文烈様、娘の名まで私に預けるのですか?
劉明珠でございます。
娘が生まれました。
また娘でございます。
史官の皆様、たいへん申し訳ございません。
曹休家の奥に、また記録しづらい命が増えました。
男児ではございません。
爵位も継ぎません。
武功も立てません。
生まれたばかりですので、当然ながら、まだ父上を置いて逃げることも、漢中を取りに行くこともできません。
けれど文烈様は、その小さな娘を抱いて、たいへん嬉しそうになさいました。
困ります……
男児でないことを残念がってくだされば、こちらも腹を立てられたのです。
家のためには次こそ、などとおっしゃってくだされば、産後の弱った体でも文句の一つくらい投げつけられたのです。
ところが文烈様は、母子ともに無事だと聞いて、ただ力を抜かれました。
出征中でなくてよかった、とまでおっしゃいました。
待てた、と……
たいへん困ります。
戦場から戻った男が、産屋の外で待てたことを喜ぶなど、ずるいにもほどがございます。
父上と比べる気など、私はございません。
ございませんが、向こうから勝手に比べられに来るのです。
褒めておりません。
そして文烈様は、その娘の名を私につけよとおっしゃいました。
父上の文を入れた箱は、まだ開いておりません。
鍵は戻りました。
けれど、箱より先に娘が生まれました。
閉じた父上より先に、泣く娘が私の前へ来てしまいました。
たいへん順番が悪うございます。
夏侯家では、玉珠が早くも名について不穏な動きを見せているそうです。
菓子に関わる名だけは、全力で阻止しなければなりません。
元譲様、そこはどうか死守してくださいませ……
鼻だけでなく、名まで見張ることになるとは、夏侯家もたいへんでございます。
今回は、私が娘に名を置くお話でございます。
置いていかれた娘が、置いていかれぬようにと願いながら、小さな娘へ名をつけます。
父上――
あなたの娘は、また娘を産みました。
文烈様――
その名まで私に預けるのですか?
たいへん困ります。
私はまだ、自分の名の置き場所さえ、決めきれておりませんのに……
名は、そなたがつけよ――
産屋で子を産んだばかりの女に、文烈様はそのようなことをおっしゃいました。
たいへん困ります。
私は今、起き上がる気力もなく、父上の文を開ける気力もなく、皮肉を最後まできれいに言い切る気力すら半分ほど失っております。
そういう女に向かって、娘の名をつけよ、と……
文烈様――
戦場で矢を避けることには慣れておられるのでしょうが、産後の妻へ投げる言葉の重さは、もう少し測っていただきたいものです……
赤子は文烈様の腕の中で、小さく泣いておりました。
姫君でございます、と産婆が告げた時、文烈様は本当に、ただ息を吐かれました。
戦場から戻られた時より、鍵を懐から出された時より、ずっと深く……
「母子ともに無事でございます」
産婆がそう告げた瞬間、文烈様は目を閉じられました。
ほんの短い間です。
けれど私は見ました。
曹休文烈ともあろう方が、戦の勝敗でも、軍報でも、魏公様のご機嫌でもなく、私と娘が生きているというだけのことで、全身から力を抜かれるのを……
たいへん困ります。
そういう顔をされると、文句が言いにくくなります……
「文烈様」
「何だ?」
「姫君でございますよ」
「娘だ」
「ええ、また娘でございます」
「よい」
「家の方々が困るかもしれません」
「私は困らぬ」
「史官の皆様も困ります」
「困らせておけ」
私は、疲れた目で文烈様を見ました。
この方は、時々とても雑に強いことをおっしゃいます。
史官の皆様を困らせておけ――
たいへん結構でございます。
では、どうぞお困りくださいませ。
曹休家の奥には、また一人、史書に載せにくい娘が増えました。
男児ではございません。
爵位も継ぎません。
けれど父に抱かれ、よく生まれてきたと言われました。
記録に困るなら、筆を置いてお茶でもお飲みくださいませ。
褒めておりません。
文烈様は赤子の顔を見ておられました。
「出征中でなくてよかった」
その声は、ひどく静かでございました。
「戦場におられた方が、楽だったかもしれませんよ?」
「それはない」
「産屋の外で待たされるのは、武将としてはいかがなものでしょう?」
「待てた」
「はい?」
「今回は、待てた」
私は黙りました。
戻ると言って戻ってきた夫が、今度は外で待てたと喜んでいる。
たいへん困ります……
父上は走りました。
母上は井戸の物語へ入りました。
私は置いていかれました。
けれど文烈様は戻り、鍵を返し、産屋の外で待ち、娘を抱いております。
比べたくなどないのです。
比べれば、父上の方が薄情に見えてしまいます。
父上にも事情はあったのでしょう。
天下も、漢室も、民も、敵も、逃げ道も、たくさんあったのでしょう。
けれど、女の腹は天下ほど広くありません。
産屋の外に夫がいるかどうかくらいで、あっさり傾いてしまうのです。
たいへん不公平でございます。
「明珠」
文烈様が、赤子を少しこちらへ見せられました。
小さい。
本当に小さい。
寧珠もこうだったのでしょうか。
あの時の私は、まだ母になったばかりで、自分が曹休家の奥に根を下ろしたのか、それともまたどこかへ置き直されたのか、それすら分からずにおりました。
今も、よく分かりません。
ただ、この子は泣いております。
私の目の前で、文烈様の腕の中で、遠慮なく泣いております。
「名は、そなたがつけよ」
「文烈様がおつけくださいませ。寧珠の名も、あなたがおつけになりました」
「寧珠は私がつけた」
「では、今回もその勢いでどうぞ」
「今度はそなたがつけよ」
「私は今、勢いというものを産屋に置いてきました」
「なら、ゆっくりでよい」
逃げ道をくださいませ。
文烈様は、そういうものをすぐ塞がれます。
私は顔をそむけようとして、失敗しました。
体が重く、思うように動きません。
産後の女とは、逃げることにも向かない生き物でございます。
そこへ、外から小さな足音が聞こえました。
曹肇と曹纂です。
本来、産屋へずかずか入るものではありませんが、二人は戸の外に控え、声だけを落ち着かせております。
「母上、ご無事でございますか?」
「生きております。たいへん疲れております」
「姫君も、ご無事ですか?」
「ええ、よく泣いております。曹休家の女として、早くも自己主張が強いようです」
曹纂の声が少し弾みました。
「妹ですか?」
「ええ……あなたたちにとっては妹でございます。姉ではありません。間違えないように」
「間違えません」
「帳面には書かなくて結構です」
「もう書きました」
私は目を閉じました。
曹休家の男子は、なぜこうも早く帳面へ向かうのでしょう。
文烈様が小さく笑われました。
「纂らしい」
「文烈様……笑っている場合ではございません。この子まで帳面に載せられました」
「残るならよい」
その言葉に、私はまた黙りました。
残るならよい――
あまりにも簡単におっしゃいます。
史書に残らなくても、曹休家の帳には残る。
曹纂の字が多少曲がっていても、上下を間違えなければ、それで残る。
たいへん雑で、たいへん温かい記録でございます。
その日のうちに、夏侯家へも知らせが走りました。
返事は驚くほど早く届きました。
元譲様の文でございます。
もはや、玉珠の動向は軍報より速い気がいたします。
玉珠、姪の誕生を聞く。
まず立つ。
次に鼻へ向かう。
腕を押さえる。
井戸でないことを確認して泣く。
菓子を保存すると称して二つ食す。
姪の名として「菓珠」を提案。
却下。
本人はたいへんよい名だと主張。
未遂。
以上。
私は産後の疲れた体で、その文を読みました。
読み終えて、静かに文を畳みました。
「文烈様」
「何だ?」
「玉珠は、姪の名を菓珠にしたいそうです」
「却下だな」
「ええ……元譲様がすでに却下しておられます」
「正しい」
「夏侯家は頼もしいですね。鼻だけでなく名まで見張ってくださいます」
文烈様は赤子を抱いたまま、少しだけ困った顔をされました。
玉珠が夏侯家へ移っても鼻へ向かうことについて、文烈様はもう深く考えないようにしているようです。
正しい判断です。
元譲様でも直せないものを、文烈様がどうにかできるとは思えません。
けれど私は、玉珠の文の一部から目を離せませんでした。
井戸でないことを確認して泣く。
あの子は、やはり覚えているのです。
母上の井戸を。
姉が産屋へ入ったと聞いても、まず戻ってくるのかどうかを考えてしまう。
たいへん困った妹でございます。
そして、たいへん可愛い妹です。
私は赤子を見ました。
この子には、井戸ではない場所を覚えてほしい。
荷車の端ではなく、家の輪の中を覚えてほしい。
置いていかれる手ではなく、戻ってくる足音を覚えてほしい。
「文烈様」
「決まったか?」
「還る、ではございません」
文烈様は静かに私を見ました。
私は、まだ声に力が入りません。
それでも、言わなければならない気がいたしました。
「私は、どこへ還ればよいのか、いまだに分かりません。父上のもとへ還るのか、母上の物語へ還るのか、長坂へ還るのか。どれも、たぶん違います」
赤子が、小さく声を上げました。
「ですから、この子には、還る珠ではなく、環る珠と書きます」
「環珠」
文烈様が、ゆっくりとその名を口にされました。
「輪の中にある珠でございます。囲まれて、守られて、置いていかれぬ珠。曹休家の中で、誰かの腕の中で、泣いてよい珠です」
言ってから、私はたいへん恥ずかしくなりました。
産後とは恐ろしいものです。
普段なら皮肉で三枚ほど包むところを、うっかり素の願いを出してしまいます。
腹から子だけではなく、余計なものまで出たようです。
文烈様は、赤子を見つめました。
「よい名だ」
短い。
本当に短い。
けれど、その声は深うございました。
「環珠」
もう一度、文烈様は呼ばれました。
すると赤子は、まるで返事をするように泣きました。
たいへん図々しい娘です。
生まれたばかりで、もう名に返事をしております。
曹休家の女として、将来が少し心配でございます。
戸の外で、曹纂が小さく言いました。
「環珠」
「纂、勝手に帳面へ書くのは待ちなさい」
「もう書きました」
「早いです」
「上下は合っています」
「そこは進歩です」
曹肇の声が続きました。
「母上、よい名です」
「褒めても何も出ません」
「母上がつけた名です」
「ですから、何も出ません。出たばかりです」
戸の外が一瞬静かになりました。
文烈様が、少しだけ肩を震わせました。
笑いましたね。
今、笑いましたね。
産後の妻の発言で笑うとは、たいへん度胸のある夫でございます。
「文烈様」
「すまぬ」
「謝るのが早すぎます」
「早く謝った方がよい顔をしていた」
本当に、困った方です。
環珠はまだ泣いておりました。
寧珠は乳母に抱かれ、奥で眠っているそうです。
曹肇と曹纂は戸の外で妹の名を覚え、玉珠は夏侯家で菓珠を却下され、元譲様は鼻と名をまとめて見張っている。
そして私は、産屋で横になったまま、曹休文烈の腕に抱かれた娘を見ております。
父上――
あなたの娘は、娘に名をつけました。
環珠――
たぶん史書には残りません。
でも曹休家の奥には、今、確かにその名が置かれました。
文烈様は、しばらく環珠を抱いた後、私の枕元へ鍵を置かれました。
父上の文を入れた箱の鍵です。
小さな音がしました。
軽いはずの音なのに、産屋の中で妙にはっきり響きました。
「開けるか?」
文烈様が尋ねられました。
私は環珠を見ました。
それから、鍵を見ました。
閉じた父上。
開いた娘。
そして、戻ってきた夫。
たいへん困ります。
順番というものは、どうやら私の腹だけでなく、私の人生にも教えられていないようでございます。
「今日は」
私は、少しだけ目を閉じました。
「今日は、こちらの名が先でございます」
文烈様は何もおっしゃいませんでした。
ただ、鍵を私の手の届くところへ置かれたままにしました。
父上の文は、まだ箱の中です。
けれどその夜、曹休家の帳には、新しい名が一つ増えました。
曹環珠――
史官の皆様、残さなくて結構です。
私が先に、覚えてしまいましたので……
そう思ったところで、戸の外から曹纂の声がしました。
「母上」
「今度は何です」
「夏侯家から、もう一通です」
「……玉珠ですか」
「はい」
私は嫌な予感しかしませんでした。
曹纂が、戸の向こうで文を読み上げます。
「玉珠殿より……環珠もよいですが、菓珠もまだ捨てがたいと思います。菓子は捨ててはならないからです。なお、今のは鼻ではありません――」
そこで、曹纂の声が止まりました。
「続きは?」
「元譲様の字で、却下、とだけ」
私は天井を見ました。
環珠が、また泣きました。
たいへん結構でございます。
この子はどうやら、生まれたその日から、名をめぐって夏侯家と戦うことになるようでございます……
劉玉珠です。
姉上の赤ちゃんの名が決まりました。
環珠、だそうです。
玉珠は、菓珠もたいへんよい名だと思いました。
菓子は大事です。
捨ててはいけません。
なくなると悲しいです。
人に取られると、もっと悲しいです。
ですから、菓子の珠と書けば、誰にも取られず、ずっと大事にされるのではないかと思ったのです。
そう申し上げたところ、元譲様に却下されました……
たいへん早い却下でした。
矢より早いです。
もしかすると、元譲様の片目は、玉珠の鼻だけでなく、玉珠の考えまで見張っているのかもしれません。
それは少し困ります。
鼻はまだしも、考えまで見張られると、菓子を隠す場所がなくなります。
今のは鼻ではありません。
考えただけです。
指は少し動きましたが、まだ鼻の入口には到着しておりません。
環珠――
輪の中にある珠、と姉上は言ったそうです。
囲まれて、守られて、置いていかれぬ珠……
玉珠は、その話を聞いて、しばらく黙りました。
姉上は、長坂で玉珠の手を握ってくれました。
荷車が揺れても、父上が遠くなっても、母上の姿が分からなくなっても、姉上は手を離しませんでした。
本当は、姉上も怖かったはずです。
それなのに、玉珠の手ばかり強く握っていました。
だから玉珠は、少し思いました。
姉上は、ずっと誰かを輪の中に入れようとしていたのかもしれません。
玉珠を、寧珠を、今度生まれた環珠を……
たぶん、曹肇殿と曹纂殿も……
そして、もしかすると、姉上自身も……
でも、姉上は自分で自分を輪の中に入れるのが、あまり上手ではありません。
すぐに端へ行こうとします。
物語の端、荷車の端、曹休家の奥の端、父上の文を入れた箱の横。
姉上は、そういう場所に立つのが上手すぎます。
たいへん困ります。
文烈様は、そこを見つけるのが上手です。
姉上が端へ行こうとすると、何も言わずに隣へ立ってしまいます。
姉上は皮肉を言います。
文烈様はあまり動きません。
それで結局、姉上は輪の中へ戻されます。
玉珠は思いました。
夫婦とは、たいへん変なものです。
片方が逃げようとすると、もう片方が鍵を持って戻ってきます。
しかも産屋の外で待ちます。
父上には、少し見習っていただきたいです……
いえ、今からでは遅いかもしれません。
父上は益州で忙しそうです。
漢中とかいう遠い唇のことで、また走るのかもしれません。
唇が忙しいと、娘の手までは届かないのでしょうか?
玉珠には、まだ少し分かりません。
環珠は、女の子だそうです。
姉上は、また娘を産みました。
でも、文烈様は喜んだそうです。
出征中でなくてよかった、と言ったそうです。
待てた、と言ったそうです。
玉珠は、それを聞いて、鼻へ行きかけました。
違います。
泣きそうになっただけです。
玉珠は、泣きそうになると手が上へ行くことがあります。
鼻が悪いのではありません。
たぶん、鼻は心に近い場所にあるのです。
元譲様は信じていない顔でした。
父上――
玉珠たちは、まだ生きています。
姉上は娘に名をつけました。
その名は、菓珠ではありませんでした。
たいへん惜しいです。
けれど環珠も、よい名だと思います。
置いていかれぬ珠……
輪の中にある珠……
では、玉珠はどこにいるのでしょう?
夏侯家でしょうか?
姉上の輪の外でしょうか?
それとも、姉上が手を離してくれたからこそ、別の輪の中へ入れたのでしょうか?
元譲様は何も言いませんでした。
ただ、菓子を一つだけ多くくださいました。
たぶん、答えの代わりです。
玉珠は、たいへん賢いので分かります。
……でも元譲様。
いつか玉珠にも、誰かの名を考える日が来るのでしょうか?
その時、菓珠は本当に駄目なのでしょうか?
今のは鼻ではありません。
未来の話を考えていただけです。
――指は、まだ鼻の前です……




