表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/223

【断罪】猛獣の移送

 翌朝。

 防爆扉が低い唸りを上げて開いた。


「……ここか……」


 最初に入ってきたのは、二名の武装兵だった。

 昨夜と同じ外骨格装甲を纏い、電磁拘束銃を構えている。


 彼らは無言で拘束室の両脇に展開し、銃口をカーバンクルに向けた。


 続いてクロウが入室した。

 昨夜と寸分違わぬ黒いスーツと銀縁の眼鏡。


 疲労など微塵も見せない鋼のような佇まいで、入室と同時にカーバンクルの全身、拘束具の状態、部屋の隅々までを瞬時に走査した。


 最後にハミルトンが現れた。

 スーツこそ新調しているが目の下の隈は深く、右手には杖が握られている。


「おはよう、No.021」


 クロウが淡々と言った。

 カーバンクルは拘束椅子の上で、壊れた人形のようにぐったりとしていた。


 水色の髪は汗と血で束になり、顔色は蒼白を通り越して土気色がかっている。

 パーカーは電撃の痕で焦げ、こめかみにはニューラルプローブの電極が残した痛々しい痕が浮いていた。


 赤い瞳は半開きだったが、焦点が定まらず、虚ろな眼差しがぼんやりと床に注がれている。


「移送の準備が整った。研究棟の第三ラボまで、このビルの地下通路を使う。距離は約三百メートルだ」


 クロウは武装兵に向かって手信号を出した。


「移送用の拘束具に換装しろ。手錠は二重、足枷は磁力ロック式。首輪型鎮静デバイスも装着する。一瞬たりとも目を離すな」

「了解」


 武装兵の一人が拘束椅子に近づく。もう一人は銃口を向けたまま微動だにしない。


 クロウ自身も壁際に立ち、カーバンクルから視線を外さなかった。

 右手は上着の内側——拳銃が収まっているであろう位置に自然と添えられている。


 クランプが順番に解除されていく。

 両足首、腰、胸。最後に両手首のクランプが外れた瞬間、武装兵は素早く手錠型の電磁拘束具をはめ込んだ。

 両手が腹の前で強力な電磁力によって固定される。


「立て」


 武装兵がカーバンクルの腕を掴み、椅子から引き上げようとした。

 カーバンクルの体が、力なく傾いた。


「……ぁ……」


 立ち上がろうとした脚が震え、膝が折れ、武装兵の腕にもたれかかるようにずるずると崩れ落ちる。

 一晩の拘束と凄惨な拷問で、体が限界を迎えているのだ。


「ちっ……自分で立てないのか」


 武装兵が両腕を掴み、無理やり引き起こした。

 カーバンクルの二本の脚は子鹿のように震え、支えられてようやく直立を保っている状態だった。


「…………」


 クロウはその様子を黙って観察していた。

 鋼色の瞳に油断の色はない。


「足枷、装着します」


 もう一人の武装兵が、歩幅を三十センチに制限する磁力ロック式の足枷を装着した。

 さらに異常動作で自動的に鎮静剤を注入する首輪型デバイスを彼女に巻く。


「ふん。昨夜の威勢はどこへ行ったんだ」


 ハミルトンが唇を舐めながら、よろめくカーバンクルに近づいた。


「おい、小娘」

「あっ……」


 ハミルトンは革靴のつま先で、カーバンクルの足枷を小突いた。

 金属音が響き、カーバンクルの体がぐらりと揺れて武装兵の腕にしがみつく。


「これが他の隠者どもを殺した始末屋か。笑わせる。ただの小汚いガキじゃないか」


 ハミルトンは嗜虐的な笑みを浮かべ、カーバンクルの顎を掴んで乱暴に上を向かせた。

 虚ろな赤い瞳が、老人の顔をぼんやりと映す。


「昨夜は生意気なことを言っていたが、今朝はどうだ? 何か言ってみろ」

「…………」


 カーバンクルの唇が微かに動いたが、声にはならなかった。


「ハミルトン、離れろ。移送を始める」


 クロウが低い声で促した。だが、ハミルトンは聞いていない。


「クロウ、少しくらいいいだろう。この化け物がハミルトン家にどれだけの恥をかかせたか、わからせてやらねば気が済まん」


 ハミルトンは顎を掴んだまま、もう片方の手で彼女の水色の髪を鷲掴みにした。

 無造作に引っ張り上げられ、細い首が不自然な角度に曲がる。


「うっ……」

「リチャードは確かに馬鹿だったが、私の後継者だったんだ。お前さえ余計なことをしなければ、もう少しマシな使い道もあったものを——」


 ハミルトンの言葉は、そこで途切れた。


 掴んでいたはずの髪が、手の中からするりと抜けた。


 カーバンクルの体が、水のように沈み込んだのだ。

 膝が折れるのではなく、全身の関節が同時に脱力したかのような、人間離れした崩れ方だった。


 次の瞬間。

 ハミルトンの視界が反転した。


「なっ——」


 何が起きたのか理解するまでに数秒を要した。

 カーバンクルの手錠で繋がれた両手がハミルトンの右手首を捕らえ、梃子の原理で体を回転させていた。


 老人の巨体が空中で半回転し、背後の拘束椅子の座面に激しく叩きつけられる。


「ぐはっ……!?」


 着座の衝撃で肺から空気が絞り出され、倒れた杖が床でカランと音を立てる。


「な……!?」


 カーバンクルの動きは止まらなかった。

 繋がれた両手のまま、椅子の側面に垂れていた胸部クランプのアームを掴み、ハミルトンの胴体に押し当てた。


 ガチン、という無慈悲な金属音。

 チタン合金のクランプが胸を締め上げ、老人を拘束椅子に固定する。


「が……っ、な、何を……!? 離せ! 離せぇっ!」


 ハミルトンが暴れるが、軍事用のクランプはびくともしない。

 カーバンクルは流れるような動作で腰のクランプも作動させ、下半身を完全にロックした。


 ここまで、わずか二秒。


「撃て!」


 武装兵が電磁拘束銃を構えた。

 だがカーバンクルはハミルトンの背後に身を滑り込ませ、老人の体を盾にしていた。


「撃つな! ハミルトンに当たる!」


 クロウの怒号が飛び、武装兵の指がトリガーの上で凍りつく。


 その隙を突き、カーバンクルは拘束椅子の裏から飛び出した。


 足枷の鎖を床の突起に引っ掛け、一気に引き千切る。

 磁力ロックの接合部が、異常な力で捻じ曲げられて破断した。


「はぁぁ……」


 両手が手錠で繋がれたまま、最も近い武装兵に跳びかかる。

 繋がれた両拳を振り子のように振り抜き、外骨格のバイザーを下から打ち上げる。


「がぁっ……!?」


 ヘルメットが跳ね上がり、露出した首筋に致命的な肘打ちが叩き込まれた。


 一人目が崩れ落ちる。


 二人目が至近距離から電磁ワイヤーを発射した。

 ワイヤーが右肩に巻き付き、通電する。


「……っ」


 カーバンクルの体が一瞬硬直した。

 だが次の瞬間、彼女はワイヤーを掴んだまま自分の体ごと回転し、射手の腕にワイヤーを絡め取った。


「な!? ぎゃあああああああっ!!」


 電流が射手自身に逆流し、武装兵が自分の銃の電撃で激しく痙攣して倒れる。


「ひぃっ……! た、助けてくれ! 助けてくれ、クロウ!」


 拘束椅子に固定されたハミルトンが絶叫した。

 クランプに胸を圧迫され、顔が紫色に変わっている。


 室内に立っているのは、もうクロウとカーバンクルだけだった。


 二人の武装兵は床に倒れ、ハミルトンは縫い止められている。

 拘束室のセキュリティプロトコルが発動し、防爆扉は自動的にロックダウンされた。


 内側からも外側からも開かない、完全な密室。


 クロウは上着の内側から拳銃を抜いていた。

 軍用の大口径セミオートマチック。銃口はカーバンクルの胸の中心を正確に捉えている。


 対するカーバンクルは、手錠で繋がれた両手を体の前に垂らしたまま、クロウと向き合っていた。


「ふぅ……」


 数秒前まで瀕死の子鹿のようによろめいていた少女の姿は、もうどこにもない。

 背筋は真っ直ぐに伸び、重心は完璧に均衡している。


 汗と血で汚れたパーカー、焦げた首輪、こめかみの痛々しい痕——傷だらけの外見は変わらない。


 だが、その赤い瞳に宿る光は昨夜とはまるで別物だった。

 濁りのない、極限まで研ぎ澄まされた殺意の赤。


「……やはり、か」


 クロウの声は驚くほど静かだった。銃を構える手に微塵のブレもない。

 鋼色の瞳が、カーバンクルの赤い瞳と正面から噛み合う。


「昨夜の戦闘で、お前は本気を出していなかった」

「…………」

「そしてあの一晩の拷問すらも……全て、私とハミルトンをこの密室に誘い込むためか」


 カーバンクルはただ手錠の鎖をゆっくりと張り、静かに構えを取った。


「……そのとおり」


 少女がコキリ、コキリと首を鳴らす。


「さすがに、1万人の完全武装した兵士を倒し続けるのは非効率的だからね」

「…………」

「さぁ、始めるよ。罪人の始末を」

「……ほざけ!」

ここまでガチってたのに結局仲間のせいで抜け出されたのはちょっとかわいそう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ