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雲長叔父上、魏王様の都まで動かすおつもりですか?

劉明珠でございます。


父上が漢中王になられましたので、今度こそ少しは静かになると思っておりました。

甘かったですね。


父上の隣には、雲長叔父上がおりました。

樊城を攻め、七軍が大水で崩れ、とうとう魏王様の都を移す話まで出ているそうです。


雲長叔父上――

昔からお強い方だとは存じておりましたが、魏王様のお引っ越しまでお手伝いなさらなくて結構ですよ?


玉珠にも知らせましたところ、

「雲長叔父上は、あのお髭で鼻をほじる時に邪魔ではないのでしょうか?」

と返ってまいりました。

中原を震わせる武将を前にして、気になるところがそこですか?


もっとも、今の私には別のことも気になっております。

雲長叔父上が北を向いている、その背後。

そこには、私の本当の伯父上がおりました。


この時の私は――

それを、安心材料だと思っていたのでございます。

父上が漢中王になられたので、今度こそ少しは静かになるのだと思っておりました。

私が甘かったようです。

父上の隣には、雲長叔父上がおりました。

「母上、荊州から動きがあったそうです」

また肇です。

最近、この子が部屋へ入ってくるたびに嫌な予感がするようになりました。

元仲様のところへ毎日のように通っているせいで、我が家の誰よりも早く妙な話を持ち帰ってくるのです。

「今度は何でしょう?」

「関羽殿が北へ進んだそうです」

私は茶を飲む手を止めました。

「……雲長叔父上が?」

「はい、襄陽と樊城の方へ」

父上が漢中を押さえたと思えば、今度は雲長叔父上が荊州から北へ進む。

どうして皆様、一つ大きなことを成し遂げた後に休憩を入れないのでしょう。

私は父上が王になった知らせを聞いてから、まだそれほど日が経った気がしておりません。

「父上は、雲長叔父上に少し休むよう仰らなかったのでしょうか?」

「戦ですからね」

「戦でも休息は必要でしょう?」

「母上がそれを言いますか?」

何ですか、その言い方は……

私は戦場へ出たことなどございません。

荷車に乗せられたまま戦場へ連れて行かれ、置いていかれたことならございますが……

雲長叔父上――

そう呼ぶのは、今でも少し不思議です。

血のつながった叔父ではありません。

けれど幼い頃の私にとって、父上のそばに益徳叔父上と雲長叔父上がいるのは、あまりにも当たり前の光景でした。

父上がどこかへ行けば、だいたいあのお二人もいる。

ですから私は、雲長叔父上が荊州から北へ進んだと聞いても、最初は昔と同じような感覚で考えてしまったのです。

また父上のために戦っているのですね、と。

ところが、その日の夕方には文烈様まで険しい顔で帰ってまいりました。

「何かございましたか?」

「関羽が樊城を攻めている」

「肇から聞きました」

「曹子孝殿が籠もっている」

それは穏やかではありませんね。

「雲長叔父上は、お強いですから」

文烈様が私を見ました。

「嬉しそうに言うことではないぞ?」

「嬉しいとは申しておりません」

「少し得意そうだった」

そんなことはございません。

たぶん……

昔から知っている方が強いと聞けば、少しくらい誇らしく思うことはございます。

ですが、その刃が今いる家の方へ向いているとなれば話は別です。

「雲長叔父上が強いことくらい、昔から存じております。ただ、『強い』と『こちらの城を落としに来る』では、たいへん意味が違いますね」

「ようやく分かったか」

「最初から分かっております」

失礼な夫です。

ところが、事態はそれで終わりませんでした。

雨が降ったそうです。

ただの雨ではございません。

漢水があふれ、雲長叔父上と対峙していた于文則殿の軍が水に飲まれたという知らせが届きました。

「七軍が?」

思わず聞き返しました。

肇が頷きます。

「大水で陣が崩れたそうです。文則殿は降伏。龐令明殿は最後まで降らず……討たれたと」

先ほどまで軽口を叩いていた口が止まりました。

龐令明殿について、私は深く存じ上げているわけではありません。

それでも最後まで戦い、降らずに亡くなったと聞けば、笑う気にはなれません。

于文則殿が降ったことについても同じです。

水に囲まれ、兵を失い、どうにもならなくなった末のことでしょう。

後世の皆様なら、乾いた場所に座ったまま、

『なぜ死ななかった』

と勇ましいことを仰るのかもしれません。

たいへん便利ですね。

洪水にも遭わず、矢も飛んでこず、首も落とされない場所からなら、誰でも立派に死ねます。

「……雲長叔父上は?」

「勢いを増しているそうです」

でしょうね。

敵の援軍が洪水で崩れ、その将が降伏したのです。

しかも龐令明殿まで討たれた。

止められる者がいるのかと思うほどの勢いだったのでしょう。

その頃には、魏王様の周囲でも雲長叔父上をどうするかという話が続いていたようです。

やがて肇が、今度は声を潜めて申しました。

「母上、許都を移す話まで出たそうです」

「……誰がですか?」

「魏王様です」

私はしばらく肇の顔を見ました。

「雲長叔父上のせいで?」

「それだけ危ないと見られたのでしょう」

父上――

少しよろしいでしょうか。

あなた様が漢中王になったと思ったら、今度は義弟が魏王様の都を動かしかけております。

ご一家で何をなさっているのですか?

「文烈様」

「何だ?」

「私の実家、思っていたより恐ろしいところだったようです」

「今さらか?」

「私がいた頃は、こんなに景気よく魏王様を困らせておりませんでした」

むしろ逃げていた記憶の方が多いくらいです。

父上は徐州を失い、あちらへ行き、こちらへ行き、荊州へ流れ着き、最後には長坂で私たちまで置いていきました。

それが十一年後には漢中王。

そして雲長叔父上は、こちらの城を囲み、大水で七軍が崩れ、中原を震わせるほどの勢いだという。

人というものは変わるのですね。

娘を荷車へ忘れるところだけは、もう少し早く変わっていただきたかったですが。

玉珠にも知らせました。

『雲長叔父上が、とても強いそうですよ』

返事には、

『昔から強かったと思います』

とございました。

珍しくまともですね。

そのまま読み進めます。

『夫が、雲長叔父上の勢いで魏の人たちは大騒ぎだと言っていました』

そこまでも普通です。

少し不安になってきました。

玉珠がここまで普通だと、かえって何かある気がいたします。

案の定、続きがございました。

『雲長叔父上は長いお髭がありますが、鼻がむずむずした時はどうしているのでしょう?』

知りません。

『お髭が邪魔で鼻をほじりにくそうです』

そこですか……

中原を震わせている関羽について、妹が心配するところはそこなのですか?

さらに、

『試しに夫へ聞いたら、お前は自分の鼻だけ心配していろと言われました』

夫君のおっしゃる通りです。

『なので自分の鼻を確認しようとしたら、右手をつかまれました』

確認とは何ですか?

ほじろうとしただけでしょう……

私は返事に、

『雲長叔父上のお髭より、ご自分の右手を管理してください』

とだけ書きました。

漢中王の娘二人。

一人は曹家で父上と高祖を並べて嫌味を言い、もう一人は関羽の髭を気にしながら鼻をほじる方法を考えております。

父上――

漢室再興のためにも、娘たちについてはあまり宣伝しない方がよろしいかもしれません。

しかし、雲長叔父上の勢いが増せば増すほど、私は妙な気分になりました。

曹家の人々が不安そうに軍報を待っている。

文烈様も、肇も、皆が真剣です。

その原因になっているのが、私にとっては昔から「雲長叔父上」と呼んできた方なのです。

敵だと言い切るには近すぎる。

味方だと思うには、今いる場所が違いすぎる。

「明珠」

夜になってから、文烈様が私を呼びました。

「はい」

「心配か?」

「誰を、でしょう?」

「関羽を」

私はすぐには答えられませんでした。

「……心配ではございます」

「そうか」

「ですが、曹子孝様たちが負ければよいとも思っておりません」

「分かっている」

本当に、困った立場です。

父上を嫌い切れないのと同じで、雲長叔父上も昔の記憶から切り離すことはできません。

益徳叔父上もそうです。

私にとってあの方々は、史書の中の将軍ではありません。

幼い頃、父上のそばにいた人たちなのです。

だからこそ、その人たちが今、私の夫や子供たちのいる国を脅かしているという事実は、考えるほど頭がおかしくなりそうでした。

「雲長叔父上は、どこまで行くのでしょうね」

「このまま樊城を落とせば、さらに北を窺うだろう」

「止まらないのですか?」

「今の勢いなら、止まる理由がない」

私はため息をつきました。

父上が漢中王になり、雲長叔父上が華夏を震わせる。

劉家にとっては、これ以上ないほど景気のよい年なのでしょう。

十一年前の私が聞けば、信じなかったかもしれません。

あの長坂で逃げていた父上が王になり、雲長叔父上が魏王様を都の移転まで考えさせる。

立派になりましたね。

本当に。

ですが、勢いが強い時ほど、人は前ばかりを見るものなのかもしれません。

雲長叔父上は北を見ていました。

樊城を見て、その先を見ていたのでしょう。

私はその頃、まだ何も知りませんでした。

荊州の後ろには、父上から土地を任された人々がいる。

その中には――

私が血のつながった伯父として、昔から知っている方もおりました。

糜子方伯父上。

その名前を思い浮かべた時の私は、まだ安心していたのです。

雲長叔父上の背後には、父上の身内がいるのだから、と。

劉玉珠です。


雲長叔父上が、とても強いそうです。

夫に聞いたところ、魏王様が都を移すことまで考えたそうで、「そんなにですか?」と驚きました。


昔からお強い方でしたが、都まで動かすほどとは知りませんでした。

ただ、わたしは別のことも気になります。


雲長叔父上は、あの長いお髭で鼻がむずむずした時、どうなさるのでしょう?

試しに自分の鼻で考えようと右手を上げたら、夫につかまれました。


「何をしている」

「確認です」

「するな」


確認も駄目だそうです……


ところで姉上は、「雲長叔父上の後ろには子方伯父上がおられますから」と申していました。

それなら安心ですね。


……ですよね?

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