表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/20

丞相様、その一行で札を書き換えないでくださいませんか?

劉明珠でございます。


前回、小箱の底にあった文を読みました。

亡き母君が、文烈様へ残された文です。

亡き方の文ほど、返事に困るものはございません。

生きている方なら、困ります、と申し上げられます。

少しは手加減してください、と恨み言の一つも言えます。

けれど亡き方は、黙っておられます。

黙ったまま、こちらの胸へ重いものを置いていかれます。

その文には、曹肇様と曹纂様のことが書かれておりました。

母がいなかったとは言わないでください。

私はおりました。

抱きました。

名を呼びました。

そして、いつか後に来る方がいるなら、その方を私の代わりにしないでください、と……

私を盾にして、その方を傷つけないでください、と……

たいへん困ります。

私は、亡き母君を消さないつもりでおりました。

ところが亡き母君の方も、後に来る誰かを守ろうとしておられたのです。

その誰かが、どうやら今は私らしいのですから、皮肉の返し先がございません。

曹肇様は、母上は明珠殿を怒っていないのか、とお尋ねになりました。

私のことを書かれた文ではない、と申し上げました。

けれど曹肇様は、こう仰いました。

でも、今は明珠殿だ、と……

幼い若君というものは、時々、大人の逃げ道を正面から塞いでまいります。

私はその場で、曹肇様からもう一つ頼まれました。

いつか曹纂様に母君の話をする時、一緒にいてほしい、と……

簡単に頷けることではございません。

けれど、私は断れませんでした。

曹纂様は眠ったまま私の袖をつかみ、曹肇様は起きたまま私の袖に触れておられました。

同じ袖でも、意味が違います。

そして私は、その違いをもう分かってしまっております。

たいへん不本意です。

今回は、その続きです。

亡き母君の文をようやく折り直したところへ、また文が届きました。

丞相様からです。

文烈様からではございません。

文烈様は、丞相様に従って西へ向かっておられます。

その丞相様から、急ぎの文が来る。

これほど開けたくない文も、なかなかございません。


父上――

あなたの娘は、敵地で文ばかり読まされております。

文烈様の文。

亡き母君の文。

そして今度は、丞相様の文。

曹休家は、どうやら文まで強いようでございます。

私はまだ、一つ目の重さも置き場を決められておりません。

それなのに、次の文が戸の外で待っているのです。

急ぎの文というものは、たいてい急いで開けたくない内容をしております。

たいへん困ります。

ゆっくり開けたい文ほど急ぎと書かれ、急がなくてよい文ほど穏やかな顔で届くのです。

世の中は、どうしてこうも人の都合を聞いてくれないのでしょうか?

小箱の底には、亡き母君の文があります。

私の片袖には、眠ったままの曹纂様の手があります。

もう片方の袖には、曹肇様の手があります。

そして戸の外には、丞相様より届いた急ぎの文。

これ以上、どこを塞がれればよいのでしょう。

「姉上」

玉珠が小さな声で言いました。

「文烈様じゃないの?」

侍女は先ほど、文烈様よりではないと申しました。

その一言で、部屋の空気は冷えました。

丞相様からの文。

文烈様が従っておられる方からの文。

けれど、文烈様からではない文。

並べるだけで、人の胸を嫌な形に締めつけます。

「まだ中を見ておりません」

私は答えました。

「見たら分かる?」

「見なければ分かりません」

「見るの、怖い?」

やめなさい……

今それを真っ直ぐ聞くのは、やめなさい。

玉珠は悪気がない分、時々たいへん鋭い刃物になります。

「怖くはありません」

「じゃあ、嫌?」

「……少し」

曹肇様が、私の袖をつかむ手に力を込めました。

「父上は」

声が硬い。

「父上に何かあったのか?」

「そうとは限りません」

「でも、丞相様からだ」

「はい」

「父上からではない」

「はい」

「なら、なぜ?」

その問いに、私はすぐ答えられませんでした。

曹肇様の目が、私を見ています。

父上を失いたくない子どもの目でした。

先ほどまで、亡き母君の文を読んでいたのです。

母を失った子のそばで、父の安否が分からぬ文を開く。

順番が悪すぎます。

いえ――

この世は、いつも順番など考えてくれません。

私は亡き母君の文をそっと小箱へ戻しました。

まだ置き場所を決められなかったはずなのに、今はそうするほかありません。

「こちらへ」

私が告げると、戸が静かに開かれました。

侍女が膝をついたまま、文を差し出します。

封には、丞相府の印がありました。

重い。

紙が重い。

鍵も文も、なぜこうも小さいくせに重いのでしょうか。

玉珠が小さく息を吸いました。

曹肇様は黙っています。

曹纂様は眠っています。

この幼い方だけが、まだ何も知らずにいられます。

私は封を切りました。

文面は短いものでした。

短い文は、たいてい怖い。

余計な慰めがないからです。

私は最初の一行を見て、まず息を吐きました。

曹休は健在である。

その一文だけで、私の指から力が抜けかけました。

いけません。

まだ途中です。

安堵したところを、次の文で刺されることもございます。

世の中は油断なりません。

「文烈様は」

曹肇様が身を乗り出しました。

「ご無事です」

私がそう言うと、曹肇様は目を閉じました。

ほんの一瞬です。

泣きはしません。

けれど、その一瞬だけ、子どもの顔になりました。

玉珠もほっとしたように肩を下げました。

「よかった」

「ええ」

本当に……

そこだけは、よかった。

私は続きを読みました。

軍中にて私信を禁じている。

曹休は、屋敷へ無事を知らせたがっていた。

ゆえに、余が代わって知らせる。

余計な心配で屋敷を乱すな。

この方は、安堵させる文にすら命令を混ぜてこられます。

たいへん丞相様らしい。

文烈様なら、まず詫びるでしょう。

私を困らせてすまぬ、と……

丞相様は違います。

無事を知らせる。

乱すな。

以上。

山を動かすような方は、文も岩のようでございます。

「父上は、無事なのか?」

曹肇様がもう一度尋ねました。

「はい。丞相様が、そう書いておられます」

「父上は、文を書けないのか?」

「軍中で私信を禁じているそうです」

「父上は、書きたかったのか?」

そこを聞きますか……

この若君も、父君に似て逃げ道を塞いでまいります。

「そのようです」

私が答えると、曹肇様の顔が少しだけ緩みました。

「そうか」

小さな声でした。

その声に、寂しさと嬉しさが同じだけ入っていました。

私は文へ視線を戻しました。

そこで終わっていれば、まだよかったのです。

けれど、丞相様の文がそれだけで終わるはずもありません。

西方にて別の報も入った。

劉備玄徳、劉璋に招かれ、益州へ入る。

その名を見た瞬間、胸の奥が冷えました。

劉備玄徳――

父上。

私を長坂に置いていった方。

弟を抱かれて英雄譚の中へ戻った方。

そして今も、遠くで戦と縁を拾いながら、生きておられる方。

益州――

また西です。

文烈様は丞相様に従い、西へ向かっています。

父上もまた、別の西へ入る。

私は曹休家の奥で、亡き母君の文と、幼い若君方の手に囲まれている。

たいへん不思議です。

いえ――

不思議などという柔らかい言葉では足りません。

人生とは、時々、笑うしかないほど意地が悪い。

「姉上?」

玉珠が私の顔を覗き込みました。

「顔が、変です」

「変ではありません」

「でも、変です」

「言い直しても同じです」

「父上の名前があった?」

私は返事をしませんでした。

玉珠は、こういう時だけ本当に鋭い。

曹肇様も私を見ています。

父上という言葉に反応したのでしょう。

曹肇様にとって父上は文烈様です。

玉珠にとって父上は劉備玄徳です。

私にとっても、そうです。

そうであることを、消すことはできません。

つい先ほど、私は曹肇様に言いました。

母君を忘れなくてよい、と。

いなかったことにしなくてよい、と。

それなら、私もまた、父をいなかったことにはできないのでしょう。

なんと厄介なことを、自分で言ってしまったのでしょうか?

「父上は」

私はゆっくり言いました。

「益州へ入られたそうです」

玉珠は首を傾げました。

「益州?」

「遠いところです」

「父上は、迎えに来るの?」

その問いは、幼い声でした。

幼いからこそ、余計に痛い。

迎えに来る――

その言葉を、私はいつから心の中で避けるようになったのでしょう。

「今は、違います」

私は答えました。

「父上は、益州へ招かれて向かわれたのです」

「玉珠たちのところじゃないの?」

「違います」

玉珠は少し黙りました。

お菓子の話ならすぐ次の言葉が出る妹が、すぐには何も言いませんでした。

それだけで、私の胸はまた少し痛みました。

曹肇様が、私の袖をつかんだまま言いました。

「心配なのか?」

「敵方の動きです」

「父だろう?」

私は曹肇様を見ました。

幼い顔です。

けれど、先ほどよりもずっとこちらを見ています。

逃げる先を塞ぐ目でした。

「父です」

私は認めました。

言ってしまえば、あまりに簡単です。

父です。

劉備玄徳は、私の父です。

仁君と呼ばれる方。

漢室の血を引くと称される方。

そして、私と玉珠を取り戻しに来なかった方。

全部、同じ人です。

「なら」

曹肇様は少し考えてから言いました。

「心配してもよいのではないか?」

私は言葉を失いました。

曹肇様は、さらに続けます。

「明珠殿は言った。母上を忘れなくてよいと。いなかったことにしなくてよいと」

たいへん困ります。

幼い若君というものは、教えたことをすぐこちらへ返してきます。

しかも、こちらが逃げたい時に限って、正確に返してきます。

「父上も、いなかったことにしなくてよいのではないか?」

胸が詰まりました。

亡き母君の文。

文烈様の文。

丞相様の文。

そして、曹肇様の言葉。

今日は、いったい何本の矢を胸に受ければよいのでしょう……

「曹肇様」

「何だ」

「それは、たいへん扱いに困るお言葉です」

曹肇様は少しだけ首を傾げました。

「そうか」

「はい」

「でも、明珠殿が私に言ったことだ」

返す言葉がございません。

本当にございません。

玉珠が小さく言いました。

「父上は父上だよ」

「玉珠」

「文烈様は文烈様で、父上は父上で、姉上は姉上だよ」

それは、先ほど亡き母君の文で読んだことに少し似ています。

私は私です。

その方は、その方です。

母君は母君。

私は私。

父上は父上。

文烈様は文烈様。

何もかもを分けて考えるのは、簡単ではありません。

けれど、混ぜてしまえば、もっと苦しくなる。

玉珠は難しいことを考えていない顔で、とても難しいことを言います。

本当に困った妹です。

私は文の続きを読みました。

劉備の名により、屋敷の者が動揺することもあろう。

そなたの出自を口にする者も出る。

曹休家の奥を乱すな。

若い者の耳に、軽い噂を入れるな。

必要なら、そなたの口で告げよ。

そこまで読んで、私は思わず笑いそうになりました。

笑える内容ではございません。

ですが、丞相様は丞相様です。

私の胸が痛むかどうかなど、文面にはございません。

そこを考えぬ方ではないでしょう。

考えた上で、まず屋敷を乱すなと書いてこられるのです。

たいへん政治的です。

たいへん冷静です。

たいへん腹立たしい。

けれど、正しい。

噂は人を殺します。

刃でなくとも、口は人を裂きます。

私が劉備玄徳の娘であることを、面白がって囁く者が出るかもしれません。

父が益州へ入ったと聞けば、私の顔を見に来る者もいるでしょう。

憐れむ者。

疑う者。

試す者。

そして、それを曹肇様と曹纂様の耳に入れる者。

それだけは、いけません。

私は文を畳みました。

「家令を」

侍女が顔を上げました。

「はい」

「すぐに呼びなさい」

曹肇様が、私を見ています。

私は続けました。

「屋敷の者へ伝えます。丞相様からの文について、廊下で噂をしてはならぬ。文烈様はご無事です。それ以上の話を若君方の前ですることは許しません」

「はい」

「劉備玄徳の名を、面白半分に口にする者があれば、私へ知らせなさい」

自分で言って、少し不思議な気分になりました。

劉備玄徳の娘である私が、劉備玄徳の名を取り締まろうとしております。

人生とは、本当に皮肉の材料に困りません。

「姉上」

玉珠が小さく言いました。

「父上の名前、言っちゃだめなの?」

「駄目ではありません」

「じゃあ、どうして?」

「軽く扱わせないためです」

玉珠は少し考えました。

「父上は、軽くない?」

「軽くありません」

私の中では、重すぎるほどです。

玉珠は頷きました。

「じゃあ、玉珠も軽く言わない」

「お願いします」

「でも、父上は父上だよ」

「……はい」

それは否定できません。

曹肇様が、まだ私を見ていました。

「明珠殿」

「はい」

「父上のことを心配しても、ここにいるのか?」

問いの意味は分かりました。

劉備玄徳を父として心配しても、曹休家から心が出ていくわけではないのか?

そう聞いているのです。

曹肇様にとって、それは大事なことなのでしょう。

母上を忘れないことと、明珠を受け入れることが同時にできるのか?

その問いが、形を変えて私に返ってきています。

「おります」

私は答えました。

「父上の名を聞いても、私はここにおります。文烈様が戻られるまで、この屋敷を乱しません。曹肇様と曹纂様のそばにもおります」

曹肇様の手が、少しだけ力を抜きました。

安心したのでしょう。

その顔を見て、私はまた困りました。

信じられるというものは、やはり重い。

「玉珠もいるよ」

「あなたは、まず静かにしていなさい」

「今は静かです」

「今は、ですね」

玉珠は真剣に頷きました。

「丞相様の文は怖いから」

そこは正直でよろしい。

私はもう一度、丞相様の文へ目を落としました。

末尾に、まだ一行ありました。

返書を寄こせ――

曹休家の奥を預かる者の言葉で。

私はしばらく、その一行を見つめました。

劉備玄徳の娘としてではなく。

曹休家へ置かれた捕虜としてでもなく。

文烈様を待つだけの女としてでもなく。

曹休家の奥を預かる者の言葉で。

丞相様――

あなたまで、私の札を書き換えに来られるのですか。

たいへん困ります。

捕虜から妻へ。

妻から留守居へ。

留守居から子守へ。

子守から、今度は何でしょう。

曹休家の奥を預かる者。

その札は、あまりに重いです。

私は顔を上げました。

戸の外では、家令を呼びに行く足音が遠ざかっています。

小箱の底には、亡き母君の文。

手元には、丞相様の文。

袖には、曹肇様と曹纂様の手。

玉珠は、音を立てないお菓子について考えている顔をしています。

たいへん困ります。

この屋敷は、文と手と妹で、私の逃げ道をすべて塞いでくるようでございます。

私は丞相様へ返書を書かねばなりません。

しかも、曹休家の奥を預かる者として。

文烈様――

あなたが戻られるまでに、私の立場はあといくつ増えるのでしょうか?

劉玉珠です。


今回は、丞相様からの急ぎの文を読みました。

正しく言うと、姉上が読みました。

玉珠は聞いていました。

今回も静かにしていました。

たぶん、ちゃんと静かでした。

お菓子は持っていました。

でも、食べてはいません。

丞相様の文は怖そうだったからです。

怖い文の前で音を立てると、もっと怖くなる気がします。

玉珠は、そういうところは分かります。

たぶん――


丞相様の文は、短かったです。

短い文は怖いそうです。

姉上がそう言っていました。

たしかに、短い文は怖いです。

お菓子が少ない時も怖いです。

でも、丞相様の文は、お菓子が少ない時より怖かったです。

最初に書いてあったのは、文烈様はご無事だということでした。

玉珠は、ほっとしました。

曹肇も、ほっとしていました。

でも曹肇は泣きません。

目を閉じただけです。

少しだけ、子どもの顔になっていました。

曹肇は、いつも子どもなのに、時々子どもではない顔をします。

でも、父上が無事だと分かった時は、ちゃんと子どもの顔でした。

玉珠は、それでよいと思います。

文烈様は、屋敷へ無事を知らせたかったそうです。

でも、軍中では私信を禁じているので、丞相様が代わりに知らせてくださいました。

それだけ聞くと、丞相様は優しい人みたいです。

でも、文には、余計な心配で屋敷を乱すな、とも書いてありました。

優しいのでしょうか?

怖いのでしょうか?

たぶん、両方です。

姉上は、たいへん丞相様らしい顔をしていました。

文烈様なら、困らせてすまぬ、と言うそうです。

丞相様は、無事を知らせる。

乱すな。

以上。

姉上はそう言っていました。

玉珠は、少し分かりました。

丞相様の文は、飴ではありません。

石です。

でも、その石の中に、ちゃんと文烈様は無事だということが入っていました。

石の中にお菓子が入っていることは、普通ありません。

だから丞相様の文は、不思議です。

文には、父上のことも書いてありました。

玉珠たちの父上です。

劉備玄徳です。

父上は、益州へ入ったそうです。

玉珠は、益州がどこか分かりません。

遠いところだそうです。

遠いところなら、玉珠たちのところではありません。

玉珠は、姉上に聞きました。

父上は、迎えに来るの?と。

姉上は、今は違います、と言いました。

玉珠たちのところじゃないの?と聞いたら、違います、と言いました。

姉上は、とても静かに答えました。

静かな声は、時々、大きな声より痛いです。

玉珠は少しだけ分かりました。

父上は父上です。

でも、父上は玉珠たちのところへ来るのではありません。

遠いところへ行くのです。

父上は生きています。

でも、迎えには来ません。

これは、とても変です。

とても変なのに、本当です。

姉上は、父上のことを敵方の動きだと言いました。

でも曹肇は、父だろう、と言いました。

曹肇は、時々まっすぐです。

まっすぐすぎて、姉上に刺さります。

姉上は、父です、と言いました。

劉備玄徳は、姉上の父です。

仁君と呼ばれる方です。

漢室の血を引くと称される方です。

そして、姉上と玉珠を取り戻しに来なかった方です。

姉上は、全部同じ人だと言いました。

玉珠には、少し難しいです。

でも、たぶんそうです。

良いところだけの人も、悪いところだけの人も、あまりいないのだと思います。

父上は父上です。

文烈様は文烈様です。

姉上は姉上です。

曹肇も、姉上に言いました。

父上も、いなかったことにしなくてよいのではないか、と。

それは、姉上が前に曹肇へ言ったことです。

母君を忘れなくてよい。

いなかったことにしなくてよい。

姉上が曹肇に言った言葉が、今度は曹肇から姉上に返ってきました。

玉珠は、すごいと思いました。

言葉は、投げたら戻ってくることがあるのですね。

お菓子は投げたら戻ってきません。

落ちます。

拾って食べると怒られます。

でも言葉は、戻ってきます。

しかも、胸に当たります。

姉上は、とても困った顔をしていました。

でも、怒りませんでした。

曹肇は、姉上の言葉をちゃんと覚えていたのだと思います。

それを、姉上のために使いました。

曹肇は、少しずつ姉上のそばに来ています。

近くないと言いながら、近いです。

玉珠は見ています。

ちゃんと見ています。

姉上は、丞相様の文を読んでから、屋敷の者へ伝えるよう命じました。

丞相様からの文について、廊下で噂をしてはならない。

文烈様はご無事。

それ以上の話を若君方の前ですることは許さない。

劉備玄徳の名を面白半分に口にする者があれば、姉上へ知らせる。

姉上は、そう言いました。

玉珠は少し驚きました。

姉上は、困りますと言いながら、ちゃんと命じます。

たいへん困りますと言いながら、逃げません。

父上の名を聞いても、ここにおります、と言いました。

文烈様が戻られるまで、この屋敷を乱しません、と言いました。

曹肇と曹纂様のそばにもおります、と言いました。

曹肇は、少し安心していました。

玉珠も安心しました。

姉上は、父上の娘です。

でも、ここにいます。

文烈様の妻でもあります。

曹肇と曹纂様のそばにいる人でもあります。

玉珠の姉上でもあります。

姉上は一人なのに、札がたくさんあります。

札が多いと大変そうです。

お菓子の札なら嬉しいです。

でも、姉上の札は重そうです。

最後に、丞相様の文には、返書を寄こせと書いてありました。

曹休家の奥を預かる者の言葉で、と。

玉珠は、よく分かりませんでした。

でも、姉上の顔を見て、重い言葉なのだと分かりました。

劉備玄徳の娘としてではなく。

捕虜としてでもなく。

文烈様を待つだけの人としてでもなく。

曹休家の奥を預かる者として。

姉上は、返事を書かないといけないそうです。

丞相様は怖いです。

一行で、姉上の札を増やしました。

文烈様も文で姉上を困らせます。

亡き母上も文で姉上を困らせます。

丞相様も文で姉上を困らせます。

曹休家は文が強いです。

でも、丞相様の文も強いです。

文の強い人が多すぎます。

玉珠は、お菓子の強い人の方が好きです。

次回は、姉上が返書を書くのでしょうか。

丞相様へ返す文です。

とても怖そうです。

姉上は、きっとまた困った顔をします。

でも、書くのだと思います。

姉上は逃げないからです。

曹肇も、たぶんそばにいます。

曹纂様も、たぶん袖をつかみます。

玉珠もいます。

静かにしています。

たぶん、静かにします。


でも、返書を書く時は長くなりそうなので、お菓子は少し必要だと思います。

音を立てないお菓子を、もっと探しておこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ