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子桓様、行幸で長江遊覧に来られたのですか?

劉明珠でございます。


孫仲謀殿が濡須口にいるそうです。


そう聞いて文烈様を送り出したのですが、間もなく「その話は怪しい」と知らせが届きました。


戦というものは、始まる前から人を振り回す決まりでもあるのでしょうか。


しかも子桓様は、大軍と軍船を率いて広陵まで進まれるとのこと。


まさかとは思いますが、長江をご覧になって、そのままお帰りになるようなことはございませんよね?


なお、この話を玉珠にすると、


「孫仲謀殿はいないのに、いたの?」


と鼻へ指を伸ばしながら尋ねそうなので、まだ知らせておりません。


敵の偽情報より、妹の右手の方が予測しやすいというのも、姉として少々複雑でございます。


さて――

今回は、子桓様の南征です。

きっと大きな戦になるのでしょう。


……なりますよね?

孫仲謀殿は、濡須口にいる。

そう聞いて夫を送り出したのですが、数日もしないうちに、今度はその話が怪しいという文が届きました。

戦というものは、もう少し落ち着いて始められないのでしょうか。

文烈様によれば、呉から降ってきた者の話を受けて上奏したところ、衛臻殿が疑問を呈したそうです。

孫仲謀殿は長江を頼みにしているのだから、子桓様が自ら軍を率いてきたからといって、わざわざ濡須口まで出てくるのはおかしいのではないか。

そこで改めて調べると、案の定でした。

呉の守将が、こちらを怖がらせるために仕込んだ話だったそうです。

私は文を読み終え、しばらく机を見つめました。

「母上」

寧珠が隣から覗き込みます。

「孫仲謀、いたの?」

環珠まで寄ってきました。

「いなかったそうですよ」

「じゃあ、どこ?」

「それが分かれば、子桓様も苦労なさらないでしょうね」

環珠は少し考えました。

「いないのに、いるっていったの?」

「ええ」

「うそ?」

「戦では、相手を困らせるためにそういうこともするのでしょう」

妙に真剣な顔で頷きました。

嫌な予感がいたします。

「環珠」

「まだ何もしてない」

先に言われました。

この子は最近、鼻だけでなく私への対処まで早くなっております。

和珠は私の膝へ身体を預けながら、文を指さしました。

「父上、だまされた?」

「完全には騙されておりません。衛臻殿が、その話を疑ってくださいましたので」

「父上、まちがえた?」

四つの娘は容赦がありませんね。

「間違った話を聞いただけです」

そこは妻として守っておきましょう。

ただし、帰ってきたら少しくらいからかっても構わないと思います。

それくらいの権利はございます。

広陵へ向かった軍から、その後もしばらく文が届きました。

けれど、今度こそ大きな戦になるのかと思えば、なかなか始まりません。

子桓様は軍を進め、長江の北岸まで至ったものの、呉も当然ながら何もせず待っているわけではございませんでした。

やがて届いた知らせには、徐盛という将の名がありました。

江の向こうに囲いを築き、その上へ遠目には立派な楼に見えるものを並べ、川にも船を浮かべたそうです。

私は文を二度読みました。

濡須口には、いない孫仲謀殿がいたことになっていた。

今度は長江の向こうに、遠くから見ればたいそう立派な守りが現れた。

どうして今回の南征は、こうも見た目に惑わされるのでしょう。

もちろん、実際の呉軍まで偽物というわけではありません。

その守りを考えた徐盛殿も、そこにいる兵も本物です。

だからこそ厄介なのでしょう。

さらに長江の水まで増えており、こちらから容易に渡れる様子ではなかったそうです。

子桓様は対岸を望んだ末、軍を返すことになりました。

私はそこまで読んで、文を静かに畳みました。

何と申しましょう。

出発する時は、あれほど大ごとだったのです。

寿春には軍船が並び、人が増え、文烈様は家で眠る暇まで減りました。

私は夫を見送り、環珠は木の実を持たせ、和珠など布切れをお布団として渡したのでございます。

それで広陵まで行き、長江の向こうを眺めて帰ってくる。

無理に渡って大勢を失うより、よほど正しい判断なのでしょう。

分かっております。

頭では。

それでも、どうにも締まりませんね。

文烈様が寿春へ戻ってきた日、娘たちは屋敷の外まで飛び出しました。

「父上!」

「かえった!」

「帰った」

いつもの返事です。

それを聞くだけで胸が軽くなるのですから、私も単純になったものですね。

寧珠が父親の袖をつかみ、環珠はその反対側へ回ります。

「木の実は?」

「持ってる」

「二つ?」

「二つだ」

本当に持ち帰ったのですか。

文烈様が懐から出して見せると、環珠はたいそう満足そうに頷きました。

次に和珠が近づきます。

「父上」

「何だ?」

「おふとん、つかった?」

私は思わず文烈様を見ました。

ここは正直に答えてくださいませ。

「使った」

「ほんと?」

「ああ」

和珠の顔がぱっと明るくなります。

本当に使ったのか、それとも和珠を喜ばせるための方便なのか。

聞かない方が幸せなこともあるでしょう。

征東大将軍が夜営のどこかで小さな布切れを枕元に置いていたとしても、私は何も申しません。

その日の夜、娘たちが眠ったあと、私はようやく文烈様と二人になりました。

「それで」

「何だ?」

「孫仲謀殿は、濡須口にはいらっしゃらなかったのでございますね」

「ああ」

「衛臻殿が疑ってくださらなければ、少々面倒なことになっていたのでは?」

「そうだな」

文烈様は素直に認めました。

そこは偉いと思います。

「次からは、降ってきた方のお話をもう少し疑ってくださいませ」

「分かってる」

「たとえば私が、『玉珠は今日は一度も鼻をほじっておりません』と申し上げたら?」

「疑う」

早いですね。

敵の降人より妹の信用が低いのは、姉として少々複雑です。

ですが、否定する材料もございません。

「では、長江では?」

「江の向こうに守りが見えた。水も増えていた」

「たいそう立派に見えたそうですね」

「ああ」

「遠くから見れば」

文烈様の目がこちらへ向きました。

「何が言いたい」

「何も?」

言いたいことは山ほどございます。

「徐盛殿は、たいした方ですね。こちらへ渡らせないために、見せ方まで考えていらっしゃる」

「そうだな」

「それをご覧になって、子桓様はお帰りに?」

「簡単に言うな」

少し語気が強くなりました。

どうやら、この辺りが境目のようです。

私は茶を一口いただきました。

「では、もう少し丁寧に申し上げましょう」

「やめろ」

止められると続けたくなるのは、なぜでしょうね。

「子桓様は大軍を率いて寿春までいらっしゃり、そこから広陵へ進み、長江の向こうに広がる呉の守りをご覧になった」

「明珠」

「しかも水もたいへん豊かで、さぞ見事な眺めだったのでございましょう」

「やめろと言ってる」

「それで子桓様は、行幸で長江遊覧に――」

そこまで申し上げたところで、文烈様の顔が急に近づきました。

「んっ」

唇を塞がれます。

何をなさるのです。

抗議しようにも、これでは口が使えません。

ようやく離れたところで、私は文烈様を見上げました。

「……反論できないからといって、これは卑怯ではありませんか?」

「お前を黙らせるには、これしかない」

「なるほど」

方法としては理解いたしました。

納得はしておりません。

「では、子桓様の南征について続きを――」

また塞がれました。

今度は先ほどより長い。

離れた時には、さすがに少し息が乱れます。

「文烈様」

「何だ?」

「皇帝への批評を止めるたびに、今後もこれをなさるおつもりですか?」

「必要ならな」

ずいぶん大胆になられましたね。

私は夫の顔を見ながら、少し考えました。

「ですが、結局のところ子桓様は長江をご覧になって――」

三度目です。

いい加減、私にも分かります。

口を塞ぐだけなら、手でもできるでしょう。

それなのにこの方は、わざわざ自分の口を使っている。

唇が離れたところで、私はじっと文烈様を見ました。

「あなた」

「何だ?」

「私を黙らせたいのか、口づけたいだけなのか、どちらです?」

文烈様が黙りました。

珍しいですね。

「答えないということは、両方なのでございますね?」

まだ答えません。

勝ちました。

今度こそ、完全に。

そう思ったところで腕を取られました。

「寝るぞ」

「まだ南征の総括が終わっておりませんが?」

「終わりだ」

「私はまだ、行幸と遊覧の違いについて――」

また口を塞がれました。

どうやら今夜は、議論を続けること自体が難しそうです。

寝台へ入ってからも、私はまだ納得しておりませんでした。

「文烈様」

「今度は何だ?」

「もし来年も子桓様が長江をご覧になりたくなったら、どうなさるのでしょう?」

文烈様は目を閉じたまま、

「縁起でもないことを言うな」

と返しました。

たいへん失礼ですね。

私は可能性を申し上げただけです。

それから季節が巡りました。

翌年――

朝廷から届いた文を開いた文烈様の顔を見て、私は嫌な予感がいたしました。

子桓様が再び舟師を率い、広陵へ向かわれるというのです。

私は文烈様の手にある文を見つめました。

「……子桓様」

一度言葉を切ってから、夫の顔を見上げます。

「長江が、そんなにお気に召したのでございますか?」

劉玉珠でございます。


姉上から、子桓様は広陵まで行かれたものの、長江を渡らずにお帰りになったと聞きました。


それなら姉上の言う通り、長江をご覧になりに行ったのでしょうか?


夫に尋ねましたら、


「違う」


とすぐ否定されました。


でも翌年も、また広陵へ行かれるそうです。

やはり、お好きなのでは?


そう考えているうちに鼻が少しかゆくなったので、右手を上げようとしました。

その手を、夫につかまれます。


「まだ何もしていませんよ?」


「寝るぞ」


「え?」


右手首をつかまれたまま、そのまま寝台へ連れていかれました。

まだ子桓様と長江のお話が終わっていないのですが?


では皆様、おやすみなさいませ。

玉珠は右手首を確保されたまま、寝台へ消えます。

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