井に移り、再び壁へ。
蜘蛛のような変則的な軌道で工場の空間を縦横に飛び回り、死角からの急降下を繰り返す。
シュガッ! ガガッ!
棘が床や機械を削り取る音が連鎖する。
カーバンクルは攻撃が来るたびに位置を変え、ラインの機材を盾にして凌いだ。
ロボットアームの隙間に身を滑り込ませ、溶接トーチで迫る棘の腕を弾く。
トーチが折れ飛ぶと、すぐに次の道具に持ち替える。
チェーン、重レンチ、金属トレイ。
手当たり次第に。だが、どれも数秒と保たなかった。
ニードルの棘は触れたものを削り、砕き、確実に無力化していく。
もちろん、格闘で組みつけば全身の針が相手の肉をミンチにするだろう。
素手での攻撃は文字通りの自殺行為。
カーバンクルの生存領域は、確実に狭まっていた。
「どうしたのかしら。逃げてばかりですわね?」
ニードルが天井からふわりと降り立ち、ゆっくりと歩み寄った。
「もう少し楽しませてくださると思ったのに。期待外れかしら」
「…………」
カーバンクルは無言で、コンベアの支柱の影に立っていた。
左腕のパーカーの袖が裂けている。
先ほどの攻防で、棘の一本が前腕を浅く抉っていた。
赤い筋が真っ白な肌を伝い、床に小さな血の染みを作っている。
「あら、刺さってましたのね。痛くないんですか?」
返答はなかった。
カーバンクルの表情は、戦闘が始まる前と何一つ変わっていない。
「……聞こえておりますか? 痛いでしょう、と訊いているんですけど」
「聞こえてる。まぁ、それなりには痛い」
「では、なぜ叫ばないんですか?」
「叫ぶ理由がない」
ニードルの目が、わずかに細くなった。
明確な苛立ちだった。今まで壊してきた相手は全員、痛みに顔を歪め、命を乞い、己の矮小さを認めてきた。
だがこの子は、何も返さない。
ただの機械のようにそこに立っている。
「……その生意気な強がりも、あと数秒で終わりますわ!」
ニードルが加速した。
壁、天井、壁。工場の構造を最大限に利用した三角跳びの軌道から、カーバンクルの背後に回り込む。
(終わった! これで全身串刺しですわ!)
棘だらけの両腕で、逃げ道を塞ぐように抱擁の姿勢で襲いかかった。
カーバンクルは振り返らなかった。
代わりに、足元のコンベアの起動スイッチを蹴り飛ばした。
「!?」
ベルトがモーター音を上げて動き出し、ライン上の金属パーツが一斉に流れ始める。
ニードルの着地点に大量のパーツが滑り込み、足元をすくわれる形で一瞬だけ体勢が崩れた。
「なっ……」
そのコンマ数秒の隙に、カーバンクルは自ら前へ踏み込んだ。
ニードルの、棘だらけの懐に。
「何を――!?」
ザシュッ、と肉の裂ける音がした。
カーバンクルの肩と脇腹に、三本の棘が深く突き刺さっていた。
「……!」
「ハッ、血迷いましたか!? 私のスーツに自ら近づくなんて!」
だが、少女は止まらなかった。
自分から棘に体を押し込むようにして密着し、ニードルのスーツの背面に手を伸ばした。
「いいですわよ! さぁ、叫びなさい! 痛みに泣き叫ぶのよ!」
カーバンクルの指先が、背中の装甲板の一枚を正確に掴む。
爪を継ぎ目にねじ込み、引き剥がした。バキッ、と硬質な音が響き、装甲の下から銀色の端子が露出する。
通信ポート。
スーツの制御システムと外部をつなぐ、メンテナンス用の接続口。
(……!? 何か、している!)
ニードルが致命的な異変に気づいたのは、その直後だった。
「――離れなさいッ!」
全身の棘をさらに伸ばし、強引に弾き飛ばす。
カーバンクルの小さな体が宙を舞い、五メートル先のコンベアの上に叩きつけられた。
肩と脇腹からどくどくと血が流れ、白いパーカーが赤黒く染まっていく。
それでも少女は無表情のまま、すぐに身を起こした。
「何をしましたの、今……っ」
ニードルは背中に手を回し、剥がされた装甲板の跡に触れた。
通信ポートが剥き出しになっている。だが、物理的にケーブルを接続されたわけではない。端子に何かを差し込まれた形跡もない。
「別に。大したことはしてない」
カーバンクルが、右手を持ち上げた。
指先をニードルに向けて開く。何も持っていない、血に染まった空の手。
それを、グッと握る。
次の瞬間――ニードルの首が、締まった。
「がッ――!?」
あたかも、離れた位置からカーバンクルに首を絞められているかのようだった。
棘が自分の喉の肉に食い込み、気道が完全に圧迫される。
ニードルは両手で首元を掴んだが、手応えがまるでない。剥がせない。
「な……に、を……っ!?」
「フォースの力だよ」
カーバンクルはコンベアの上に立ったまま、右手をかざしている。
「があ、あああっ!!」
その指先が微かに動くたび、ニードルのスーツが別の反応を返した。
右腕が勝手に跳ね上がる。左脚が不自然に折れ曲がる。
自分のものであるはずの体が、遠隔操作のパペットのように弄ばれていく。
「フォー、ス……!? 何を意味のわからないことをッ……!」
「知らないの? 宇宙に調和をもたらすアレ。……まぁ、冗談はさておき」
ニードルは歯を食いしばり、這うようにカーバンクルへ向かって進もうとした。
だが右脚が言うことを聞かない。脚部の棘が地面に向かって伸び、自分の体を床に縫い付けてしまう。
左腕が背中に回り、関節とは逆の方向に、ミシミシと音を立てて捻じれ始めた。
「ぐ……ぁ、あああっ……!」
「通信ポートからスーツの制御権を奪ったんだよ。どう? 痛い?」
カーバンクルの声は、いつも通り絶対零度だった。
「さっき、同じことを聞いてたよね」
「あ、ああッ……!」
ニードルの膝が、がくりと床に落ちた。
全身の棘が、主人の意思とは無関係に次々と収納されていく。
武装解除。鉄条網だった体が、ただの拘束具に過ぎない黒いスーツへと戻っていく。
「ば……かな……こんな……スーツのセキュリティは、軍用グレードの……」
「なるほど。道理でちょっと硬かったわけだ」
カーバンクルは右手を下ろさないまま、ゆっくりとコンベアから降りた。
「いつもは10秒もあれば突破できた。ちょっと面倒だったね」
肩と脇腹から血を滴らせながら、倒れたニードルのもとへ歩いていく。
ニードルは床に這いつくばり、首の締めつけに喘ぎながら、信じられないものを見る目で少女を見上げていた。
四肢は動かない。棘も出ない。
全身が、自分のスーツに内側から拘束されている。
「さて。躾が必要かな?」
カーバンクルの赤い瞳が、ゴミを見るような目で、静かに彼女を見下ろしていた。
カーバンクルさん!
この時代の奴らはSW知らないっすよ!!




