元譲様、妹の鼻まで嫁入り道具に入れるのですか?
劉明珠でございます。
いよいよ、玉珠が嫁ぐ日でございます。
たいへん結構なことでございます。
玉珠は数えで十五になりました。
今の世なら、嫁いでおかしくない年頃です。
分かっております。
分かってはいるのですが、私の中の玉珠は、まだ長坂で私の袖を握っていた妹でございます。
その妹が、髪を整えられ、衣を重ねられ、帯を締められ、夏侯家へ正式に迎え入れられる。
……たいへん困ります。
しかも困ったことに、玉珠は綺麗になっておりました。
黙っていれば、でございます。
黙っていれば、夏侯家に出しても恥ずかしくない美女です。
黙っていれば……
ですが、玉珠でございます。
美しい衣を着せられても、菓子の心配をし、泣きそうになると鼻へ向かい、元譲様の片目を今日も忙しくさせることでしょう。
曹魏の名将も、妹の鼻には勝てないようです。
たいへん歴史に残らない戦でございます。
どうぞ残らないでくださいませ……
そして、玉珠の十五歳を見ていると、どうしても私の十五歳を思い出します。
私は十五の頃、子和様を失い、未亡人となり、魏公様の手で曹休家へ置き直されました。
たいへん丁寧な駒でございました。
褒めておりません。
けれど今日、元譲様は余計なことをおっしゃるようです。
玉珠が夏侯家に望まれて迎え入れられる日――
なぜか、私が曹休家へ来た日のことまで掘り返されます。
嫁入りとは、家を結ぶ儀式でございます。
過去の箱を蹴飛ばす儀式ではないはずです。
父上――
あなたが置いていった娘は、夏侯家へ嫁ぎます。
母上――
あなたの娘は、たいへん美しくなりました。
ただし、お披露目の場で鼻へ向かわないとは、誰も申しておりません……
いよいよ玉珠が、嫁ぐ日でございます。
たいへん結構でございます。
妹が嫁ぐ――
しかも、どこぞの怪しい家へ投げ込まれるのではなく、元譲様が片目で見張り、菓子を制限し、鼻へ向かう手を捕まえ続けた夏侯家へ、正式に迎え入れられるのです。
よいことです。
よいことすぎて、朝から胃が重うございました。
人間とは厄介です。
悪いことが起これば苦しみ、よいことが起きても苦しみます。
では、何が起これば楽なのかと問われれば、何も起こらない日でございましょうが、そういう日は大抵、次の災いが戸口で履物を脱いでおります。
褒めておりません。
玉珠は数えで十五になっておりました。
今の世なら、嫁いでおかしくない年頃でございます。
分かっております……
分かってはおりますが、私の中の玉珠は、まだ長坂で私の袖を握っていた妹なのです。
荷車が揺れ、父上が遠くなり、母上の姿が分からなくなっても、私の手を離さなかった妹……
その妹が、今日は嫁入りの衣装をまとっております。
たいへん困ります。
まさか、ここまで綺麗になるとは思いませんでした。
いえ、顔立ちは昔から悪くありませんでした。
母上の血を引いておりますし、父上の妙な人たらしの顔立ちも少し混ざっております。
けれど目の前の玉珠は、髪を整えられ、衣を重ねられ、帯を締められ、黙っていれば本当に美しい娘になっておりました。
黙っていれば、でございます……
「姉上」
「何です?」
「この衣では、鼻へ行きにくいです」
台無しでございます……
美とは、なんと脆いものなのでしょう……
後ろに立っていた元譲様が、額に手を当てました。
あの夏侯元譲様が、でございます。
戦場で矢を浴びても折れなかった方が、嫁入り衣装の玉珠の一言で頭を抱えておられます。
曹魏は強い国ですが、玉珠の鼻にはまだ備えが足りないようです。
「嫁ぐからだ」
元譲様は、やっとそれだけおっしゃいました。
「嫁ぐと、鼻へ行きにくい衣を着るのですか」
「嫁ぐからだ」
「では、菓子は?」
「嫁ぐから控えろ」
「泣きそうな時は?」
「嫁ぐから、先に泣け」
「鼻は?」
「嫁ぐから、やめろ」
玉珠はたいへん真剣に考えておりました。
「嫁ぐとは、鼻に厳しいのですね……」
「違う」
元譲様は、もう一度頭を抱えました。
私は少し笑いそうになり、すぐに胸が痛くなりました。
玉珠は綺麗になった。
けれど、玉珠です。
私はそれに安心して、寂しくなりました。
私が守っていた小さな妹は、もう小さくありません。
改めて並んでみると、背丈はほとんど変わりませんでした。
もしかすると、玉珠の方が少し高い。
たいへん腹立たしい成長でございます。
「明珠」
文烈様が、隣で静かにおっしゃいました。
「何でございましょう?」
「そなたも、負けておらん」
「……文烈様、今は玉珠の嫁入り姿の話でございます」
「分かっている」
「分かっておられません」
「玉珠殿は美しい。だが、そなたも負けておらん」
「産後の妻を巻き込まないでくださいませ」
「事実だ」
「事実は時に刃物でございます」
文烈様は真面目な顔でした。
本当に困ります。
玉珠の美しさに驚いているだけでも忙しいのに、なぜ私まで巻き込まれなければならないのでしょうか?
しかも横には元譲様がおられます。元譲様は鼻だけではなく、こういう逃げ場まで見張るおつもりなのでしょうか?
その元譲様が、ふいに文烈様を見ました。
「そういえば……」
嫌な始まり方です。
私は、本能的に身構えました。
「子和の後、お前を後妻にと望んだのは、文烈だったな」
部屋の空気が止まりました。
玉珠の手も止まりました。
鼻の手前で……
たいへん珍しいことです。
驚きは、鼻にも勝つようでございます。
「元譲殿」
文烈様の声が、珍しく乱れました。
私は、ゆっくりと文烈様を見ました。
「文烈様?」
「……子和殿が、具合を悪くされていた時に」
文烈様は視線をわずかに逸らされました。
「頼まれたのだ」
「何をでございますか?」
「明珠を、粗略にするなと」
元譲様が即座に切りました。
「後妻に望めとは言っておらぬだろう」
「元譲殿」
「頼まれたのは、粗略にするな、だ。迎えたいと申したのは、お前だ」
文烈様が黙りました。
黙りましたね。
今、黙りましたね。
たいへん困ります。
私の十五歳は、子和様を失い、未亡人となり、魏公様の手で置き直された年でございました。
献帝陛下の養女に近い扱いを受け、曹休家へ入る。
たいへん立派な扱いです。
たいへん丁寧な駒です。
褒めておりません。
そう思っておりました。
魏公様が使い道を見つけ、曹休家へ移したのだと……
けれど今、元譲様は、たいへん余計なことをおっしゃいました。
文烈様が望んだ、と……
「……文烈様」
「何だ?」
「それは、子和様のご遺言でございますか?」
「違う」
「では、文烈様ご自身の不用意なご発言でございますね」
「そうだ」
「たいへん困ります」
本当に困ります。
そんなことを今さら知らされて、どうすればよいのでしょう?
私はもう、あなたの妻でございます。
寧珠を産み、環珠を産み、父上の文を箱に閉じ込め、玉珠の嫁入り衣を見ております。
今さら、実は望まれていたなどと聞かされても、逃げる場所がございません。
しかも産後です。
逃げ足がたいへん鈍い。
玉珠が、そっと私を見上げました。
「姉上も、文烈様に望まれていたのですか?」
「玉珠」
「それなら、姉上も嫁入りです」
「私はもう嫁いでおります」
「では、二度目の気持ちですか?」
「黙りなさい」
「今のは鼻ではありません」
「分かっています」
「では、言ってよいですか?」
「よくありません」
元譲様が、そこで短く言いました。
「口も見張るべきだったか……」
文烈様が少しだけ笑いました。
笑うところではございません。
まったく、今日という日は何なのでしょう……
妹の嫁入り回のはずです。
それなのに、私の十五歳まで掘り返され、文烈様の昔の望みまで白日の下にさらされ、玉珠の鼻は相変わらず危うい。
嫁入りとは、家を結ぶ儀ではなく、過去の箱を蹴飛ばす儀式なのでしょうか?
たいへん迷惑でございます。
婚儀の支度は、順調に進みました。
夏侯家から来た女房たちは、玉珠の衣の裾を直し、髪飾りを整え、手の位置を直しました。
玉珠はそのたびに「ここですか」「こちらですか」「鼻はどこへ置けば」と尋ね、三度目で元譲様が本当に頭を抱えました。
「鼻は置くな」
「では、手は?」
「膝だ」
「鼻が寂しがります」
「寂しがらせておけ」
「元譲様は厳しいです」
「嫁ぐからだ」
その一言は、何度聞いても重うございました。
嫁ぐからだ。
預かりではない。
保護ではない。
夏侯家の女として、迎え入れられる。
玉珠は、その言葉の重さを全部分かっているわけではないのでしょう。
けれど、まったく分かっていないわけでもありません。
だから時々、鼻へ逃げようとするのです。
私が皮肉へ逃げるように……
婚儀の前、玉珠は一度だけ私のそばへ来ました。
衣の裾を踏まぬよう、たいへん慎重に歩いております。
これだけで私は少し泣きそうになりました。
長坂の玉珠なら、三歩で転び、四歩目で鼻へ向かったでしょう。
「姉上」
「はい」
「玉珠は、綺麗ですか?」
「ええ、黙っていれば……」
「では、黙っていればよいですか?」
「今日だけは、なるべく」
玉珠は少し考えました。
「でも、姉上と話せなくなります」
私は言葉を失いました。
本当に、この子は困ります。
菓子と鼻で世界を壊しながら、時々こうして真ん中を踏むのです。
「少しなら話してよろしい」
「では、鼻は?」
「駄目です」
「難しいです」
「嫁ぐからです」
玉珠は、私の言葉を聞いて、ゆっくり笑いました。
「姉上も、元譲様みたいになりました」
「やめてください」
「でも、少し安心します」
「それはよろしい」
「姉上」
「何です」
「玉珠は、捨てられるのではありませんね?」
私は息を吸いました。
あの日、夏侯家へ向かう玉珠が同じようなことを聞いたのを覚えております。
あの時、私は守るためだと言いました。
けれど今日は違います。
「違います。あなたは迎え入れられるのです」
玉珠は、目を瞬きました。
「夏侯家に?」
「ええ」
「玉珠ごと?」
「鼻ごとではありません」
「難しいです」
「玉珠ごとです。鼻は置いていけるものなら置いていきなさい」
玉珠は少し笑い、それから、そっと手を伸ばしました。
私はその手を握りました。
数え十五の妹の手です。
長坂で握った時より、ずいぶん大きくなっておりました。
私と同じくらい、もしかすると少し大きい手。
もう私が包み込む小さな手ではありません。
けれど、やはり妹の手でした。
「行ってらっしゃい」
私は言いました。
嫁ぎなさい、とは言えませんでした。
それはあまりにも大人の言葉すぎて、喉に引っかかったのです。
玉珠はうなずきました。
そして、正式な披露の場へ出ました。
夏侯家の者たちが並び、曹休家の者も控え、元譲様が片目で場を見渡します。
玉珠は見事でした。
背筋を伸ばし、顔を上げ、衣を崩さず、黙って立っている。
黙っていれば、本当に美しい。
そのまま終わればよかったのです。
世の中は、なぜ美しいところで終わってくれないのでしょうか。
一門の女の一人が、玉珠へ祝いの言葉をかけました。
「まあ、本当にお美しいこと」
玉珠は微笑みました。
「ありがとうございます」
おお、と場が少し和みました。
次の瞬間です――
玉珠の指が、すっと鼻へ向かいました。
完全に無意識でございました。
場が凍りました。
文烈様が目を閉じました。
私は扇で顔を隠しました。
元譲様は、両手で頭を抱えました。
あの元譲様が……
片目の猛将が……
曹魏の重鎮が……
正式なお披露目の場で、嫁入り姿の玉珠が鼻をほじりかけたために、頭を抱えたのです。
たいへん歴史に残らない名場面でございました。
どうぞ残らないでくださいませ……
玉珠は、場の空気に気づいて手を止めました。
鼻の寸前です。
「……今のは?」
誰も息をしません。
玉珠は、たいへん小さな声で申しました。
「嫁ぐ緊張です」
元譲様の声が、地の底から響くように落ちました。
「手を下ろせ」
玉珠は、すぐに手を下ろしました。
「はい」
私は天を仰ぎました。
母上――
あなたの娘は、夏侯家へ嫁ぎます。
たいへん美しく、たいへん残念に……
父上――
あなたが置いていった娘は、夏侯家に迎え入れられました。
そしてその瞬間、鼻へ向かいました。
褒めておりません。
披露の場は、どうにか崩れずに終わりました。
元譲様の片目が、戦場の城壁より固かったからでございます。
玉珠の鼻ひとつで崩れかける婚儀を、片目で支える。
これが名将というものなのでしょうか?
私はよく分からなくなりました。
やがて玉珠が、夏侯家の奥へ入っていきます。
その背を見送りながら、私は袖の中で手を握りました。
離した――
今度こそ、離したのです。
けれど野に落としたのではありません。
井戸へ向かわせたのでもありません。
夏侯家の門の内へ、迎え入れられていくのを見届けたのです。
文烈様が、私の横に立ちました。
「明珠」
「何でございましょう?」
「大丈夫か?」
「大丈夫ではございません」
「そうか……」
「けれど、悪くはございません」
「そうか……」
たいへん腹立たしい返事です。
それだけで、少し楽になるではありませんか?
その時、奥へ向かいかけていた玉珠が振り返りました。
「姉上!」
「何です!」
「玉珠、ちゃんと嫁げましたか!」
私は答えようとしました。
元譲様が先に、玉珠の手をつかみました。
また鼻へ向かいかけていたのです。
「まだだ」
「え?」
「今の手を見た限り、まだだ」
「元譲様!」
「嫁いだからといって、終わりではない」
元譲様は、玉珠の手首を押さえたまま、私を一度だけ見ました。
「これから仕込む」
私は、静かに扇を閉じました。
たいへん結構でございます。
妹の嫁入りは終わりました。
けれど、玉珠と夏侯家の鼻を賭けた戦は、どうやら今から本格的に始まるようでございます。
劉玉珠です。
玉珠は、嫁ぎました。
たぶん、嫁げました。
元譲様は「まだだ」とおっしゃいましたが、あれは鼻の話だと思います。
嫁入りと鼻は、別々に数えるべきです。
玉珠はたいへん賢いので、そのくらい分かります。
でも、元譲様は分かってくださりません。
嫁いだから鼻も終わりではない、と言われました。
たいへん厳しいです。
夏侯家の門は広いのに、鼻へ行く道だけは細いようです。
今日は、姉上が少し小さく見えました。
玉珠は驚きました。
姉上は、いつの間に小さくなったのでしょう?
赤ちゃんを産むと、背も少し赤ちゃんへ分けるのでしょうか。
そう元譲様に聞いたら、「違う」と言われました。
では、玉珠が大きくなったのでしょうか?
長坂の時、玉珠は姉上の袖を握っていました。
姉上の手は大きくて、玉珠の手は小さくて、離したらどこかへ落ちてしまいそうでした。
でも今日は、玉珠の手の方が少し大きいかもしれません。
背も、姉上と同じくらいか、少し高いかもしれません。
不思議です。
玉珠はずっと妹なのに、体だけ先に嫁ぐ大きさになってしまいました。
姉上は、玉珠を見て「綺麗」と言いました。
ただし、黙っていれば、とも言いました。
たいへん失礼です。
でも、玉珠も少し分かります。
黙っている玉珠は、たぶん綺麗でした。
元譲様が頭を抱えるくらいには、綺麗だったはずです。
いえ、頭を抱えたのは、玉珠の指が鼻へ向かったからでした。
お披露目の場で、手が少し上へ行きました。
違います。
あれは嫁ぐ緊張です。
鼻ではありません。
鼻の近くまで行っただけです。
でも、場が凍りました。
文烈様は目を閉じ、姉上は扇で顔を隠し、元譲様は両手で頭を抱えました。
玉珠は思いました。
玉珠は、元譲様に両手で頭を抱えさせた女です。
これは武功でしょうか?
違う、と言われそうなので、まだ聞いていません。
それから、今日は不思議なことも知りました。
姉上は、文烈様に望まれて曹休家へ行ったそうです。
姉上は困っていました。
たいへん困っていました。
でも、少しだけ嬉しそうにも見えました。
姉上は嬉しい時ほど、皮肉がとげとげしくなります。
玉珠には分かります。
鼻の前の顔と、皮肉の前の顔は、少し似ています。
父上――
玉珠は夏侯家へ嫁ぎました。
姉上は曹休家におります。
玉珠の家と姉上の家は、もう同じではありません。
でも、姉上の手はまだ近いです。
元譲様の手も近いです。
主に鼻の手前にあります。
玉珠は、捨てられたのではありません。
迎え入れられたのだそうです。
それなら、たぶん大丈夫です。
たぶん……
……元譲様。
今のは鼻ではありません。
嫁いだ玉珠の未来を考えていただけです。
でも、元譲様は最後におっしゃいました。
「これから仕込む」
何をでしょうか?
礼儀でしょうか?
手の置き場でしょうか?
菓子の控え方でしょうか?
それとも、鼻との戦でしょうか?
玉珠は少しだけ怖くなりました。
嫁入りは終わったのに、夏侯家での戦は、まだ始まったばかりのようです。




