代6話:…えぇー、ゴブリン」
一行は村の入り口に着いた。
そこは入口正面が村の大通りとなっていて、両サイドに住居や施設、商店がポツポツと並んでいる。
昼間ということもあり村人の姿もちらほら見えたが、いかにも強そうな男性はいなかった。
せいぜい露店の店主、牛らしき生き物の世話をしている初老の男性、野菜を運ぶ中年男性数人が関の山だった。
金田はそれを見て、ラッキーだと思った。
「…じゃあ、そろそろ行きますか。皆さん、本日もよろしくお願いします!」
金田はいつもの工場勤務で使う挨拶で、みんなに気合を入れる。
全員の顔がぐっとこわばり、肩に力が入る。
そして威圧的な雰囲気を醸し出したまま、村に踏み入っていく。
村人が、金田たち召喚者に奇異な視線を向ける。木の棒を手に持ち、服装や態度が明らかにおかしいこの集団に、一気に警戒が走った。
少しピリついたムードの中、それぞれが自分独自のオラついた雰囲気を演出しながら村の中心に向かって歩を進める。
(…そ、そろそろいいんじゃないか?)
(…で、だれが口火を切るんだよ?)
(おっさんがまとめてんだろ?なんかやれよ!)
しばらく歩いた後、だれが言い始めたでもなく、最初に仕掛けるのは誰か、というひそひそ話が始まった。
いざここまで来たものの、実際にこの場に混乱を生み出せるような度胸と知能を兼ね備えた者は皆無だった。
それまでの強気な雰囲気が一転、彼らはただのモジモジした集団に変わっていった。
村人もその光景を見て、なんとなく警戒を解いていく。辺りは平和な昼下がりの風景を取り戻そうとしていた。
しかし、その空気はすぐに断ち切られた。
「フゴー!」
原始人が突然走り出し、ほど近い露店の干し肉屋を襲い始めた。
恐らく誰の命令でもなく、ただの食欲だろうことは明らかだった。
突然の展開に、誰もがあっけにとられた。
「いけません!」
それまで原始人を誘導していた作業着のおっさんが走り出し、それを合図に周囲が一気に混乱する。
原始人は肉の塊を掴み取り、店主一人では抑えきれない勢いで貪り食い始めた。
近くの村人も取り押さえようとするが、それでも激しい抵抗に遭っていた。
露店は見る間に壊れ、店主は原始人に振り払われて倒れた。
近くの女性が悲鳴を上げる。
「落ち着け原始人!その肉はマンモスじゃないぞ!」
金田は原始人を取り押さえようと腕をつかみ、おっさんはなんとか原始人をなだめようと意思疎通を試みる。
秋元は店主の様子を心配して駆け寄った。
そんな秋元の姿を見た年配の女性が叫ぶ。
「ゴブリンだわ!魔物が襲ってきたのよ!」
木の枝と棒で武装した小太りのおっさん――秋元を、女性は魔物と間違えていた。
その言葉を皮切りに事態は急変し、村人たちは悲鳴を上げながら一目散に逃げ始めた。
「…えぇー、ゴブリン…」
秋元は唖然とした。
そんな展開を好機と見た召喚者の一人が、やけくそ気味の声を上げる。
「そうだ!俺たちは魔物だ!」
そう言いながら、近くにあったどうでもよさそうな壺を割ってアピール。
それにつられて周りの召喚者たちも、問題なさそうな範囲で器物破損を始めた。
中には女子供を追いかけ回す者もいた。
原始人の暴走を除けば、意外と注文通りの混乱の発生だった。侍はただ一人、その場にたたずんで成り行きを見守っていた。
村の男たちは、原始人を取り押さえるのに必死な者と、威嚇してくる召喚者らに農具を構えて対抗する者に分かれていた。
金田も原始人を抑える側に回っていたが、村の男に一緒くたにされて叩かれていた。
秋元はただ歩いているだけで魔物扱いされ、村人に恐怖を振りまいていた。
秋元は人知れず心が傷ついていた。
村人の混乱が高まるにつれ、召喚者たちの変なテンションも上がっていった。徐々に破壊行動がエスカレートし、していいことと悪いことの境界があいまいになっていった。
原始人はおっさんの制止も聞かず、次は野菜に向かって走り出した。箱に盛られた野菜が、原始人の食欲に従ってまき散らされる。
「誰か!自警団に知らせてこい!」
村人からそんな叫びが聞こえる。事態は当初の予定より明らかに悪化していたが、それに気づく者はいなかった。
金田以外は。
金田は原始人と一緒にもみくちゃにされながらも、この状況に危険を感じていた。
これ以上続けたら取り返しのつかないことになりかねない、と、そう感じていた。
そんな中、金田の耳にとんでもないセリフが飛び込んでくる。
「ヒャッハー!あいつら女を残して逃げていきやがったぜぇ!」
「なかなかのかわいこちゃんじゃねーか!魔王軍の手下の俺様の手下として、たっぷり可愛がってやるぜぇ!」
大学生風とヤカラ風の二人の召喚者が、倒れた少女を囲んでいた。
その声は明らかに悪役。芝居がかった台詞にもかかわらず、行動は冗談か本気化の判断がつかないほどの危険な雰囲気を醸し出していた。
そこはまさに世紀末、そこだけよどんだ街角だった。
二人の様子を見た金田に、一気に緊張が走る。
「すまないおっさん!原始人を頼む!秋元!」
金田は短くそう言うと、秋元を呼び、二人の召喚者のところへ走り出す。
「それ以上はよせ!女の子に暴力はダメだ!それはモヒカンにしないと言ってはいけない台詞なんだ!」
金田は走りながら叫んだが、召喚者は聞く耳を持たなかった。村人も召喚者も、誰もこのやりとりに気づいていなかった。
「いや、俺たち悪役として召喚されてんだから、もうそれで生きていくしかなくね?」
「な!せっかくの異世界なんだから、悪役楽しもうぜ、警察も法律もねーんだから」
召喚者二人は、ニヤついた声でそう言った。その顔からは、抑えきれない興奮がにじみ出ていた。
一人は手にした棒で少女の衣服の裾をめくろうとし、もう一人が少女の前にかがみこみ、体に触れようと手を伸ばす。
「…助けて…」
少女のか細い声は、わずかに震えていた。
その光景は、次の瞬間にはこれが本当に冗談では済まなくなってしまうということを告げていた。
金田はこの時、この二人の暴挙を止めることに手段を選ぶ余裕はなくなっていた。
「行くぞ秋元!」
「ふんぬー!」
金田が飛び込み、秋元が突進する。
「死ね!パリピ大学生!キーック!」
「テニスサークルの三次会やめろアターック!」
金田は一人を蹴り飛ばし、秋元はもう一人を体当たりで突き飛ばした。いきなりの攻撃に、二人の召喚者はあっけなく倒れた。
「…す、すまん、技名はただの日頃の嫉妬だが…やっぱ限度ってもんがあると思うんだ」
「こ、これは、ミオン様に怒られると思うんだな」
倒れた少女の前に立ち、二人は言った。
人生で喧嘩らしい喧嘩など経験のない二人は、初めての思い切った暴力に心臓がバクバクしていた。
「…いってーなぁ、こら」
「…あーそういうノリ悪ぃの…スゲーウザいんですけど…」
ゆっくりと起き上がる二人は、明らかな敵意を金田と秋元に向けた。
その眼光と口調、見慣れた現代人のフォルムと漂う雰囲気が、二人の脳裏に“街中のリアルな恐怖”を呼び起こす。
金田と秋元は激しく後悔した。
ミオンの岩破壊の威力は怖い。しかしそれとは明らかに違う、身近な怖さに二人の身体が震えた。
蛇ににらまれた蛙。異世界に来てもなお、オタクとヤンキーという見慣れた天敵の構図が展開されていた。
「…お望み通り、どこもかしこも傷だらけにしてやるよ、おっさん」
「…たっぷり、うずくまって泣かしてやっから…動くんじゃねぇぞ!」
独特のゆらゆらしたにじり寄りに、金田は後ずさり、秋元は足がすくんで動けなかった。
しかし、すぐ後ろには倒れたまま震えている少女の姿がある。
漫画とアニメで育った二人は、逃げることだけはできなかった。
二人は覚悟を決めた。殴られる覚悟を。
結局、金田と秋元は好き放題殴られた。
しかも、二人の財布の中身もきっちり持っていかれた。
ただし、少女を守ることはできた。
すっかり興を削がれた二人の召喚者は、白けたムードで少女を置いてどこかへ行ってしまった。
残された少女は、自分の目の前に力なく横たわる二人のおっさんを見ていた。
村の混乱自体はまだ沈静化していない。ただ、ここは二人の召喚者が去ったおかげで、これ以上の被害はなさそうだった。
「…い、異世界来てもヤンキーには勝てませんな…」
「…お、女の子守ったんだから。勇者確定でしょ、これは…」
二人はそう言うと、傍らで様子を窺っている少女の姿をぼんやりと確認し、安心して意識を手放した。




