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【依頼人】罰を与える男

 テラ第七学区、ハーモニー・ブロック中等教育校。

 旧校舎三階、視聴覚準備室。


 蛍光灯は三本のうち二本が抜かれ、残る一本が青白い光を痙攣のように明滅させている。

 窓には遮光シートが貼られ、廊下側のドアにはロック端末が外付けされていた。


 教師の巡回パターンはとうに解析済み。この部屋に大人が来ることはない。


「うっ……ぐぅ」


 部屋の中央に、一人の男子生徒が正座させられている。

 名前はルーカス・フィン。同学年だが、ミアとは隣のクラス。取り立てて目立つ人間ではない。


 その両膝の下には、工業科から持ち出された金属キャップが二十個ほどばら撒かれていた。

 鋭い縁が膝の皮膚に食い込み、制服の布地にはすでに薄い血の染みが滲んでいる。


 ルーカスの正面に、カイル・ドレイクが座っていた。


 パイプ椅子に深く腰かけ、脚を組んでいる。整った顔立ちに表情はない。

 退屈でもなく、愉悦でもなく、ただ事務的な平坦さがそこにあった。


 カイルの左右には二軍の生徒が二人、壁にもたれて控えている。

 見張りと記録係。それ以上でもそれ以下でもない。


「罪状を読み上げる」


 カイルの声は教室で発表でもするように淡々としていた。手元の端末に目を落とす。


「先週の昼休み。購買部前でシエラに話しかけた。ジュースの場所を聞いたそうだね。それから今週、廊下ですれ違うときにシエラの顔をじっと見てた。……以上」


 ルーカスは震える唇で反論した。


「み、見てないよ……! ただ前を歩いてただけで……」


 カイルは端末を膝の上に置き、初めてルーカスの目を見た。


「ルーカス。君がどう思ってるかは関係ない。シエラが不快だったと言ってる。それで十分なんだよ」


 ルーカスの額に脂汗が滲んだ。金属キャップの縁が膝に食い込み、じわじわと痛みが全身に広がっている。

 正座を崩そうとするたび、壁際の生徒が肩を押さえつけた。


「お、お願いだからもうやめてくれ……膝が……」

「まだ十分も経ってないよ。もう少しくらい我慢できないのかい?」


 カイルはそう言うと立ち上がり、棚の上に置いてあった道具を手に取った。


 アンダーから流通した安物の電磁ペン。

 皮膚に微弱な電流を走らせながら色素を注入する刺青用の道具だ。

 数週間で消えるが、施術中の痛みは鋭い。


「左の手首を出して」

「え……いやだ、何をする気で……」

「『分相応』って文字を入れてあげるだけだよ。長袖で隠せる場所にしてあげるから、感謝してほしいくらいだ」


 ルーカスが腕を引いた。

 カイルが顎で合図すると、壁際の二人がルーカスの両腕を掴み、手首を固定する。


「やめて……! やめてくれ! 何もしてないのに!」

「何もしてない? それを決めるのは被害者側なんだよ。つまりこっちだ」


 電磁ペンの先端が皮膚に触れた瞬間、ルーカスの口から短い悲鳴が弾けた。

 焼けるような痛みだった。筋肉が痙攣し、反射的に腕を引こうとするが、両側から押さえられて動けない。


「ッ……あ、ぐ……痛い、痛い痛い……!」

「動くと線がぶれるから、静かにしててくれる?」


 カイルの手は正確だった。一画ずつ、丁寧に泣き叫ぶルーカスの手首に文字を刻んでいく。

 五分後、「分相応」の文字が赤く腫れた皮膚の上に浮かび上がっていた。


「はい、終わり」


 カイルは電磁ペンを棚に戻し、手を払った。

 ルーカスは解放された腕を胸に抱え、嗚咽を漏らしている。膝から金属キャップがばらばらと転がり落ちた。


「次にシエラの近くをうろついたら、今度は首に入れる。制服でも隠せない場所だよ。わかった?」


 ルーカスは何度も頷いた。声にならない声で、はい、はい、と繰り返している。


 カイルはもう彼を見ていなかった。端末を取り出し、画面を切り替える。

 表示されたのは検死報告のスクリーンショット。マコト・アスターの死亡記録だった。


「じゃあ、もう帰っていいよ。シエラへの義理は通した。君はもうどうでもいい」


 ルーカスがよろめきながら出て行くと、部屋には電磁ペンの焼けた匂いだけが残った。



 本校舎三階、生徒会室。


 壁一面のガラス窓からテラの街並みが見下ろせる、広い部屋だった。

 中央の長机にはファイブ・クラウンの社章が刻印されている。生徒自治の象徴でありながら、実態はジュリアン・ヴォスの私室だった。


 ジュリアンは長机の上座に座り、制服の袖を几帳面に折り返していた。

 その隣のソファにシエラ・レミントンが深く腰かけ、長い脚を組んで端末を弄っている。ブロンドの髪が窓からの残光を受けて淡く光っていた。


 カイルがドアを閉めると、ジュリアンが先に口を開いた。


「で?」


 一語で十分だった。

 カイルは生徒会長の正面に立ち、端末を差し出した。

 画面にはマコトの検死データが映っている。


「喉仏の圧砕。舌の摘出。使われた道具は倉庫にあったペンチ。死因は出血性ショック。発見場所は廃部室棟の地下倉庫、だって」


 シエラの指が端末の上で止まった。

 画面から顔を上げたその表情には、嫌悪でも恐怖でもなく、不快感に近い困惑がある。


「……あのマコトが? 冗談でしょう?」


 カイルは首を振り、話を続けた。


「ところが事実だ。マコトは昨日の放課後、ミア・ハーロウを倉庫に連れ込んでる。ジュリアンの許可でね。生徒が二人、見張りについてた」


 ジュリアンが無言で頷いた。

 ミアを「壊す」許可を与えたのは彼自身だ。処女を奪って飽きてきた彼女を、マコトの好きな方法で処理させるつもりだった。


「倉庫の中で何があったかは、二人とも見ていない。電磁遮断エリアだから通信もカメラも届かない。わかっているのは、マコトが入って……出てこなかったこと。そしてミアはその後、普通に帰宅してる」


 シエラが眉をひそめた。


「ミアが? あの泣き虫が帰宅? マコトがあの状態で?」

「ありえないよね、普通は。見張りが役立たずすぎて時系列がはっきりしないから、ミアがどんな状態で帰ったのかは知らない」

「……つまり。あの女がヤラれてる最中に助けが入ったのか、それとも捨てられた後にマコトが殺されたのか、わからないってことか?」

「そう。だけど、おそらくミアの背後に誰かいる。マコトを一方的に制圧できるだけの力を持った何者かが」


 ジュリアンが指を組み、長机に肘をついた。

 父親譲りの鋭い計算がその目の奥で回転している。


「ミア本人じゃないなら、誰だ。転校前の知り合いか? それともアンダーの連中か?」


 カイルは端末をしまいながら、わずかに口角を上げた。

 それは彼にしては珍しい表情の変化だった。


「わからない。でも一つ、気になることがある」


 ジュリアンの視線が先を促す。


「凶器は倉庫にあったペンチで、つまり犯人が持ち込んだものじゃない。マコトが一番好きだった脅しの道具を、そっくりそのまま奪った。

 ……犯人はきっと、わかってやってる。マコトに絶望を味わわせるために、あえて彼の道具を使ったんだ」


 沈黙が落ちた。

 旧い配管が壁の向こうで軋む音が、生徒会室にまで響いている。


「罰の与え方を理解してる相手だ。ちょっと興味がある」


 シエラが苛立たしげに髪をかき上げた。


「興味? カイル、あんたのキモい趣味に付き合ってる暇はないの。とにかく、次にやることは一つでしょ?」


 彼女はソファから立ち上がり、端末を操作し始めた。

 画面にはクラスの連絡網が表示されている。ミア・ハーロウの名前が一覧の中に浮かんでいた。


「本人に聞けばいい話よ。呼び出すわ」


 ジュリアンが異論を挟む素振りは見せなかった。

 シエラの指が送信ボタンの上で一瞬止まり――そして、迷いなく押し込まれた。

皆さんイキってらっしゃいますけども

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