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2/18

捕らえた方が丁寧なのは、どういうことでしょうか?

劉明珠でございます。


前回、私は荷車から落ちました。

妹の手も、私の手から抜けました。


父上は前方。

母上も前方。

弟も前方。


そして私たち姉妹は、たいへん分かりやすく後方でございます。


長坂とは、後世では趙子龍殿が駆ける美談として語られるのでしょう。

ですが、荷車の周辺にも一応、人間がおりました。


今回は、その荷車の周辺でのお話です。


なお、私たちを拾った方は、父上の家臣ではございませんでした。

世の中、探してほしい人ほど来てくださらないものですね。

玉珠の手が、私の手から抜けました。

その瞬間、私の中で何かが切れました。

姉というものは、なるべく冷静であるべきです。

妹の前で泣かず、騒がず、怖くない顔をして、袖を掴ませておく。

ええ――

立派な心がけでございます。

ですが、妹が知らない兵の腕に抱え上げられ、土煙の向こうへ消えようとしている時まで、冷静でいろというのは少々無理がございます。

「玉珠!」

私は叫びました。

荷車の上ではありません。

半分横倒しになった荷車の脇で、布束と木箱の間から這い出しながらです。

髪には藁が絡み、膝は泥だらけ、片方の袖は裂けておりました。

劉備玄徳の娘としては、たいへん見栄えの悪い登場でございます。

ただ、長坂において見栄えを気にしている余裕のある者は、たぶん絵巻の中にしかおりません。

「玉珠! 返して!」

私の声に、近くの兵がこちらを向きました。

鎧が違います。

父上の兵ではありません。

母上の周りにいた者でもありません。

曹軍です。

なるほど……

最悪です。

もう少し段階を踏んでいただきたいところでした。

「子どもがいるぞ」

「こっちにもだ。逃がすな」

逃がすな――

私は、その言葉に腹が立ちました。

こちらは最初から逃げ遅れております。

父上の前方移動に置いていかれ、荷車に乗せられ、車ごとひっくり返り、妹まで持っていかれました。

逃がすな、ではありません。

まず逃げる機会をください……

兵の一人が、私の腕を掴みました。

指が強く食い込みます。

「放してください!」

「暴れるな」

「妹を返してください!」

「おとなしくしろ」

「おとなしくして妹が返るなら、とっくにしております」

兵が眉をひそめました。

十三歳の捕虜に口答えされるとは思わなかったのでしょう。

申し訳ございません。

口だけは、荷車から落ちても無事でございました。

私は腕を振り払おうとしました。

もちろん、振り払えません。

相手は鎧を着た大人の兵です。

こちらは荷車から転げ落ちた十三歳です。

勝負として成立しておりません。

その時、後ろから声が飛びました。

「乱暴に扱うな」

兵の手が、ぴたりと止まりました。

道の向こうから、馬に乗った男が近づいてきます。

土埃の中でも姿勢が崩れず、周囲の兵が自然に道を開けました。

先ほど見た趙子龍殿とは違います。

白い馬でもありません。

けれど、兵が従う空気は同じでした。

偉い方です。

困りました……

偉い敵ほど面倒なものはございません。

男は私を見下ろしました。

鋭い目でした。

泣いている子どもを慰める目ではありません。

戦場で、拾ったものの価値を見定める目でございます。

たいへん感じが悪い。

「怪我は?」

短い問いでした。

私は一瞬、答えに迷いました。

敵です。

妹を連れて行った側の人間です。

素直に返事をする理由はございません。

ただ、膝から血が出ているのは事実でした。

袖も裂け、手のひらも擦りむいております。

この状態で「無傷でございます」と言うのは、皮肉ではなくただの見栄です。

「妹ほどではありません」

「妹がいるのか」

「今、あなた方の兵が抱えて行きました」

男の目が横へ動きました。

「子どもを連れている者は?」

すぐに兵が応じます。

「こちらです」

人垣の向こうから、玉珠の泣き声が聞こえました。

「姉上! 姉上!」

生きています。

その声だけで、私は足から力が抜けそうになりました。

ですが、ここで座り込めば負けた気がします。

何に負けるのかは分かりません。

たぶん、戦場と、荷車と、父上の配置判断にです。

玉珠は兵に抱えられていました。

暴れたのか、髪がほどけ、頬に泥がついております。

けれど血は見えません。

私は息を吐きました。

「玉珠!」

「姉上!」

玉珠が私へ手を伸ばしました。

兵が困った顔で男を見ます。

男は少しだけ眉を動かしました。

「姉妹なら離すな。泣かせると余計に手間が増える」

たいへん実務的な理由でございました。

優しさではありません。

決して優しさではありません。

けれど、その命令で玉珠は私のところへ下ろされました。

玉珠は飛びついてきました。

私は受け止めきれず、少しよろけます。

姉の威厳というものは、泥の上ではよく滑ります。

「姉上、こわかった……」

「私もです」

「姉上も?」

「もちろんです」

「でも、顔がこわくないよ……」

「それは顔が頑張っているからです」

玉珠は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、こくりとうなずきました。

「姉上の顔、えらいね……」

ええ――

私の顔は、本日いちばん働いております。

男が馬上から私たちを見ていました。

その表情は変わりません。

「名は?」

私は玉珠を抱えたまま、男を見上げました。

ここで名乗るべきか?

少し迷いました。

ただの民の娘と思われた方がよいのか?

劉備玄徳の娘だと知られた方がよいのか?

普通に考えれば、敵に身分を明かすなど愚かです。

しかし、今の私たちには逃げる足も、守ってくれる兵も、父上の姿もございません。

黙っていれば、荷物と同じようにまとめられるだけです。

荷車の上から荷扱い。

捕まっても荷扱い。

それは少々、腹が立ちます。

私は背筋を伸ばしました。

泥だらけの背筋です。

伸ばしたところで見栄えは戻りませんが、気持ちの問題でございます。

「私は劉明珠。こちらは妹の劉玉珠にございます」

男の目が細くなりました。

「劉?」

周囲の兵が、ざわめきました。

玉珠が私の袖を握ります。

今度はちゃんと私の袖です。

「父は、劉備玄徳です」

ざわめきが、はっきり変わりました。

先ほどまで私たちは、荷車の脇に転がっていた子どもでした。

ところが父上の名を出した途端、兵たちの目つきが変わったのです。

なるほど――

父上の娘であることは、父上の陣ではあまり確認されませんでした。

曹軍では、たいへんよく確認されるようです。

味方より敵の方が、血筋を丁寧に数える場合がある。

長坂で得た、あまり嬉しくない学びでございます。

男は馬を下りました。

「劉備の娘だと?」

「そう申し上げました」

「証は」

「この状況で印綬を持っている十三歳がおりましたら、むしろそちらを褒めていただきたいです」

兵の一人が、口元を引きつらせました。

男は笑いませんでした。

少しもです。

冗談の通じない方でした。

敵としては正しいのでしょうが、会話相手としては困ります。

「母は?」

「糜夫人です」

「弟は?」

「阿斗です。母上と一緒に前方へ」

そこまで言って、私は息を止めました。

母上と弟は一緒……

父上は前方に逃げている……

先ほど玉珠に答えた言葉が、自分に返ってきました。

前です。

全部、前です。

男はしばらく私を見ていました。

それから、周囲へ命じます。

「この二人を他の捕虜と混ぜるな。女どもの方へも回すな。水を与えろ。怪我を見ろ」

扱いが変わりました。

良くなった、と言ってよいのでしょうか。

もちろん、自由にはなっておりません。

助かったわけでもありません。

父上のもとへ返される気配もございません。

ただ、腕を引きずられることはなくなり、玉珠は私の隣に戻り、水まで出されました。

捕らえた側の方が丁寧なのは、どういうことでしょうか。

歴史の神様――

もしお暇でしたら、説明をお願いいたします。

玉珠は木椀を両手で持ち、少しずつ水を飲みました。

「姉上、この人たち、悪い人?」

たいへん答えにくい質問です。

「敵です」

「敵は悪い人じゃないの?」

「悪い人の場合もあります。そうでない場合もあります」

「じゃあ、この人たちは?」

私は男を見ました。

私たちを捕らえた人。

妹を泣かせた人。

しかし、兵を止め、水を出させ、姉妹を離さないよう命じた人。

最悪の出会いです。

ただ、最悪の扱いではありませんでした。

それがまた、腹立たしい。

「まだ分かりません」

「ふうん」

玉珠は難しい顔をしました。

たぶん分かっていません。

それでいいのです。

男が近くの兵に何かを確認しています。

断片的に、言葉が聞こえました。

「輜重は確保したか」

「かなりの数を」

「女子どもは分けろ」

「劉備の娘二人も?」

「この二人は曹公へ」

曹公――

私はその名を聞いて、椀を持つ手に力が入りました。

曹操――

父上が逃げている相手。

民が恐れている相手。

今、この戦場でいちばんこちらに来てほしくない方。

そこへ、私たちは連れて行かれるらしい……

玉珠が小さく首をかしげました。

「姉上、そうこうって誰?」

「……とても偉い方です」

「父上より?」

「今この場所では、たぶん」

玉珠の目が丸くなりました。

「じゃあ、その人にお願いしたら、おうちに帰れる?」

私は答えられませんでした。

丞相様にお願いする。

なんと無邪気で、恐ろしい発想でしょう。

男がこちらへ戻ってきました。

「歩けるか?」

「妹は疲れております」

「馬に乗せる」

「どちらへ?」

「曹公のもとだ」

「父上のもとではなく?」

分かっていて聞きました。

男は静かに答えます。

「ここは曹軍の中だ」

たいへん分かりやすい説明でございます。

分かりやすい説明ほど、時に残酷です。

私は玉珠の手を握りました。

今度は、こちらから。

「あなたのお名は?」

男は短く答えました。

「曹純、字は子和だ」

曹純――

その名を、私はこの時初めて聞きました。

後に知ることになります。

長坂で父上を追い、輜重を奪い、そして劉備玄徳の娘二人を捕らえた将であると……

つまり、私たち姉妹の人生を荷車ごと別の道へ押し出した方でございます。

子和様は、私たちを乱暴には扱いませんでした。

それは事実です。

ですが、優しかったとも申しません。

なにしろ、出会いの場所が長坂です。

状況が捕虜です。

こちらは泥まみれで、妹は泣いていて、父上は前へ行っております。

第一印象を良くしろという方が無理でございます。

子和様は兵に命じました。

「劉備の娘二人を、曹公のもとへお連れする」

玉珠が私の袖を握り直しました。

「姉上、曹公って、怖い?」

私は少し考えました。

父上は仁君。

母上は烈女。

弟は皇帝になる子。

そして私は、今から丞相様に会う捕虜。

たいへん豪華な人物紹介です。

できれば参加したくありませんでした。

「玉珠」

「うん」

「怖い時は、袖を掴んでいなさい」

「うん」

私は玉珠の手を包みました。

子和様の兵が、私たちの前に馬を引いてきます。

戦場の土煙の向こう、旗が揺れていました。

その先に、丞相様がいる。

私はこの時、ようやく理解いたしました。

荷車から落ちたくらいで、今日の不幸が終わるとは限らないのだと……

劉玉珠です。


知らない兵の人に抱えられた時、もう姉上に会えないのかと思いました。


でも、姉上はちゃんと来てくれました。

泥だらけで、袖も破れていて、少しこわい顔をしていました。


姉上の顔は、やっぱりえらいです。


子和様という人は、こわそうでした。

でも、水をくれました。

姉上と離れないようにもしてくれました。


だから、悪い人なのか、いい人なのか、玉珠にはまだ分かりません。


ただ、次に会う人は曹公という、とても偉い人だそうです。


姉上は、父上より偉いかもしれないと言いました。


では、その人にお願いしたら、父上のところへ帰れるのでしょうか?


……でも、姉上は、答えてくれませんでした。

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