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【断罪】生き残った者たち・Ⅳ

 サウス区、第七医療矯正施設。


 そこは通称「漏らしの病棟」と嘲笑とともに呼ばれる、重度後遺症を抱えた特級収監者専用の長期療養型刑務所だった。


 消毒液と排泄物の臭いが微かに混じる無機質な病室。


「フーッ……フーッ……!」


 元E班のレオは、医療用ベッドに大の字で括り付けられていた。

 両腕と両脚は分厚いステンレスの拘束帯で固定され、寝返り一つ打つことすら許されない。


 彼の下半身からは、数本の細い医療チューブが伸びていた。

 膀胱から直接、人工的に尿を抜き取るための永久留置カテーテルだ。


 あの日報復として彼に強引に挿入された極太の手術用カテーテルは、市警の医療チームの手によって取り除かれた。

 しかし、その際の乱暴な処置と内部組織の破壊により、彼の排泄機能は完全に再生不能な状態に陥っていた。


 最新のバイオテクノロジーを用いれば、手術で機能を再建する選択肢はあった。

 だが、裁判所の判決はそれを冷酷に却下した。


『――被告人の過去の性犯罪傾向、およびその凶悪性に鑑み、医学的処置による恒久的な機能制限を妥当とする』


 法廷は一切の慈悲を見せなかった。


 ヴァイス市長の汚職と、彼らが行ってきた非人道的な犯罪の全貌が暴かれた。

 下劣な実行犯であるこの男に同情する者など一人もいなかったのだ。


「うう……あ、うぅ……」


 レオはひび割れた唇から呻き声を漏らし、ただ白い天井を見つめていた。


 一日に三度、自動ドアが開き、看護師が彼のカテーテルバッグを交換しに来る。

 担当は二十代の女性看護師だった。


(チクショウ……チク、ショウ)


 以前のレオであれば、無防備な女性が近づいてくれば好色な笑みを浮かべて卑猥な言葉を投げかけ、力ずくで組み敷く妄想に耽っていたはずだ。

 彼はそうやって弱者を徹底的に蹂躙し、支配することに快楽を覚えて生きてきた。


 だが、今の彼にはそれができない。

 女性看護師が部屋に入ってきた瞬間、彼の股間に焼け火箸を突っ込まれたような、狂おしい激痛が走るのだ。


「し、し……ィィッ!」


 レオは歯が砕けそうなほど食いしばり、拘束帯の中でビクンと身体を跳ねさせた。

 額から脂汗が滝のように噴き出す。


「ああ、また神経発作?」


 看護師は顔色一つ変えず、ゴム手袋越しに淡々と尿バッグのチューブを取り替える。


 彼女には事前に事情が知らされていた。

 女性の姿を見たり、女性の体臭を感知したりすると……自律神経の意図的な誤作動により、カテーテル周辺の痛覚ネットワークに激痛が走る。

 あの夜、闇医者によって「そう設計された」後遺症だと。


 警察の医師たちはその犯人に首を傾げたが、犯罪者の人権にリソースを割く義理もなく、深くは追及しなかった。


「はい、終わったよ。じゃあね」


 看護師は事務的に処置を終え、レオをゴミのようにもう一度見下ろしてから去っていく。

 扉が閉まった後も、レオは涙と涎を垂れ流しながら、神経を焼く痛みが引くのをただ耐え続けるしかなかった。


 女に触れたい。女を力で支配したい。

 彼の脳内には、その醜悪な欲望が今もこびりついている。


 だが、体が全力でそれを拒絶する。

 女性が視界に入るだけで激痛と猛烈な吐き気が襲い、あの夜の圧倒的な恐怖と無力感がフラッシュバックするのだ。


「……ぐっ、う、ぅぅ……あぁぁぁ……っ」


 レオの濁った目から、惨めな涙が溢れ落ちた。

 彼の余生は、この狭いベッドの上で続く。


 彼がかつて見下し、慰み者にしていた「女」の事務的な手によって、毎日毎日、ただの臓器のように下半身を清拭され、排泄を管理されながら。


 力で他者を奪ってきた男が、永遠に「世話される無力な側」に固定される。

 それが、彼に下された最も相応しい判決の真意だった。



 同じ頃。セントラル区、厳重警備の矯正施設付属精神病棟。


「ひっ、ヒィィ……!」


 元特殊部隊指揮官であり、E班のリーダーであったエリックは、独房の隅で小さな子供のように膝を抱えていた。


 かつては鋼のような肉体と冷徹な知性を誇った精悍な顔つきは、十年分も老け込んでいる。

 頬は痩せこけ、無精髭が伸び放題になり、その瞳には一切の焦点がない。


 彼が収容されている独房からは、一切の「暴力的要素」が排除されている。


 壁は頭をぶつけても怪我をしない柔らかい樹脂製。

 家具は角を丸めたスポンジ状のプラスチック。食器はちぎれやすい紙製。

 テレビも、ネットワーク端末も、娯楽の類は一切ない。


 担当の看守たちは、施設長から厳命されていた。


『被収監者エリックに、暴力的映像、武器の類、および世界のニュース映像を一切見せるな』


 なぜなら――


「お、おぇ……ッ、ごほっ、がはっ……!」


 エリックは床の排水溝に向かって、胃液を撒き散らすように嘔吐した。


 原因は、今日の昼食に出た鶏肉のステーキだった。

 紙のフォークでその肉を千切ろうとした瞬間、彼の脳内に「人間の肉が刃物で裂かれる映像」と血の臭いが反射的に蘇り、胃袋が強烈に痙攣したのだ。


 パブロフの犬。

 あの夜、彼の脳神経に強制的に植え付けられた強固な条件付けは、半年経っても消えるどころか、むしろ日に日に強化されていた。


「……ハァ、ハァ、ハァ……」


 エリックは震える手で口元を拭った。

 これで今日、何度目の嘔吐だろうか。

 食事のたびに吐き気を催すため、屈強だった体重は優に十五キロ以上落ち、体力は老人か子供並みまで衰弱しきっていた。


 看守が独房の電子ロックを解除する。


「おいエリック、運動の時間だ。立て」

「……行く、行くから……急かさないでくれ……」


 エリックは壁伝いに弱々しく立ち上がった。

 中庭での運動。それも他の収監者とは完全に隔離された、高い壁に囲まれた静寂な庭だ。


 彼は他の囚人の姿を見ることすら許されない。

 なぜなら、刑務所という空間には日常的に「暴力」が存在するからだ。


 囚人同士の些細な喧嘩、看守の警棒による制圧行為、ただの言い争い。

 その全てが、エリックの脳を破壊する致命的な刺激となる。


 太陽の光すら遮られた中庭を、引きずるような足取りで歩きながら、エリックはふと虚無感に襲われた。


(俺は……このまま、何もできず、ただ呼吸だけをして、死ぬまで生きるのか……?)


 戦いたい。銃を握りたい。誰かを圧倒的な力でねじ伏せたい。

 その戦闘本能は、今も骨の髄まで染み付いている。


 だが、絶望的なまでに体が動かない。

 拳を強く握ろうとしただけで、全ての指が痙攣し始める。

 戦闘の構えを取ろうとした瞬間、視界がぐるぐると回り、心臓が破裂しそうなほどのパニック発作に襲われる。


 冷酷な戦士は、もはや路傍の老犬よりも無害で、哀れな生き物に成り下がっていた。


「……404……ッ」


 エリックは虚空を見つめ、ひび割れた声で呟いた。

 あの少女のコードネームは、彼にとって脳を侵食する呪詛だった。


 彼に「戦死」という戦士としての名誉を与えなかった者の名。

 彼から「戦うこと」という唯一の存在意義を根こそぎ奪い去った者の名。


 残りの人生、彼はただ穏やかに、一切の刺激から隔離され、無害な廃人として生かされ続けるのだ。


 誇りも尊厳もなく、ただチューブで栄養を流し込まれる観葉植物のように。

 それが彼への、決して覆ることのない絶対の判決だった。



 同じ頃。ノース区との境界に位置する、重犯罪者用強制労働施設。


 他の二人と異なり、E班の暗殺担当であったサムは、労働を免除され特別棟の最奥に収容されていた。


 壁一面が真っ白に塗装された、精神異常者用の保護独房。

 窓は一つもなく、狂気を煽るような冷たいLED照明が一日中点灯している。


「あぁ……あ、ああッ……!」


 サムは拘束衣を着せられたまま、部屋の隅の空間を血走った目で見つめ続けていた。


 そこには何もない。ただの白い壁があるだけだ。

 何もないはずなのに、彼にはハッキリと見えるのだ。


 水色の髪。

 返り血一つない白いパーカー。

 暗闇の中で、不気味なほど静かに赤い光を放つ瞳。


「来るな……来るな……っ、あっちへ行け……!」


 サムは膝を抱え、ガタガタと歯の根を鳴らして震えた。


 幻覚だ。それは頭のどこかで分かっている。

 あの超常的な力を持った少女が、こんな最果ての刑務所の独房にまで律儀に彼を殺しに来るはずがない。


 だが、見えるのだ。

 部屋の隅、ベッドの下、便器の裏側の影、天井の四隅。

 常にありとあらゆる場所から、無表情な赤い瞳が彼をじっと見つめている。


 あの夜、強制的に開瞼器でまぶたを固定された両目。

 そしてその傍らで、狂いそうになる彼を静かに見下ろしていた、感情の一切ない赤い瞳。


 あの瞳が、あの静寂が、今も網膜の裏側に焼き付いて決して離れない。


「ヒッ……ヒィッ……!」


 ガチャン、と重い金属音が鳴り、扉が開いた。


 看守が合成ペーストの食事を運んできただけだ。

 だがその些細な音に反応して、サムは喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。


「ぎゃあああああッ! 来た、来た来た来た来た来た!! 許してくれぇぇッ!」

「うるせえぞ、また始まったか。このイカレ野郎」


 看守は嫌悪感露わにトレイを床に蹴り入れ、さっさと扉を閉めた。

 サムは部屋の隅で頭を壁に打ち付けながら、泣き叫び、震え続けている。


 彼への法的な判決は重い終身刑だった。

 ヴァイス市長の暗部の実行犯として、数十件に及ぶ暗殺事件への関与が認定されたためだ。


 だが彼を本当に狂わせ、苦しめているのは法が定めた刑期ではない。

 終わりのない「恐怖」だった。


 眠っている間も、起きている間も、食事をしている時も、排泄をしている時も。

 どこにいても、何をしていても、彼にはあの赤い瞳が迫ってくる感覚があるのだ。


 いつか、あの扉が開く。

 いつか、あの少女が影の中から現れる。

 そして――。


「カーバンクル……カーバンクル……やめろ、来るな……っ!」


 彼は血の滲む唇で、譫言のように呟き続けた。

エリックはまぁ、もうちょいしたら穏やかに生きられたりするんじゃないかという気がします

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