文烈様、ようやく息子を寝かせたところなのですが?
劉明珠でございます。
息子の妻から、
『母上、肇様のことでご相談がございます』
と文が届きました。
たいへん嫌な書き出しですね。
私は寿春へ戻ったばかりですが、内容によっては今すぐ洛陽へ引き返す覚悟でおります。
文烈様には、
『まず最後まで読め』
と止められました。
夫というものは、どうして妻が最悪を想像している時ほど冷静なのでしょう?
なお、玉珠にも様子を見てもらうつもりですが、それについては別の不安がございます。
肇を心配して見に行った結果、なぜか本人の鼻へ小指を入れて帰ってくる可能性がございますので。
さて――
姑になって数日後。
早くも息子夫婦から相談案件が発生いたしました。
まだ杖すら支給されておりませんのに……
息子の妻から、
『母上、肇様のことで、少しご相談したいことがございます』
などという文が届けば、母親の想像力というものは、たいへん悪い方向へ働くようでございます。
しかも私たちは寿春へ戻ったばかりで、馬も人もようやく休ませたところでした。
文烈様に至っては、衣を替えて腰を下ろしたばかりです。
「文烈様」
「何だ?」
「洛陽へ戻ります」
「戻らん」
即答されました。
「まだ内容を申し上げておりませんが?」
「お前が文を半分しか読んでいないことは、見れば分かる」
たいへん腹立たしいですね。
言われて手元を見ると、確かに文はまだ半分ほど残っております。
「肇に何かあったのでしょう?」
「だから最後まで読め」
「何かあってからでは遅いのです」
「何があったのか読んでから言え」
正論でございます。
最近、この方の正論には、愛情より先に腹が立つようになってまいりました。
仕方なく続きを読みましたが、幸い、肇は倒れてもおらず、熱もなく、食事も取っており、怪我をしたわけでもございませんでした。
そこまで読んで、ようやく肩から力が抜けます。
「……文烈様」
「何だ?」
「馬は休ませて結構です」
「だから言っただろう」
ですが、話はそれで終わりません。
問題は、肇がほとんど休もうとしないことでした。
婚礼が済んだ翌日から普段通りの生活へ戻り、朝早く起きて書を読み、人と会い、屋敷へ戻ってからも机へ向かっているそうです。
妻が少し休んではどうかと勧めても、
『平気です』
の一言で済ませ、その日の夜も先に休んでほしいと頼まれたのに、
『もう少しだけ』
と言ったまま、ずいぶん遅くまで起きていたらしい。
私は文を置きました。
「文烈様」
「今度は何だ?」
「やはり洛陽へ戻ります」
「戻るな」
「明らかに無理をしております」
「仕事をしているだけだ」
「新婚の翌日から妻を心配させるほど?」
文烈様が黙りました。
勝ちましたね。
「文を書け」
「直接申し上げた方が早いです」
「寿春から洛陽まで母親が怒鳴り込みに来る方が、嫁は困る」
それを言われると弱ります。
私は姑になったばかりなのです。
婚礼翌日に新婚夫婦の屋敷へ押しかけ、寿春へ帰ったと思えば、今度は息子が少し夜更かしをしただけで洛陽へ舞い戻る姑。
文字にすると、たいへん嫌な女ではございませんか……
「……書きます」
「そうしろ」
机へ向かい、穏やかな文を書くことにしました。
本当に、最初はそのつもりだったのです。
『肇へ、奥方から相談がありました。疲れていても平気だと申しているそうですね』
ここまでは、まだ母親らしいでしょう。
『平気という言葉ほど信用ならないものはございません。あなたの父上もよく使います』
「おい」
横から文烈様の声がしました。
「何です?」
「なぜ俺まで書く」
「分かりやすい実例ですので」
「書き直せ」
「嫌です」
そのまま、
『食事を取り、夜は眠り、妻を安心させなさい。それでも平気だと申すのでしたら、次は私が洛陽へ参ります』
と書き加えて筆を置きました。
完璧です。
文烈様は最後まで読むと、眉を寄せました。
「命令書だな」
「母の愛情でございます」
「最後の一文は脅しだろう」
「効果の高い愛情です」
新しい娘へは、もう少し優しく書くことにします。
『知らせてくださってありがとうございます。肇が無理をしていると思った時は、遠慮せず私へ文をください。本人が大丈夫だと言っても、あなたが心配なら、それだけで十分です』
書き終えたところで、筆を持つ手が少し止まりました。
昨日まで私は、姑になったら何をすればよいのか分からないと騒いでいたのです。
けれど実際に新しい娘から助けを求められてみれば、答えは思ったほど難しいものではありませんでした。
新しい娘が困っているのなら、味方になればよい。
肇や纂、そして娘たちにしてきたことと、たいして変わらないのでしょう。
「母上」
寧珠が隣へやって来ました。
「何です?」
「肇兄上、怒られるの?」
「怒っておりませんよ」
寧珠は私の文を眺め、もう一度こちらを見ます。
「ほんと?」
「心配しているだけです」
「いっぱい書いてある」
実の娘にも疑われました。
そこへ、環珠まで顔を出します。
「肇兄上、ねないの?」
「少し寝るのが遅いそうです」
「おまもり、いる?」
嫌な予感がいたしました。
「何のお守りです?」
「木の実」
やはり……
父親を戦場から帰還させた実績が、環珠の中ではすっかり万能の御利益になっております。
「肇兄上は戦場にいるわけではありません」
「いっぱいあったら、ねる?」
「たぶん眠れません」
そこへ和珠まで、小さな布を抱えてやって来ました。
「これ、あげる」
「何ですか?」
「おふとん」
布切れです。
それでも、木の実よりは目的に近い。
「肇兄上には、もっと大きなお布団がございますよ」
「じゃあ、いらない?」
少し寂しそうな顔をされました。
「和珠の気持ちは、母上が文に書いておきましょう」
「おふとんって?」
「それは書きません」
余計に話がややこしくなります。
結局、肇への文と新しい娘への文に加え、環珠がいつの間にか包んだ木の実まで洛陽へ向かうことになりました。
なぜ混ざったのでしょうね?
止めたはずなのですが……
さらに私は、洛陽にいる玉珠へも一筆送っておきました。
『肇の様子を見る機会がございましたら、無理をしていないかだけ確認してください。余計なことはなさらないように』
最後の一文は三度読み直しました。
たいへん重要です。
数日後、まず肇本人から返事が届きました。
『母上、妻へ何を吹き込んだのですか?』
私は文烈様へ見せました。
「怒っているな」
「元気そうで何よりです」
続きを読むと、
『昨夜は早く休みました。これでよろしいでしょうか?』
とございます。
たいへんよろしい。
さらにその下には別の筆跡で、
『母上のお文をお見せしましたら、肇様はいつもより早くお休みになりました。ありがとうございます』
と書き添えられていました。
私は満足して文を畳みます。
「解決いたしました」
「嫁と組んだな」
「家族内の協力体制でございます」
翌日には纂からまで、
『母上、兄上は寝ていますので、ご安心ください』
と文が来ました。
いつの間に、洛陽で息子監視網が完成したのでしょう?
しかも全員、私へ報告してまいります。
「文烈様」
「何だ?」
「息子が成人すれば、母親はもう少し暇になるものだと思っておりました」
「甘かったな」
最後に、玉珠から返事が届きました。
読む前から少々疲れますね。
『姉上、肇殿の様子を見てきました。ちゃんと寝ていました』
珍しく、頼んだことだけをきちんと実行しております。
そう思ったのも束の間、
『心配だったので起こして確認しようとしたら、夫に止められました。寝ている人を起こして、寝ていますかと聞くのは駄目なのだそうです』
当たり前です。
さらに、
『姉上から届いた木の実を枕元に置いていました。あれが効いたのでしょうか?』
違います。
環珠の信仰が、洛陽へ伝播し始めております。
最後には、
『わたしも最近よく寝ています。夫が寝る前に、わたしの右手を布団の中へ入れるので』
とございました。
それは睡眠対策ではなく、鼻対策では?
返事を書こうとして、私は筆を置きました。
やめましょう。
こういう話は、返せば返すほど育ちます。
それからしばらく、肇の奥方から時折文が届くようになりました。
肇が以前より早く屋敷へ戻り、妻と食事をし、疲れた日は素直に休むようになったことが綴られていました。
けれど私は、その大事件ではない知らせが好きになりました。
息子が生きていて、新しい娘が笑っており、私は寿春で文烈様や娘たちへ文句を言っている。
それで十分です。
姑という言葉にも、少しだけ慣れてまいりました。
少しだけですが。
季節が進み、まだ暑さの残る頃になりました。
寧珠は相変わらず姉として和珠の面倒を見ており、環珠は鼻へ小指が入る寸前で止められる回数だけが増え、和珠はその姉を真似しようとして私に止められております。
たいへん平和ですね。
少なくとも、我が家では。
そう思っていた日の夕方、牧府から戻った文烈様の顔を見て、嫌な予感がいたしました。
「何がございました?」
文烈様は何も言わず、手にしていた文を私へ差し出します。
帝の命でした。
子桓様が、再び南へ軍を進める。
広陵へ向かわれるという知らせです。
私はしばらく、その文字を見つめました。
「文烈様」
「何だ?」
「ようやく息子を寝かせたところなのですが?」
「ああ」
「今度は夫が眠れなくなるのでございますか?」
文烈様は答えませんでした。
それが答えでした。
征東大将軍であり、揚州牧でもあるこの方が、皇帝自らの南征を前に暇でいられるはずがございません。
「いつからです?」
「すぐ動く」
また、その言葉です。
肇の婚礼を終え、新しい娘から届く文を楽しみにし、息子が早く寝ただけで一安心する。
そんな穏やかな日々が続いたせいで、私は少し忘れておりました。
私の夫は――
まだ、戦場へ行く人なのです。
劉玉珠でございます。
姉上から、
『肇殿がちゃんと休んでいるか見てきてください』
と頼まれました。
ですので見に行きましたら、ちゃんと寝ていました。
せっかくですから、
『寝ていますか?』
と聞こうと思ったのですが、夫に止められました。
寝ている人を起こして、寝ているか確認するのは駄目なのだそうです。
難しいですね……
ところで、肇殿の枕元には環珠の木の実が置いてありました。
やはり効いたのでしょうか?
わたしも一つ欲しいです。
最近、夫が寝る前にわたしの右手を布団の中へ入れるので、鼻がかゆくても出せません。
でも、たいへんよく眠れます。
姉上には、
『それは睡眠対策ではありません』
と言われました。
では、何の対策なのでしょう?
……あ。
鼻がかゆくなってきました。




