文烈様、父上の急所を書いた妻をどうお読みになりますか?
劉明珠でございます。
父上の急所を書いてしまいました。
たいへん不本意でございます。
私はただ、父上を皮肉っただけのつもりでした。
益州を得た父上が、いずれ漢中を見る。
荊州を揺さぶられれば、きっと忙しく走る。
娘二人を長坂に置いても足を止めなかった方が、地図の端を突かれれば振り向く。
たいへん分かりやすい仁君でございます。
褒めておりません。
ところが困ったことに、その皮肉は、魏公様のお役に立つ文でもございました。
悪口のつもりで書いたものが献策になる。
これはもう事故でございます。
筆の暴走です。
できれば筆を叱りたいところですが、握っていたのは私の手でございました。
たいへん逃げ場がございません。
魏公様なら、きっと笑われるでしょう。
父上に置いていかれた娘が、父上の痛いところを曹家側へ差し出したのです。
あの方のことです。
きっとお腹でも抱えて笑われるでしょう。
迷惑です。
私の傷で軍中を明るくしないでいただきたい……
けれど、本当に怖いのは魏公様ではございません。
文烈様です。
魏公様に読まれるのは、まだ耐えられます。
あの方は、人を読むことを息のようになさいますから……
けれど文烈様に読まれるのは困ります。
父上の急所を書いた妻を、文烈様はどうお読みになるのでしょう。
曹休家を守ったと見てくださるのでしょうか。
それとも、劉備玄徳の娘が、ついに父を切ったとお思いになるのでしょうか?
いえ、たぶん一番困る読み方をなさいます。
私が、傷ついたと読まれるのでしょう。
たいへん困ります。
叱られる方が、まだ楽です。
怒られる方が、まだ逃げ道があります。
優しく読まれると、人はどこにも隠れられません。
今回は、私が父上を読んだ後、私自身が読まれるお話でございます。
文烈様――
どうか、できれば怒ってくださいませ。
いっそ、ひどい妻だとおっしゃってくださいませ。
けれどもし、あなたがそうなさらないのなら……
私は、あなたの文を開ける手を、止められないのでございます。
魏公様への文を渡してから、曹休家の奥は、また静かになりました。
たいへん正しい静けさです。
寧珠は眠り、曹肇は帳面を見ているふりをし、曹纂は兄の真似をして帳面を逆さに持っております。
玉珠がいれば、間違いなく指摘したでしょう。
いえ、指摘する前に鼻へ向かったでしょう。
そして私に叫ばれたはずです。
いない人間とは、不思議なものです。
いないのに、やかましい。
いる時よりも、よほどこちらの耳に残る。
たいへん迷惑な妹でございます。
会いたいとは言っておりません。
褒めてもおりません。
私は机の上に残った筆を見ておりました。
昨夜まで、それで父上の急所を書いておりました。
漢中を押さえろ。
荊州を揺さぶれ。
益州へ圧をかけろ。
父上は娘二人を置いても足を止めなかったが、地図の端を突かれれば走るだろう。
たいへん見事な悪口です。
たいへん見事な献策でもあります。
つまり、私は父上を皮肉ったつもりで、魏公様のお役に立つ文を書いてしまったわけでございます。
どうしましょう……
役に立ってしまいました……
これほど腹立たしい失態もなかなかございません。
「母上」
曹肇が、帳面から顔を上げました。
「昨日の文のことを、まだ考えておられますか」
「私は何も考えておりません」
「そういうお顔ではございません」
似なくてよいところが、文烈様に似てきております。
困ったものです。
「肇」
「はい」
「世の中には、読まれたくない文というものがございます」
「魏公様へ出された文ですか?」
「ええ」
「でも、魏公様はお読みになるでしょう」
「それは構いません。あの方は、読まなくても人の頭を開ける方ですから」
「では、誰に読まれたくないのですか?」
私は答えませんでした。
曹肇はすぐに分かったようです。
「父上ですか?」
曹肇の父上――
文烈様……
その名が声にならないまま、曹休家の奥に落ちました。
父上という言葉は、本当に面倒です。
私の父上を切る文を、曹肇の父上に読まれる。
父上の急所を書いた妻を、文烈様はどうお読みになるのでしょう。
曹家の奥方として立派だとお思いになるでしょうか?
劉備玄徳の娘が、ついに父を売ったとお思いになるでしょうか?
それとも、そんなものはどちらでもよく、ただ私が傷ついたとだけお思いになるのでしょうか?
一番困るのは、たぶん最後です。
魏公様に使える女だと読まれるより、文烈様に傷を読まれる方が、ずっと逃げ場がございません。
「母上」
曹肇が静かに言いました。
「父上は、怒られないと思います」
「なぜ分かるのです?」
「父上は、母上が困っている時、先に怒られません」
私は曹肇を見ました。
この子は、まだ幼い。
けれど、見ている。
私と文烈様の間にあるものを、子供の目で見ている。
たいへん困ります。
曹休家の男子は、人の逃げ道を塞ぐのが少し上手すぎます。
そこへ、夏侯家から文が届きました。
また紙です。
この世はどうしてこんなに紙が多いのでしょう。
燃やしたいものばかり増えていきます。
開くと、元譲様の字で短く記されておりました。
玉珠、唇亡びて歯寒しを聞く。
唇がなければ汁物がこぼれると申す。
菓子の落下を憂える。
鼻へ向かう気配あり。
未遂。
以上。
私はしばらく文を見つめました。
「母上?」
曹纂が首を傾げます。
「玉珠が元気です」
「鼻ですか?」
「未遂です」
「なら、大丈夫ですね」
とうとう曹纂まで、鼻の未遂を安否と結びつけるようになりました。
曹休家と夏侯家の教育は、どちらへ進んでいるのでしょう……
きっと誰にも分かりません。
ただ、玉珠は生きています。
唇を心配し、汁物を心配し、菓子を心配し、ついでに鼻へ向かい、元譲様に止められている。
生きています……
それだけで、私は少し笑ってしまいました。
笑った直後、胸の奥が痛みました。
私は笑える……
父上の急所を書いても、笑える……
それがますます、自分をどこかへ押しやるようでございました。
その頃、江東の陣中では、私の文が魏公様の手に届いていたそうです。
これは後に文烈様から聞いた話でございます。
魏公様はまず、黙って読まれたそうです。
それから、もう一度、最初から読まれたそうです。
さらに、私が書いた、
娘二人を置いても足を止めなかった方が、地図の端を突かれれば走り出す。
たいへん分かりやすい仁君でございます。
褒めておりません。
そこへ来たところで、肩を揺らされたそうです。
周囲の者は、魏公様が怒られたのかと思ったらしいです。
違います。
笑ったのです。
最初は喉の奥で。
次に、こらえきれなくなったように。
そしてついには、陣中に響くほど声を上げて笑われたそうです。
たいへん迷惑でございます。
私の父上に対する皮肉で、軍中を明るくしないでいただきたい。
「玄徳め」
魏公様は文を手にしたまま、笑いながらおっしゃったそうです。
「娘を置いていった先で、その娘に己の急所を読まれるとはな」
文烈様は、その場に控えておられました。
笑わなかったそうです。
ええ、でしょうね。
文烈様は、そういう方です。
魏公様はさらに笑われました。
「文烈」
「はい」
「そなたの妻は、ひどい女だ」
「私の妻です」
「知っておる。だから笑っておる」
たいへん困ります。
なぜそこで胸を張るのですか、文烈様。
私は褒められているのですか。
それとも、ひどい女として正式に曹休家へ登録されたのですか。
名札が増えるのはもう結構です。
劉氏明珠。
曹休文烈の妻。
曹家の火種。
曹休家の奥方。
ひどい女。
背中どころか額にも貼られそうでございます。
魏公様は文を伏せ、しばらくまだ笑っておられたそうです。
「玄徳の娘だな」
「はい」
「だが、玄徳の娘として書いてはおらぬ」
文烈様は黙っておられたそうです。
「文烈の妻として書いておる。曹休家を見ておる。そなたの留守を守る女の文だ」
「はい」
「嬉しかろう」
「……はい」
「なら、なぜその顔だ」
魏公様は、笑いを残したまま文烈様を見られたそうです。
文烈様は少し間を置いて、答えられました。
「明珠が、傷ついていると思います」
魏公様は、そこでまた笑われたそうです。
ただし、今度は先ほどより少し短かったと聞きました。
「だから、そなたの妻なのだ」
本当に、魏公様は悪い方です。
何でも読んでおられる。
父上を読むよう私に命じておきながら、私を読み、文烈様まで読む。
紙一枚で何人開ければ気が済むのでしょう。
魏公様は、そこで返文の文言を口にされたそうです。
それは、私がすでに曹休家の奥で受け取っていた、あの短い文と同じものでございました。
読めておる。
玄徳の娘としてではない。
文烈の妻としてだ。
火種は、炉にもなる。
そしてその後、文烈様は別に筆を取られたそうです。
誰にも見せずに。
魏公様にもお見せにならず。
それが、私宛ての文だと聞いたのは、さらに後のことでございます。
数日後の夕刻、曹休家の奥に、江東からの急使が入りました。
私は寧珠を抱いたまま、使者の前へ出ました。
曹肇と曹纂も後ろに控えております。
使者は深く礼をし、封を差し出しました。
「文烈様より、奥方様へ」
胸の奥が、嫌なほど静かになりました。
魏公様の文なら、皮肉で受け取れます。
元譲様の文なら、玉珠の鼻で息ができます。
けれど文烈様の文は、どう扱えばよいのでしょう。
鍵がありません。
箱ではありません。
封は、私の手で開けられます。
だから困るのです。
私は封の上の字を見ました。
明珠へ。
ただ、それだけです。
それだけで、手が止まりました。
父上の文を入れた箱は、鍵がなくて開きません。
けれど文烈様の文は、鍵などなくても開いてしまう。
たいへん困ります。
曹肇が小さく言いました。
「母上」
「はい」
「読まれますか」
私は、すぐには答えられませんでした。
読まなければならない。
読めば、きっと逃げられない。
私は父上を読めと言われ、父上を読みました。
そして今度は、文烈様に読まれた私を、私自身が読まなければならないのでございます。
封に指をかけました。
紙が、小さく音を立てます。
その音が、箱の鍵よりも大きく聞こえました。
文烈様。
どうか、怒ってくださいませ。
いっそ叱ってくださいませ。
その方が、きっと楽でございます。
私は封を開きました。
中には、短い文がありました。
最初の一行を読んだ瞬間、私は息を止めました。
――文は読んだ。
劉玉珠です。
夏侯家では、今日も鼻が見張られております。
元譲様の家は、たいへんよい家です。
ごはんがあります。
菓子もあります。
寝る場所もあります。
ただし、鼻へ向かう道だけが、やけに警備されております。
玉珠は思いました。
漢中より、玉珠の鼻の方が守りが固いのではないでしょうか。
そう言ったら、元譲様に見られました。
片目で、じっと……
玉珠はすぐに手を下ろしました。
今のは軍略ではありません。
鼻略でもありません。
ただの感想です……
姉上の文が、江東の魏公様へ届いたそうです。
魏公様は、それを読んで笑ったそうです。
とても笑ったそうです。
玉珠は少し腹が立ちました。
姉上は、父上のことを書く時、いつも少し痛そうです。
痛いところから出た言葉で、魏公様が笑うのは、少しずるいと思います。
でも、魏公様はそういう方なのでしょう。
人の傷を見ても、ただ可哀想とは言わない。
使えるか、面白いか、火になるか、炉になるかを見る方です。
玉珠には、まだ難しいです。
菓子なら、食べられるか食べられないかで分かります。
人は、そうはいきません。
文烈様は、笑わなかったそうです。
そこは、玉珠にも分かります。
文烈様は、姉上が怒っている時、怒りだけを見ません。
姉上が皮肉を言う時、皮肉だけを聞きません。
姉上が父上の急所を書く時、きっとその奥の痛いところまで見てしまいます。
たいへん困った夫です。
姉上にとっては、逃げ道を塞ぐ夫です。
でも、たぶん、それがよいのです。
姉上は逃げるのが下手ではありません。
十三歳の時から、逃げられない場所で生きてきた人です。
それでも、文烈様の前では、少しだけ逃げられなくなる。
玉珠は、それを怖いと思います。
それから、少し安心もします。
父上――
玉珠たちは、まだ生きています。
姉上は、父上の急所を書ける人になりました。
そして文烈様は、その姉上を読める人です。
これは幸せなのでしょうか?
それとも、とても怖いことなのでしょうか?
玉珠にはまだ分かりません。
でも、分かることもあります。
姉上はたぶん、文烈様の文を開けます。
怒ってほしいと思いながら……
叱ってほしいと思いながら……
でも、本当は怒られないことを少しだけ分かっていながら……
……元譲様。
今のは鼻ではありません。
姉上のことを考えると、指が勝手に上へ行くだけです……
文烈様――
どうか、姉上を読んだなら、ちゃんと抱きしめるような文を書いてください。
紙では抱きしめられません。
でも姉上は、紙でも少し泣きそうになる人です。
指は、まだ鼻の前です。
でも、姉上の文の続きは、もう目の前です。




