子桓様、今度は氷に止められたのですか?
劉明珠でございます。
昨年、私は寝台の中で文烈様に申しました。
「もし来年も子桓様が長江をご覧になりたくなったら、どうなさるのでしょうね」
冗談でした。
本当にまた行かれるとは思っておりません。
しかも今度は大船団を率いて、兵は十余万になるとか……
そこまでなされるのでしたら、さすがに今年こそ長江を渡られるのでしょう。
文烈様には、
「余計なことを言うな」
と、出発する前から止められております。
たいへん失礼ですね。
私はただ、昨年より少し規模の大きな長江遊覧にならなければよいと思っているだけでございます。
さて――
今年、子桓様を止めるのは呉でしょうか?
それとも、別の何かでしょうか?
子桓様は、本当にまた長江へ向かわれました。
昨年、寝台の中で申し上げたのは冗談だったのです。
もし来年も長江をご覧になりたくなったら、どうなさるのでしょうね、と。
文烈様には「縁起でもないことを言うな」と叱られました。
私も本当にそう思っておりました。
まさか翌年になって、朝廷から再び呉へ向かうとの知らせが届くとは、誰が考えるでしょう。
少なくとも私は考えておりません。
「……また行かれるのですか?」
朝廷からの文を読み終えた文烈様へ尋ねると、夫は嫌そうな顔をしました。
「その言い方をやめろ」
「まだ何も申しておりませんが?」
「顔で分かる」
夫婦というものは不便ですね。
言葉にする前から皮肉を察知されるようになります。
今回、子桓様が大船団を率いて呉へ向かわれることには、朝廷でも反対の声があったそうです。
鮑叔業殿などは、これまで何度も軍を出しながら呉を破れず、再び遠くまで兵を動かせば国を疲れさせると強く諫めたとか。
たいへん真っ当なお話に聞こえます。
「文烈様」
「言うな」
「まだ鮑叔業殿のお話しかしておりません」
「その先を言うな」
先回りまでなさるようになりました。
どうやら昨年の長江遊覧という言葉は、思った以上に夫の心へ深く刺さっているようです。
もっとも、子桓様がお決めになった以上、揚州牧である文烈様にも無関係ではいられません。
軍勢そのものに付き従うばかりが仕事ではなく、こちらはこちらで兵や物資の動きを見なければならず、屋敷へ戻ってくる時刻はまた遅くなりました。
私は、夫が働くことに文句を言いたいのではございません。
ただ、昨年とよく似た光景をもう一度見ることになるとは思わなかっただけです。
娘たちも同じだったのでしょう。
「父上、また戦?」
寧珠が尋ねると、文烈様は頷きました。
「陛下が呉へ向かわれる」
「今度は渡るの?」
ずいぶん核心を突くようになりましたね。
環珠はその横で、
「木の実、いる?」
と聞いております。
「今回はまだいい」
「まだ?」
「必要になったらもらう」
環珠は神妙に頷きました。
木の実に軍事上の役目ができつつあるのは、あまり良い傾向ではありません。
和珠はもっと単純でした。
「父上も行く?」
「俺はこっちで仕事だ」
「じゃあ、帰ってくる?」
「ああ」
それを聞くと、和珠は安心したように私の袖を握りました。
去年より少し言葉が増えましたが、心配するところは変わらないようです。
数日後、洛陽の玉珠から文が届きました。
子桓様がまた東へ向かわれるという話は、さすがに都にも広まっております。
『姉上、子桓様は去年も長江をご覧になったのですよね。今年も見に行かれるのですか?』
違います。
少なくとも朝廷はそう申すはずです。
『長江は季節によって色が変わるのでしょうか。毎年見たくなるくらい綺麗なのでしょうか』
あの子にまで遊覧扱いされ始めました。
さらに文の端には、
『夫に右手をつかまれました。まだ鼻には入れていません』
とございました。
何の報告なのでしょう。
敵国より妹の鼻の方が平常運転なのは、安心してよいところなのかもしれません。
夏が過ぎ、やがて子桓様の船団は譙から渦水を通って淮水へ入りました。
その頃、蒋子通殿が水路は通りにくいと申し上げたそうです。
私はその話を聞いて、文烈様を見ました。
文烈様も私を見ました。
「何だ」
「何も?」
「絶対に何かあるだろ」
「水路に詳しい方が難しいとおっしゃっているのですね、と思っただけでございます」
「陛下にもお考えがある」
「もちろんでございます」
私はたいへん素直な妻ですので、それ以上は申しませんでした。
少なくとも、その日は。
秋になり、子桓様は広陵故城まで進まれました。
集まった兵は十余万、旌旗は何百里にも連なったというのですから、昨年どころの騒ぎではありません。
知らせを聞いた私は、さすがに感心しました。
「十余万でございますか……」
「ああ」
「それだけいれば、長江も驚くでしょうね」
「川は驚かん」
「では呉が驚きますね」
「それを狙ってるんだ」
なるほど。
今年こそは、本当に渡るおつもりなのでしょう。
呉も厳重に守りを固めていると聞きましたが、こちらには十余万の兵がおり、子桓様ご自身が長江を目前にしておられます。
昨年のように対岸を眺めただけでは終わらないのかもしれない。
そう思っていたところへ、広陵がひどく寒くなったという知らせが届きました。
冬なのですから寒いこと自体は当然なのですが、問題は、その寒さが船団を動かせなくするほどだったことでした。
「船が……入れない?」
私は聞き返しました。
文烈様が額を押さえています。
「氷だ」
「はい?」
「水路が凍った。船が長江へ入れない」
しばらく意味が分かりませんでした。呉軍に破られたわけでも、伏兵に船を焼かれたわけでもなく、十余万の兵を率いて広陵まで進み、いよいよ長江を渡ろうというところで、ただ水が凍ったのでございます。
「……蒋子通殿は?」
「言うな」
「まだお名前を申し上げただけですが?」
「その先が分かる」
夫婦というものは、本当に不便です。
子桓様は波立つ長江をご覧になり、天が南北を隔てているのだと嘆かれたそうです。
私はそれを聞いて、しばらく黙りました。
文烈様が警戒するようにこちらを見ています。
「何も申しませんよ」
「本当か?」
「ええ……天が相手では、さすがの子桓様もお困りでしょう」
「明珠」
「まだ何も」
「もう言ってる」
厳しいですね。
しかし、困ったのは渡れないことだけではございませんでした。
帰ろうにも、戦船が何千艘も滞って動けなくなったというのです。
私は今度こそ本気で黙りました。
出て行く時には十余万の兵を集め、何百里にも旗を連ねていたというのに、広陵まで来てみれば氷に阻まれ、いざ帰ろうとすれば今度は何千艘もの船が動かない。
昨年より規模を大きくした結果、締まらなさまで大きくなっている気がいたします。
軍を残して屯田させてはどうかという話まで出たそうですが、蒋子通殿がそれも危険だと止め、結局、子桓様は帰還されました。
残された船の始末も蒋子通殿が引き受け、水路をいくつも掘り、水をせき止め、まとめて流して、ようやく淮水へ戻したとか。
私はその報告を読み終え、静かに文を畳みました。
「文烈様」
「何だ?」
「蒋子通殿のお話を、最初から聞いておけば――」
「言うと思った」
最後まで言わせてくださいませ。
「ですが、無事に戻れたのですから、それが一番でございますね」
これは本心です。
兵がどれほど集まり、旗がどれほど並ぼうと、生きて帰らなければ意味がありません。
長坂で置いていかれた十三の私には、それくらい分かります。
帰ってくる人がいる。
それだけで、待つ身としての夜は終わるのです。
その夜、久しぶりに早く屋敷へ戻ってきた文烈様と寝台の前で話していた時、私はふと思いました。
「昨年は呉に止められ、今年は天に止められたのでございますね」
文烈様の顔が引きつりました。
「明珠」
「では来年は、いったい何に――」
身体が浮きました。
「え?」
いきなり抱き上げられております。
「文烈様?」
「言わせん」
「まだ最後まで申しておりませんが?」
「だから止めた」
そのまま寝台へ向かわれます。
「ちょっとお待ちくださいませ。私はただ、来年の可能性について考察を――」
「去年、お前がそれを言って本当に今年また来た」
「私のせいではございません」
「分かってる。だが言うな」
本気ですね。
昨年は口を塞ぐだけでしたのに、今年はとうとう私そのものを運ぶことにしたようです。
「文烈様、下ろしてくださいませ」
「嫌だ」
「ではせめて一つだけ。もし来年、子桓様が――」
「言うな」
その声があまりに真剣でしたので、私はとうとう笑ってしまいました。
そのまま寝台へ下ろされ、今度こそ口まで塞がれます。
まったく……
私の夫は妻の皮肉に対して、年々対策が大がかりになっております。
けれど、この時の私は本当に、ただの冗談のつもりでした。
翌年――
子桓様は、もう長江へ向かわれませんでした。
劉玉珠でございます。
子桓様は今年も長江へ行かれましたが、今度は水が凍って船が進めなかったそうです。
長江はずいぶん強いのですね。
去年は渡れず、今年は凍るのですから、来年はいったい何が起きるのでしょう?
姉上も同じことを言おうとして、文烈様に抱えられて寝台へ運ばれたそうです。
夫に話しましたら、
「お前も言うな」
と叱られました。
なぜでしょう?
そう考えているうちに鼻がかゆくなったので、右手を上げようとしたところ――
つかまれました。
「寝るぞ」
「え? まだ来年の――」
右手首を確保されたまま、玉珠は寝台へ消えさせていただきます。




