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文烈様、勝ったなら今度こそ帰ってこられますよね?

劉明珠でございます。


張文遠殿は、帰ってこられませんでした。

ですので今は、戦の勝ち負けより先に、文烈様のお名前を探しております。


そんな中、呉の船が大風で乱れ、文烈様の軍が勝ったとの知らせが届きました。


……風ですか。


父上の陣は火に焼かれ、夫には風が味方する。

同じ呉を相手にして、ずいぶん扱いが違いますね。


玉珠にも知らせたところ、

『文烈様は風を起こせるのですか?』

と返ってきました。


起こせません。


さらに、

『では鼻息ですか?』

とも書かれておりました。

玉珠は、文烈様を何だと思っているのです?


さて文烈様――

勝ったのでしたら、今度こそ帰ってこられますよね?

張文遠殿の訃報以来、戦場から届く文を開くたび、以前にはなかった癖がつきました。

まず文烈様の名を探し、その方が生きていると分かるところまで読んでから、ようやく戦況へ戻るのです。

我ながら、たいへん効率の悪い読み方になりました。

このたびの呉征伐にあたり、文烈様は征東大将軍となり、黄鉞まで預けられております。

たいへん立派になられましたね。

妻としては、肩書きが大きくなるたびに戦場で預かる兵まで増えているようにしか見えませんが……

「母上、また父上のおてがみ?」

寧珠が寄ってきました。

「肇からですよ」

「父上、いる?」

「文の中に、ですか?」

「うん」

私は思わず笑いました。

「おりますよ。ちゃんと」

それを聞くと、寧珠は安心したように頷きました。

環珠も横から文を覗き込みます。

「父上、かった?」

「どうやら文烈様の軍は、呉の軍を破ったようですね」

「じゃあ、かえる?」

またそこへ参りますか。

この家の娘たちは、戦というものをたいへん単純に考えております。

勝ったなら帰り、負けたなら退く。

腹が減れば食べるのと同じくらい、寧珠には当然のことなのでしょう。

そして環珠の場合、鼻がかゆくなれば――

「環珠」

「まだ、はいってない」

そこだけは単純に考えないでくださいませ……

肇の文によれば、呉の船団は大風で乱れ、文烈様の軍はその機を逃さず攻めたそうです。

私はそのあたりを二度読みました。

「大風……」

「どうしたの?」

寧珠が尋ねます。

「いえ、父上の陣は火に焼かれ、文烈様には風が味方したのだと思いまして」

同じ年に、同じ呉を相手にして、どうしてこうも違うのでしょう。

父上は少しくらい、こちらの風を分けてもらえばよかったのではございませんか?

もちろん、そんなことを言っても仕方がありません。

戦は天気だけで決まるものではないでしょうし、文烈様が何もしなくても呉の船が勝手に負けてくれるほど、世の中は親切ではございません。

それでも、勝ったという文字より先に、その文が書かれた時には文烈様が生きておられたのだと知って、胸の奥が少し軽くなりました。

自分でも、ずいぶん変わったものだと思います。

その日の夕方、洛陽の玉珠からも文が届きました。

『姉上、文烈様が勝ったそうですね。おめでとうございます』

そこまでは普通でした。

ですが、玉珠の文で最初の数行が普通だからといって、最後まで普通だと思ってはいけません。

私はとうの昔に学んでおります。

『大風で呉の船がたいへんなことになったと聞きました。文烈様は風も起こせるのですか?』

起こせません。

文烈様は将軍であって、風神ではございません。

私はすぐに、

『文烈様が風を起こしたわけではありません』

と返しました。

数日後、また返事が来ました。

『では、鼻息でしょうか?』

玉珠……

なぜ、その二択なのです?

文烈様がいくら強くても、鼻息で長江の船を吹き散らすことはできません。

あなたは夫君の前でそれを言わないでくださいませ。

たぶん、たいへん長い沈黙が訪れます。

文の末尾には、

『今日は鼻をほじっていません。くしゃみをしたら夫に疑われました』

とありました。

玉珠の夫君……

そこは少しくらい信じてあげてくださいませ。

……いえ、やはり見張っていてください。

そうして私は、戦場から届く知らせと玉珠の鼻の知らせを交互に読むことになりました。

文烈様のいる方では戦果があったようですが、ほかの方面まで同じように進んでいるわけではないらしく、子桓様が三方から始めた戦は、三方とも都合よく終わってくれるものではなさそうです。

考えてみれば当たり前ですね。

三人で一人を囲めば必ず勝てるのでしたら、世の中の戦はもっと簡単でしょう。

それでも、私の目はどうしても文烈様のいる方角の知らせから追ってしまいます。

公平ではございませんが、妻ですので仕方ありません。

ある日、寧珠が私の膝に手を置きました。

「母上」

「何ですか?」

「父上、いつかえるの?」

「私も知りたいです」

「かったんでしょ?」

「勝ったところもございます」

「じゃあ、なんでまだいるの?」

たいへん正しい疑問ですね。

寧珠を子桓様の軍議へ連れていったら、何人か頭を抱えるかもしれません。

「戦は、一度勝っただけでは終わらないのですよ」

「なんで?」

「相手もまだ戦うからです」

「じゃあ、みんなでやめたら?」

私は答えに詰まりました。

父上にも、孫仲謀殿にも、子桓様にも、「では皆でやめましょう」と申し上げて、揃って頷いて兵を引く姿はまったく想像できません。

「大人には、いろいろあるのです」

たいへん便利な言葉を使ってしまいました。

寧珠は不満そうな顔をしております。

その横で、環珠が小さな布包みを抱えておりました。

「それは何です?」

「父上にあげる」

開かせると、中には小さな木の実が三つ入っております。

出陣の時に渡したものと同じような実でした。

「またお守りですか?」

「うん。いっぱいあったほうが、かえれるよ」

一つより三つの方がよく効くと、環珠なりに考えたのでしょう。

私が木の実へ手を伸ばすと、環珠は急に布包みを抱え込みました。

「にわでひろったの。はなじゃないよ」

「まだ何も聞いておりませんよ?」

「母上、きくから」

……信用を失っているのは、どうやら私の方だったようです。

それからしばらくして、戦が終わりに近づいているという知らせが届きました。

文烈様の軍だけで決められる戦ではなく、ほかの方面も思うようには進まなかったため、子桓様は兵を退かせることになったそうです。

その文を読み終えた時、勝敗より先に頭へ浮かんだことは一つでした。

文烈様が帰ってくる。

今度こそ、その言葉を信じてもよさそうです。

「母上、父上かえる?」

寧珠が聞きます。

「ええ」

「ほんと?」

「今度は、本当に」

すると環珠が、例の布包みを抱えて走り出しました。

「どこへ行くのです?」

「父上にあげる!」

「まだ着いておりません!」

気が早いですね。

誰に似たのでしょう。

……父上ではありませんように。

文烈様が寿春へ戻った日、私は屋敷の外まで迎えに出ました。

姿を見つけた瞬間、顔より先に身体へ目が行きました。

馬から降りる動きがおかしくないか、歩く時にどこかを庇っていないか、衣の下に血が滲んでいないか。

本人に見つかれば、見るところが違うと呆れられそうです。

けれど文烈様は、いつもと変わらぬ足取りでこちらへ歩いてきました。

「今、戻った」

その一言を聞いた途端、胸の奥にずっと詰まっていたものが、ようやく下りていきました。

「お帰りなさいませ」

今度は、ちゃんと言えました。

寧珠が真っ先に駆け寄り、環珠もその後を追います。

「父上!」

「かえってきた!」

「帰った」

文烈様は二人の頭を撫でました。

すると環珠が、ずっと抱えていた布包みを差し出します。

「これ、あげる」

文烈様が開くと、木の実が三つ。

「増えたな」

「いっぱいあったほうが、かえれるから」

文烈様が私を見ました。

私に説明を求めないでくださいませ…… 娘なりの軍略です。

「ありがたく受け取っておいてください。次は五つになるかもしれません」

「次を勝手に決めるな」

「私も決めたくございません」

そう返すと、文烈様は少し笑いました。

その顔を見て、私はようやく、この方が本当に帰ってきたのだと思えました。

夜になって子どもたちが眠った後、私は張文遠殿のことを尋ねました。

「……文遠殿は、最後まで戦っておられたのですね」

「ああ」

文烈様の返事は、それだけでした。

私にとっては文に書かれていた一行でも、文烈様にとっては同じ軍にいた方です。

下手な慰めを口にする気にはなれず、私はしばらく黙って隣に座っておりました。

やがて文烈様が、小さく息を吐きました。

「帰れなかったな」

その言葉だけで十分でした。

私は文烈様の袖を握ります。

「あなた様は帰ってきてくださいました」

「ああ」

「次もですよ」

「もう次の話をするのか?」

「環珠の木の実が五つになる前に、念を押しておきます」

「増やすな」

それは環珠に言ってくださいませ。

その夜は、久しぶりに戦の知らせを待たずに眠ることができました。

父上は白帝で生きておられ、文烈様は寿春へ帰り、子どもたちも同じ屋敷で眠っております。

それだけで十分でした。

年が明け、春になりました。

文烈様も無事に戻ったのですから、今度こそ少しくらい静かな日々が続いてもよいでしょう。

そう思っていたある日、西から知らせが届きました。

私はいつものように文を開きましたが、そこに書かれていた内容を読んだ途端、指が止まりました。

白帝にいる父上が、病に伏している。

しかも、軽い病ではないらしい。

今度は、戦ではありません。

父上の病が、重いそうです。

劉玉珠です。


文烈様が、ちゃんと帰ってきました。

姉上も安心したと思います。

環珠は、お守りの木の実を三つに増やしたそうです。


たくさん持てば帰ってこられるのでしたら、父上にも送ればよいのでしょうか?

でも、白帝は遠いですね。


それより姉上から、

『文烈様が勝ったのは鼻息ではありません』

と念を押されました。


分かっております。

たぶん……


夫には、

「たぶんでは困る」

と言われました。


ところで、父上が病に伏しているそうです。

戦なら、負けても逃げられます。

病気からも、逃げられるのでしょうか?


父上――

今度は、ちゃんと逃げてくださいね?

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