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4/20

皇帝陛下、親戚なら助けてくださいますか?

劉明珠でございます。


前回、私たちは丞相様にお目通りいたしました。

父上が逃げている相手です。

天下に名を轟かせる御方です。

さぞ大きな方なのだろうと思っておりました。


結果につきましては、本文をご確認ください。

私の口からこれ以上申し上げますと、首の位置が危うくなります。


さて、今回は許昌へ参ります。

許昌には皇帝陛下がおられるそうです。

父上は皇叔と呼ばれておりますので、つまり私たちは親戚筋ということになります。


親戚――


たいへん頼もしい響きですね。

長坂ではあまり役に立ちませんでしたが、今度こそ何かの役に立つかもしれません。


……立つとよいですね。


なお、道中につきましては、必要最低限のご報告に留めさせていただきます。


荷車には、語る価値のある揺れと、ただ腹が立つだけの揺れがございますので。

許昌までの道中については、省略いたします。

揺れました。

寒かったです。

玉珠が二度泣きました。

私は三度ほど、荷車という乗り物に恨みを覚えました。

――以上でございます。

世の中には、語る価値のある苦労と、ただ疲れただけの苦労がございます。

護送の道中は、後者でした。

さて――

私たちは許昌へ着きました。

父上のもとではありません。

母上のもとでもありません。

皇帝陛下がおられ、丞相様の影が、たいへん長く伸びている都でございます。

たいへん立派な城門をくぐった時、玉珠はぽかんと口を開けました。

「姉上、おうち大きいね」

「私たちのおうちではありません」

「じゃあ誰のおうち?」

「皇帝陛下のおうちで、丞相様が鍵を持っている場所です」

「鍵を持ってる人のおうちじゃないの?」

玉珠――

あなたは、初日から許昌の核心を突いてはいけません。

私たちを迎えたのは、二人の方でした。

一人は、荀彧文若様。

見た目はたいへん整っておりました。

衣も整い、髪も整い、声も整い、立ち方まで整っております。

あまりに整いすぎて、逆に怖い。

人間、少しくらい乱れている方が安心できるものです。

完璧に畳まれた布には、刃物が隠れている気がいたします。

もう一人は、夏侯惇元譲様。

こちらは分かりやすく怖い方でした。

隻眼で大きな体。

さらに、太い声。

立っているだけで、玉珠が私の袖を握る程度には迫力があります。

ただ、分かりやすい怖さというものは、ある意味で親切です。

文若様のような、どこを怖がればよいのか分からない怖さより、まだ対処しやすいかもしれません。

「劉備の娘二人か」

元譲様が、私たちを見下ろしました。

見下ろす――

そうです。

この方はちゃんと大きい。

丞相様で予習した私の心に、ようやく想像通りの怖い大人が現れました。

ありがとうございます。

怖さにも様式美は必要でございます。

「劉明珠にございます。こちらは妹の玉珠です」

私は頭を下げました。

玉珠も慌てて真似をします。

その後、玉珠は元譲様の顔をじっと見ました。

嫌な予感がしました。

「姉上……」

「何です?」

「元譲様は、お目々をどこかに置いてきたの?」

許昌の空気が、初日から止まりました。

玉珠――

あなたの無邪気さは、門番を通さず人の胸へ入っていきますね……

私は即座に頭を下げました。

「申し訳ございません。妹はまだ幼く」

元譲様は、少し黙りました。

それから、鼻で笑いました。

「戦場に置いてきたのだ」

玉珠の目が丸くなります。

「取りに行かないの?」

「もう食べた」

「食べたの?すごいね!」

「父母から貰ったものだ。粗末にはできん」

「痛くない?」

「昔は痛かった」

「今は?」

「慣れたぞ」

玉珠は真剣にうなずきました。

「元譲様、えらいね!」

文若様が、ほんのわずかに目を伏せました。

笑ったのでしょうか?

いえ、整った方は笑いまで整っているので、判断が難しいです。

元譲様は私たちへ顎をしゃくりました。

「陛下がお待ちだ」

陛下――

皇帝陛下。

父上が皇叔と呼ばれるなら、私たちはその親戚筋になります。

血筋だけなら、たいへん頼もしい響きです。

ただ、頼もしい血筋は長坂の荷車ではあまり役に立ちませんでした。

今回はどうでしょうか?

文若様と元譲様に伴われ、私たちは宮中へ入りました。

丞相様は不在です。

戦へ出たまま、まだ戻っておられないとのことでした。

つまり許昌には、丞相様がいない。

けれど丞相様の気配はある。

ご本人がいなくても人を動かすとは、たいへん便利な方です。

背は小さいのに、影は長い。

皇帝陛下は、静かな方でした。

若く、痩せていて、声は柔らかい。

玉座におられるのに、玉座に守られているようには見えません。

むしろ、玉座に座らされているように見えました。

「そなたたちが、玄徳の娘か?」

陛下が言いました。

「はい、劉明珠にございます。こちらは妹の劉玉珠です」

私は礼を取りました。

玉珠は私を見てから、遅れて頭を下げます。

「玉珠です」

今度は噛みませんでした。

たいへん立派です。

陛下は、少しだけ表情を和らげました。

「怖かったであろう」

優しい声でした。

優しい声――

だからこそ、困りました。

助けられる方の声ではなく、慰めることしかできない方の声に聞こえたからです。

玉珠が顔を上げました。

「陛下は、父上の親戚なの?」

文若様のまつげが動きました。

元譲様の眉がわずかに上がりました。

私は心の中で玉珠の口を塞ぎました。

現実の口は、もう間に合いません。

陛下は少し黙ってから、うなずきました。

「そうだ。玄徳は、漢室に連なる者とされている」

「じゃあ、玉珠たちを父上のところへ帰してくれる?」

沈黙――

玉珠……

あなたはなぜ、誰も踏まないように避けている板を、真ん中から踏み抜くのですか?

皇帝陛下は、答えませんでした。

答えられなかったのだと思います。

私はその時、理解いたしました。

この方は、皇帝陛下です。

けれど、私たちの行き先を決める方ではありません。

親戚だから助けられるとは限らない。

皇帝だから自由とは限らない。

長坂から許昌まで来て、たいへん勉強になります。

できれば、もう少し楽な授業を希望したかったです。

「玉珠」

私は小さく妹を呼びました。

玉珠は私を見ます。

「陛下を困らせてはいけません」

「困ってるの?」

「たぶん――」

玉珠は陛下を見ました。

「陛下も、困ってるの?」

文若様が静かに息を吸いました。

元譲様は天井を見ました。

私は今度こそ、人生の短さについて考えました。

けれど陛下は、怒りませんでした。

ただ、弱々しく笑いました。

「そう見えるか?」

「うん」

玉珠は素直にうなずきました。

「姉上が困ってる時と、少し似てる」

陛下の目がほんの少し揺れた時、私は何も言えませんでした。

玉珠の言葉は、いつも刃に飾りがありません。

そのまま刺さります。

陛下は私たちに布と菓子をくださり、何か言いかけて、おやめになりました。

私たちは礼を取り、宮中を出てから、玉珠が私に尋ねます。

「姉上、陛下は玉珠たちを帰してくれないの?」

「帰してくださらないのではなく、帰せないのだと思います」

「皇帝陛下なのに?」

「皇帝陛下でも、できないことはあるようです」

「じゃあ、いちばん偉い人は誰?」

私は答えに迷いました。

父上。

丞相様。

皇帝陛下。

名前だけなら、答えは簡単です。

現実では、簡単ではありません。

「今のところ、私たちの行き先を決めているのは丞相様です」

「丞相様、やっぱり偉いんだね」

「ええ……」

「小さいのに」

「玉珠……」

「はい」

「それは、宮中でも言ってはいけません……」

許昌での日々は、静かに過ぎました。

私たちは丞相様の不在の間、子和様の管理下ではなく、ひとまず許昌の屋敷に置かれました。

文若様が差配し、元譲様が時折様子を見に来ます。

文若様は、必要な物を過不足なく整えました。

衣、食事、侍女、部屋、書物。

本当に過不足がありません。

過不足がないというのは、たいへん怖いことです。

こちらの欲しいものと、こちらに与えてよいものを、きっちり分けられている感じがします。

元譲様は、分かりやすく扉を開けて入ってきます。

「生きているか?」

挨拶が物騒です。

「おかげさまで」

「足りぬものは」

「父上への帰路でしょうか」

元譲様は顔をしかめました。

「それは足りぬものではなく、無いものだ」

たいへん正直です。

玉珠は元譲様になつきました。

理由はよく分かりません。

たぶん、怖い顔のわりに答えが分かりやすいからです。

玉珠は難しい大人より、分かりやすい大人が好きなのです。

ある日のことです。

私は廊下の向こうから、文若様と元譲様の声を聞いてしまいます。

立ち聞きするつもりはございませんでしたが、耳が勝手に職務熱心だっただけです。

「江東で、曹公が退かれた」

元譲様の声でした。

「火と疫が重なったと」

文若様が静かに答えます。

「軍の損耗は大きい」

「玄徳は?」

「生きている」

父上は、生きている……

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が妙な形に動きました。

喜びでしょうか?

怒りでしょうか?

安心でしょうか?

呆れでしょうか?

たぶん、全部です。

父上はまた生き延びた……

それはよいことです。

娘として、そう思うべきでしょう。

ですが、私は許昌におります。

玉珠もここにおります。

母上はどうなったのか、私はまだ知りません。

父上は生きている。

その言葉は、私の中で、祝報と嫌味の間に落ちました。

それから、しばらく後のことです。

丞相様が帰ってこられました。

赤壁で退かれたと聞いていたので、もう少し疲れた姿を想像しておりました。

しかし丞相様は丞相様でした。

背は相変わらず小さい。

そこは変わりません。

負けても伸びるものではないようです。

けれど、幕舎でお会いした時より、小さく見えませんでした。

敗れてなお、人の行き先を決める声をお持ちだからでしょう。

子和様も戻っておられました。

長坂で私たちを捕らえた方。

乱暴には扱わなかった方。

優しいとは言いませんが、ひどくもなかった方。

その子和様が、丞相様の横に控えていました。

「明珠」

丞相様が私を呼びました。

私は膝をつきます。

「はい」

「そなたは曹子和のもとへ入れ」

私はすぐには意味が分かりませんでした。

子和様のもとへ――

屋敷へ移る、ということでしょうか?

預かり先が変わる、ということでしょうか?

そう考えた私に、丞相様は次の言葉を落としました。

「曹純の室とせよ」

室――

部屋……

では、ないのでしょう。

たぶん――

玉珠の手が、私の袖を掴みました。

「姉上、室ってなに?」

私は答えられませんでした。

子和様は目を伏せています。

文若様は沈黙しておられます。

元譲様は何か言いかけて、やめました。

つまり、これは子どもが知らなくてよい言葉で、けれど子どもの私に向けられた命令なのです。

たいへん不親切です。

「妹は?」

自分の声が、思ったより硬く聞こえました。

丞相様は玉珠を見ました。

「幼い。しばらくは姉のそばに置け」

しばらく――

また、その言葉です。

今は。

当分は。

しばらくは。

大人の優しさには、たいてい期限がついております。

「承知いたしました」

子和様が答えました。

命じられた側の声でした。

私も、命じられた側です。

玉珠も、たぶん分からないまま命じられています。

この場で一番困っていないのは、命じた丞相様だけでございました。

玉珠が、小さく私に聞きました。

「姉上、子和様のおうちに行くの?」

「そうなるようです」

「また車?」

「おそらく」

「玉珠も一緒?」

私は玉珠の手を握りました。

「しばらくは」

玉珠はほっとしました。

「よかった」

よかった――

妹にとっては、それでよいのでしょう。

私と離れない……

それだけが、今の玉珠にとっての安心です。

けれど私は、子和様を見ました。

その方には、私より年上のご子息がいると聞いております。

つまり私は、その方の父上の室になるらしいのです。

人生とは、もう少し順番を守っていただけないものでしょうか?

長坂では荷車。

許昌では皇帝陛下。

今度は子和様の屋敷。

父上の娘であることは、父上の陣ではあまり役に立ちませんでした。

けれど許昌では、たいへんよく役に立ちました。

私の行き先を、私以外の方が決めるために……

その時の私は、子和様が何も言わず目を伏せた理由を、まだ知りませんでした。

劉玉珠です。


許昌に着きました。

とても大きなところでした。

姉上は、皇帝陛下のおうちで、丞相様が鍵を持っている場所だと言いました。

鍵を持っている人のおうちではないのでしょうか?

玉珠には、少し難しかったです。

それから、荀彧文若様と夏侯惇元譲様に会いました。

文若様は、とてもきれいに立っている方でした。

きれいすぎて、少しこわいです。

元譲様は、見た目がこわい方でした。

声も大きいです。

でも、聞いたことにはちゃんと答えてくれます。

元譲様は、お目々を戦場に置いてきて、もう食べたそうです。

すごいです……

父母からもらったものだから、粗末にできないのだと言っていました。

玉珠は、元譲様はとてもえらい方だと思いました。

皇帝陛下にも会いました。

陛下は、やさしい声の方でした。

でも、少し困っているように見えました。

姉上が困っている時と、少し似ています。

玉珠たちを父上のところへ帰してくれるのか聞いたら、陛下は答えてくれませんでした。

皇帝陛下なのに、できないことがあるそうです。

玉珠には、まだよく分かりません。

そのあと、丞相様が帰ってきました。

丞相様は、やっぱり玉珠とあまり変わらない大きさでした。

でも、みんな丞相様の言うことを聞きます。

丞相様は、姉上を子和様の室にすると言いました。

室って、何でしょうか?

お部屋のことでしょうか?

それなら、姉上のお部屋ができるということでしょうか?

でも、姉上は答えてくれませんでした……

子和様も、何も言いませんでした。

玉珠は、姉上と一緒にいていいそうです。

だから、少し安心しました。

でも、姉上の手は、いつもより冷たかったです……

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