…これ…音楽…ですか?
労働の間は、修道院の一室を貸してもらえることができた。そこで寝泊りをしていた。
「秋元、今日は草むしりだったんだけど…そっちはどうだった?」
金田は部屋に戻ると、秋元に声をかける。
月の光が僅かに差し込む薄暗い部屋。
その片隅で、椅子に腰かけている秋元は金田を振り返ることもなくただ、テーブルに突っ伏していた。
返事がない。
秋元はここ数日ですっかり引きこもるようになってしまった。
あの時以来、ミリアにも会えていない。
最初はミリアに会ってみたい一心でなんとか踏ん張っていたが、ここ最近はその気持ちより異世界での生活の辛さにじわじわ心をむしばまれているようだった。
金田は、そんな秋元を労働に駆り出す気にもなれず、一人ですべてをこなしていた。
「…帰りたいな…金田、ぼくら帰れるのかな?」
秋元は力なく、そうつぶやいた。
金田はそれを答えられない。
実のところ、リーガンや司祭には自分が異世界から来たことは教えていない。ふんわりと異国から来たことにしている。
異世界からの召喚者ということを明かした時のリスクがどうにも大きいような気がしたからだ。
なので、その相談は誰にもできなかった。
例え司祭が金田の存在を訝しんだとしても、自分から言うつもりはなかった。
…帰るためには多分、ミオンのところに戻るしかないかも。
金田は、そう考えていた。
しかし、今更ミオンの元へ戻るのも怖かった。
「…エミリーちゃんのライブに行きたい…な」
秋元は今にも泣きだしそうな声だった。金田には顔は見えなかったが、背中が震えていた。
「そうだなー、行きたいな!おい、ちょっと久しぶりに動画見てみようぜ!」
金田は動揺を隠しながら、わざとらしくスマホを取り出して秋元の隣に並ぶ。
電波はもちろん県外だったが、金田のスマホには、ダウンロードした天使エミリーのライブ動画がいくつもスマホに入っている。
そのうちの1つを選んで再生を押し、秋元の前に差し出す。
簡素なつくりの部屋の中に、金田たちがいた世界のアイドルソングが流れる。
バックの音楽は電子楽器と電子音、音圧の効いたノリのいいテンポといった最近の音そのものだが、グループアイドルとは一線を画す、聴かせるタイプの歌声だった。
そして画面の中には、くるくると色を変えるライトの演出のステージと、その中央で存在感を放ちながら歌う少女の姿。
その下では、大勢の人間がサイリウムを振り、コールと歓声を少女に届けている。
「いいなー!帰ったら絶対また以降!」
金田が秋元の肩を叩きながら言う。
その時、コンコンとノックの音が2回なった。
「お食事です」
ドアを開けて入ってきたのは、ミリアだった。
ミリアは以前と同じように、見る者を癒す笑顔を称えて食事を運んできた。
久しぶりに見る彼女の姿に金田と秋元は思わず見とれていたが、ミリアはその視線に少し困っていた。
若干照れたようなしぐさでテーブルに食事を置いていたミリアだったが、ふとスマホの音と映像に気づいて注意をそちらに移す。
そして、音に集中するように少しうつむき加減で体を揺らすような仕草をした。
やがて彼女は、なにかに気づいたように、やや驚きながら口を開く。
「…これ…音楽…ですか?…なんか…なんかすごい、ですね!
ミリアの瞳に衝撃と同時に興味の色が浮かぶ、声色は確実に感動を示していた。
すっかり呆けていた金田と秋元だったが、ミリアの言葉にはっとして、はじかれたように言葉を発する。
「あ、あ、これは俺達の国の音楽!アイドルソングっていうんだ」
「ほ、ほら、それにこれ…天使エミリーちゃんっていうんだけど!キミそっくりなんだ!」
金田は言葉を選ぶ余裕もない様子で、言いたいことをやや早口で伝えた。
秋元も同じく、今一番ミリアに教えたいことを素直に口に出してスマホを彼女に見せた。
「…え?あ…」
ミリアは最初、二人の勢いに若干戸惑った。
しかし、興味には勝てず、やがておずおずと秋元が見せるスマホの画面をのぞき込んだ。
「…ほんとだ…」
思わず声が漏れた、そしてミリアを2つの衝撃が襲う。
容姿が自分と瓜二つなのはそれだけで驚いたが、似ている分だけ余計にその光景が彼女の心を揺さぶった。
…自分と同じなのに、全然違う。
ミリアはそう思った。
画面の向こうの彼女は、瞬く光の中で、それに負けない輝きを放ちながら歌い、美しく可憐に、時に強くその存在を全身で語っている。
ミリアは一瞬でその姿に心を奪われ、強い憧れを抱いた。
「…歌、好きなんですか?」
曲が終わると金田は、やや緊張した声色で話を切り出した。
金田の胸は高鳴っていた。
今しがた感じた、音楽を通じて得られたつながる感触。
僅かな手ごたえだが、これでこのどうしょうもない状況が変わるかもしれない。
そう思った。
「はい、だいすきなんです!」
ミリアは二人の方を見る、恐らくは初めてまともに向き合っている。
初めて見せる自然な笑顔。
歌が好きという気持ちを口にした彼女は、それはやや照れたような、それでいて誇らしげな表情でもあった。
金田は、その笑顔にくぎ付けになっていた。
「いいなー、ミリアちゃんの歌聴きたい!」
ふいに秋元が言った。
それはつい先ほどまでの異世界に絶望した秋元ではなく、オタクで興味のあることには一直線で空気を読まないいつもの秋元の発言そのものだった。
秋元の顔に、生気が戻ってゆく。
金田もそれが心底嬉しいと同時に、ミリアの歌声にも興味があった。
「…俺も聴きたいです、それにこいつ、こっち来てから全然元気なくなっちゃって…ミリアさんの歌聴けば元気出ると思うんで!」
金田はおどけつつも、秋元に同調した。
ミリアは少し困ったような顔で、しばらく考えるようなしぐさをした。
しかしそれは、歌うことを断るといったふうではなく、どう表現するかを思案しているようだった。
「…じゃあ、少しだけ…」
ミリアはそういうと、窓のそばに立つ。
自分なりに気分を作っているのかも知れない、月を少し見上げた後、振り返る。
空気が少しだけ変わった。
「お二人の元気が出るように、さっきの歌、ちょっと歌いますね」
そして、先ほど金田たちが聴いていた、天使エミリーの曲のサビ部分を歌い始めた。
二人は衝撃を受けた。
月の光を背に受けてそこで歌う少女は、先ほどとはまるで別物。
天使エミリーとは違うが、可憐で儚く、包まれるような優しさを見る者に抱かせた。そして、そのイメージを丸ごと音に変換したような歌声は、心の底にある希望や夢に直接響くような不思議な力があった。
「…女神かよ…」
「…天使がいる…」
金田と秋元は、ポツリと漏らす、そのくらいしか言葉がなかった。
「…少しでも、元気になってくれればいいのですが…」
歌い終えた少女は、控えめな笑顔を浮かべてそういった。




