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3/22

丞相様、思ったより小さくございませんか?

劉明珠でございます。


前回、私と玉珠は曹軍に捕らえられました。

父上の陣では荷車の上。

曹軍の陣では劉備玄徳の娘。

人間、所属先が変わるだけで扱いも変わるようです。

できれば味方側で確認していただきたかったところでございます。

さて、今回はいよいよ曹操孟徳様にお目通りいたします。

父上が逃げている相手です。

民が恐れている相手です。

曹軍の皆様が、その声を聞いただけで背筋を伸ばす御方です。

さぞ大きな方なのでしょう。

山のような方なのでしょう。

熊のような方なのでしょう。

立っているだけで地面が沈むような方なのでしょう。


ええ――

私もそう思っておりました。

実際にお会いするまでは……

丞相様は、チビでした。

いえ、まずは落ち着きましょう。

天下に名を轟かせる曹操孟徳様。

父上が逃げている相手。

民が震え、兵が従い、曹軍の将たちが一言で動く御方。

その方と対面することになったのですから、私は当然、もっと大きな姿を想像しておりました。

山のような肩。

熊のような腕。

虎のような目。

声を出せば馬が怯え、歩けば地面が沈む。

それくらいでなければ、父上が全力で逃げている理由が分かりません。

ですが、幕舎の中に入った私の目の前にいたのは――

チビでした。

たいへん失礼なことを申しております。

もちろん、口には出しておりません。

心の中でございます。

心の中まで曹軍に捕らえられては、たまったものではありません。

子和様に連れられ、私と玉珠は曹軍の陣へ入りました。

長坂の混乱は、まだ遠くで続いております。

兵は走り、馬は嘶き、奪われた荷が積まれ、捕らえられた民が座らされていました。

その中を、子和様が進むと兵たちが道を開けます。

偉い方は便利ですね。

前へ進みたい時、周りが勝手に退いてくださるのです。

父上も逃げる時に、荷車の方へ道を開けてくださればよかったのですが……

「姉上、丞相様って、どんな人?」

玉珠が私の袖を握ったまま、小声で尋ねました。

「とても偉い方です」

「子和様より?」

「おそらく」

「父上より?」

「今この場所では、たぶん」

玉珠は目を丸くしました。

「じゃあ、大きい人?」

私は答えました。

「そうかもしれません」

ええ――

そう思っておりました。

この時までは……

幕舎の前で、子和様が膝をつきました。

「曹公、劉備の娘二人を連れて参りました」

中から声が返ります。

「入れ」

落ち着いた、穏やかな声でした。

大声ではありません。

けれど、周囲の空気がぴたりと止まりました。

なるほど……

偉い方の声は、音量ではなく立場で響くようです。

私は玉珠の手を握り、幕舎の中へ入りました。

そして見ました。

丞相様を……

チビ――

危うく、声に出るところでした。

危ない。

本当に危ない。

目の前の方は、たしかに丞相様でした。

立派な髭。

鋭い目。

上等な衣。

周囲の将たちが、誰一人として気を抜いていない空気。

ですが――

私より、低い。

私は十三歳です。

父上に似たのか、女子としては背が高い方でございます。

当時の尺にして、およそ七尺二寸ほどはありましょう。

そして丞相様は、私より確実に低い。

玉珠もまた、父上に似たのか、年のわりには背が高い子でした。

それでも八つの妹と同じくらいというのは、なかなか衝撃でございます。

つまり――

チビ。

父上……

あなたは、この方から逃げておられるのですか……

いえ、人は背丈ではありません。

そうです。

きっとそうです。

針も小さいですが痛い。

蜂も小さいですが刺します。

蛇も細いものほど見失いやすく、踏めば噛まれます。

つまり丞相様は、天下を刺す針です。

やはり失礼ですね。

「劉備の娘か」

丞相様が私たちを見ました。

目は大きくありません。

けれど、見られた瞬間、背筋が凍りました。

チビなのに……

いえ、チビだから怖くないという話ではありません。

そこはすぐに分かりました。

この方は、背ではなく目で人を押さえる方です。

「はい、劉明珠にございます。こちらは妹の劉玉珠です」

私は頭を下げました。

玉珠も慌てて真似をします。

「ぎょ、玉珠です」

噛みました。

丞相様の口元が少し動きます。

笑ったのでしょうか?

それとも髭が揺れただけでしょうか?

「姉は十三か?」

「はい」

「妹は」

「八つです」

玉珠が袖を引きました。

「姉上、玉珠、ちゃんと言えた?」

「おおむね」

「おおむね?」

「かなり立派でした」

「よかった」

この状況で安心できる妹は、なかなか大物です。

あるいは、まだ状況が分かっていないだけです。

丞相様は玉珠を見て、それから私へ視線を戻しました。

「顔立ちは悪くないな」

初対面で、まず顔立ち……

劉備の娘として捕らえられ、父上の敵の前へ引き出され、最初に確認されるのが顔。

なるほど――

天下とは、思ったより俗なところで回っているようです。

「恐れ入ります」

本当は恐れ入る場面ではない気もします。

ですが、ここで「何を見ておいでですか、このチビ」と言えば、首と胴が別れる可能性がございます。

心の中だけにしておきます。

このチビ。

丞相様は、私の顔をじっと見ました。

「目元が玄徳に似ている」

私は、一瞬だけ返事を忘れました。

父上の面影。

それを、よりによって父上の敵から言われるとは思いませんでした。

「……父をご存じなのですか?」

「知らぬ仲ではない」

短い答えでした。

父上と丞相様。

仁君と呼ばれる方と、民が恐れる方。

逃げる方と、追う方。

その二人が、かつて同じ場所で言葉を交わしていた。

私は自分の顔に手を当てたくなりました。

この泥だらけの顔に、父上のどこが残っているのでしょうか?

できれば、荷車の確認を忘れるところ以外で似ていてほしいものです。

「玄徳はどこへ行った?」

丞相様が尋ねました。

「存じません」

「逃げたか」

短い……

たいへん短い……

敵の言葉というものは、余計な飾りがない分、刺さりやすいようです。

逃げた――

はい、おそらくその通りです。

けれど、娘の前でそれを言うのは、なかなか趣味が悪い。

しかもチビが言う。

「父は、民とともに南へ向かわれました」

私は答えました。

丞相様の目が細くなります。

「民とともに、か」

「はい」

「娘は置いて」

玉珠の指が私の袖に食い込みました。

私は息を吸いました。

チビ――

この人はチビです。

しかし今の一言は大きい。

本当に腹の立つチビです。

「私たちは輜重隊におりました」

「ならば、荷と一緒に取られたわけだ」

「分類としては、そうなります」

玉珠が私を見上げました。

「姉上、玉珠は荷物なの?」

「違います」

「でも、そうなりますって」

「今のは大人向けの嫌味です」

「いやみ?」

「覚えなくてよろしいです」

「でも姉上、よく言うよ?」

やめなさい、玉珠……

丞相様の前で、姉の日頃の言動を報告してはいけません。

丞相様が小さく笑いました。

笑いかたも、やはり小さい。

ただし、幕舎の中の空気は軽くなりません。

この方が笑っても、周囲は笑ってよいのか迷っております。

なるほど……

偉いチビの笑いは、周囲を困らせるようです。

「口が回る娘だ」

「荷車から落ちても、口だけは無事でございました」

「父に似たか」

「それは、父上に確認していただかないことには……」

「確認できればよいな」

また刺してきました。

このチビ、言葉の矢が多い。

丞相様は子和様へ顔を向けました。

「間違いないのか」

子和様が答えます。

「周囲の捕虜も、玄徳の娘二人が輜重隊にいたと申しております。年頃も合います」

「ふむ」

丞相様は私たちを眺めました。

売り物の馬を見る目ではありません。

かといって、迷子の子どもを見る目でもありません。

駒を見る目でした。

チビなのに、盤面が広い。

嫌な方です。

「母は糜夫人か?」

「はい」

「弟は阿斗」

「母上と一緒におりました」

そう答えた瞬間、胸が痛みました。

母上と弟は一緒。

父上は前方。

私と玉珠は丞相様の前。

家族というものは、こんなに綺麗に分かれるものなのでしょうか?

誰か、並べ方を間違えております。

丞相様は軽く指を動かしました。

たったそれだけで、近くの者が筆と木簡を用意します。

チビなのに、指の届く範囲が広すぎます。

「名を記せ。姉は劉明珠、妹は劉玉珠」

「はっ」

「他の捕虜と混ぜるな。傷を増やすな。女どもの中へ放り込むな」

子和様が頭を下げました。

「承知いたしました」

扱いが、さらに変わりました。

荷車の上では、穀物の袋の隣。

子和様の前では、劉備の娘。

丞相様の前では、記録される名。

なるほど……

名前というものは、敵の陣で急に役に立つことがあるようです。

できれば、父上の陣で使いたかったです。

その時、玉珠が小声で言いました。

「姉上」

「何です」

「丞相様、玉珠と同じくらいだね」

幕舎の中の空気が止まりました。

私は、玉珠の口を塞ぐべきだったと悟りました。

遅すぎます。

妹の無邪気さは、時に矢より速いのです。

子和様の眉が動きました。

近くの兵が息を呑みました。

私は頭の中で、これまでの短い人生を振り返りかけました。

ところが、丞相様は怒りませんでした。

穏やかに笑ったのです。

「子どもの言うことだ」

丞相様は玉珠を見ました。

「確かに、そなたと余はそう変わらぬな」

玉珠はぱっと顔を明るくしました。

「うん!」

玉珠――

そこは元気よく返事をするところではありません……

丞相様は、さらに笑いました。

「背で人を量るなら、余はずいぶん小さい男になる」

私は黙っておりました。

心の中では、たいへん同意しておりました。

もちろん、顔には出しておりません。

顔は本日もよく働いております。

丞相様は私へ目を向けました。

「だが、小さい男に捕らえられた気分はどうだ、玄徳の娘?」

最悪です……

そう答えるわけにもいきません。

「……たいへん、複雑でございます」

「そうであろうな」

丞相様は愉快そうに目を細めました。

小さい――

けれど、ご自身の小ささを笑える方でした。

そして、その小さな体で、私たちの行き先を決める方でした。

なるほど……

父上が逃げる理由が、少しだけ分かった気がいたします。

丞相様は木簡を持つ者へ命じました。

「許昌へ送れ」

許昌――

玉珠は分かっていない顔です。

「きょしょう?」

「都です」

「おうち?」

「違います」

「父上いる?」

「いません」

「母上は?」

「いません」

「阿斗は?」

私は少しだけ言葉に詰まりました。

「……いません」

玉珠の顔が曇りました。

丞相様は私たちを見ていました。

こちらの痛いところばかり見てくるチビです。

「漢室の血筋だ。陛下のお耳に入ることもあろう。身なりを整え、丁重に送れ」

陛下――

皇帝陛下。

父上が皇叔と呼ばれるなら、私たちはその親戚筋になります。

長坂で荷車から落ちた娘が、次は皇帝陛下のお耳に入るかもしれない。

忙しいですね、私の人生……

荷車から都まで、運送の幅が広すぎます。

「丞相様」

私は頭を下げたまま言いました。

「何だ?」

「妹と離されることはございますか」

玉珠の手に力が入りました。

丞相様は少し黙りました。

沈黙――

小さい方の沈黙は、なぜか長く感じます。

背は低いのに、間は長い。

たいへん不公平です。

「今は離さぬ」

今は――

その言葉が、はっきり耳に残りました。

未来は保証しない、ということですね。

たいへん丞相様らしい、親切と不親切を半分ずつ混ぜたお言葉です。

「感謝いたします」

私はそう言いました。

感謝してよいのか分かりません。

けれど、妹と今は離されない。

それだけで、頭を下げる理由になります。

丞相様は椅子に座り直しました。

座ると、さらに小さく見えます。

チビ――

いけません。

心の中が乱れております。

「怖くないのか?」

丞相様が言いました。

「怖くないと申せば、嘘になります」

「では、なぜ震えぬ?」

「妹が見ておりますので」

玉珠が私を見上げました。

「姉上、震えてるよ?」

玉珠――

そこは黙っていてください。

丞相様が声を出して笑いました。

「面白い娘だ」

面白い――

捕虜として、あまり良い評価ではありません。

珍しい鳥や、変わった獣にも使われそうな言葉です。

籠に入れられないことを祈ります。

「連れて行け」

丞相様の一言で、私たちの許昌行きは決まりました。

チビの一言で……

大きな馬車でもなく、重い門でもなく、ただ小さな体から出た一言で、私たちの道が変わりました。

子和様が私たちを促します。

「行くぞ」

帷幕をくぐる直前、玉珠が小声で聞いてきました。

「姉上」

「何です」

「丞相様、怒ってなかったね」

「器の大きい方なのでしょう」

「背は?」

「玉珠」

「うん?」

「それは、二度と言ってはいけません」

玉珠は不思議そうに首をかしげました。

「どうして?」

私は帷幕の向こうにいる丞相様を思いました。

小さい――

思ったよりずっと小さい。

私より低い。

玉珠と同じくらい。

でも、今の私たちの行き先を決めた方。

「小さい声でも、偉い方には届くことがあるからです」

玉珠は目を丸くしました。

「すごいね」

「ええ……たいへん困ったことに」

外へ出ると、夕方の風が泥のついた頬に当たりました。

許昌へ送られる……

父上のもとではなく。

母上のもとでもなく。

弟のもとでもなく。

あの、思ったより小さな丞相様の命令で。

用意された車を見て、私は思わず笑いそうになりました。

また車です。

荷車から落ちたばかりなのに、今度は許昌行きの車です。

ただし、今度は穀物の袋の隣ではありません。

劉備の娘として。

漢室の血筋として。

丞相様の命令で。

たいへん出世した荷物でございます。

玉珠が私の手を握りました。

「姉上、許昌に行ったら、父上に会える?」

私は答えられませんでした。

車の前で、子和様が兵に命じます。

「出立の支度を急げ。曹公の命だ。許昌へ送る」

許昌――

そこには皇帝陛下がおられる。

そして丞相様は言いました。

陛下のお耳に入ることもあろう、と……

私はこの時、ようやく理解いたしました。

長坂で荷車から落ちた不幸は、まだ始まりにすぎません。

次に待っているのは、父上の敵の都。

そして、父上の親戚であるはずの皇帝陛下でございます。

その皇帝陛下が、私たちを助けられる方なのか。

それとも、私たちと同じく、誰かの手の中にいる方なのか。

この時の私は、まだ知りませんでした。

劉玉珠です。


丞相様に会いました。

姉上は、丞相様はとても偉い方だと言いました。

父上より偉いかもしれないとも言いました。

だから玉珠は、大きい人だと思っていました。

でも、丞相様は玉珠と同じくらいでした。

姉上は、それを二度と言ってはいけないと言いました。

でも丞相様は怒りませんでした。

だから、丞相様は背は小さいけれど、器は大きい方なのだそうです。

器って、どこにあるのでしょうか。

背より大きいなら、ちょっと見てみたいです。

丞相様は、姉上の顔を見て、父上に似ていると言いました。

父上の敵なのに、父上の顔を覚えているそうです。

玉珠は少し不思議でした。

父上の陣では、姉上と玉珠がどこにいるか、あまり覚えられていなかったのに……

丞相様は、玉珠たちを許昌へ送ると言いました。

許昌には皇帝陛下がいるそうです。

皇帝陛下は、父上の親戚なのだそうです。

親戚なら、玉珠たちを帰してくれるのでしょうか。

でも姉上は、答えてくれませんでした。

丞相様は小さい声でも、みんなに届きました。

父上の声は、まだ聞こえません。

許昌に行ったら、聞こえるのでしょうか?

それとも、もっと遠くなってしまうのでしょうか?


玉珠には、まだ分かりません。

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