5話:これは優しい魔王軍ですね :
金田たちは、そこら辺に落ちている木の棒を手に持った。
正しくは、ミオンの命令で持たされた。
そこにいた全員が渋々といった様子で、時にぶつぶつと何かを呟きながらミオンに従っていた。
侍は終始無言で、原始人は近くにいたおっさんのジェスチャーを交えた意思疎通でなんとかついてこられていた。
先ほどの森の広場から少し歩いた場所で、ミオンと金田を含めた召喚者たちは立っていた。
そこは森の出口。
暗い森から抜け出ると、見上げれば昼間の光が差す太陽と青い空が広がり、目の前には近くにのどかな田園風景、遠くには町の様子がうかがえた。時折吹く風も適度に涼しく、まるで春先のような気温と陽気だった。
一行はそこで身をひそめるようにして密集し、同じ方向を見ていた。
ミオンが指さす方向には程近い場所に村というべきだろうか、家や畑、ちょっとした施設などが集中して存在する区域があった。
彼女は召喚者たちにその村の襲撃を命じた。
召喚者たちは、薄々気づいていたこの展開に絶望した。誰もが恐怖にひきつった表情を浮かべ、足がすくんでいた。
自分が勇者だと言われて異世界に来たのにそれが嘘で、あまつさえ木の棒で人間と戦わされる。これに素直に従える者はおらず、さすがに何人かからは抗議の声が上がった。
次第に空気が重苦しいものに変わっていく。
「…さすがに戦闘訓練もなく、いきなり戦わせるのはいかがなもんでしょう?ミオン様」
空気を破ったのは金田、彼は遠慮がちにミオンに言った。
この場の空気を換えたいのもそうだが、自分自身がそんなことできるわけないと感じていた。
その問いに、ミオンは全員を宥めるように両手を振りながら、軽く答える。
「大丈夫、戦わなくていいから。どうせあんたたち、人殺しなんかできないでしょ?」
ミオンの言動と態度に、全員の頭に疑問符が浮かぶ。
「…いい?むしろ怪我させちゃダメだからね!殺すとか論外だから!暴れるだけ!」
ミオンは続け、最後に真剣な眼差しで召喚者たちにきつく言い聞かせた。
「…そりゃあ、こちらとしてもありがたいけど…どういうことです?」
戸惑いながら返す金田。
その気持ちは、他の召喚者たちも同じだった。
「これは優しい魔王軍ですね」
木の枝を加工して全身を武装した秋元が、言う。
彼は、森からいきなり出てくるとモンスターと見間違えそうな見た目になっていた。
「…いいでしょ、別に。魔王軍だって無駄な戦闘なんかしないっつーの」
ミオンはまくしたてるように言った。
「…一時的に混乱を引き起こせばいい、ということですか?」
「そそ、村人全員の注意を引き付けててくれればいいの」
金田の言葉にミオンは同意を示す
「…でも、それでいいなら…それこそ魔族の皆さんが行けばいいのでは?」
秋元はポツリとつぶやいた。周囲もその突っ込みには当然という顔をした。
「魔族が行ったら人間とモメるじゃん!」
その言葉にすかさず反論するミオン、しかし金田たち召喚者は言葉の意味が理解できなかった。
「…モメてんのと違うんかい!」
金田が思わず突っ込みを入れる。
「うるさいわね、とにかく…とっとと行く!あんたらも怪我はしないように!捕まる前に帰ってこいよ?」
ミオンはそれ以上の説明はしなかった、そう言って金田たちを見送った。
…お母さん?いや、お姉ちゃんか?
金田は歩きながら心の中で突っ込んだ。
「…なんか、ミオン様は魔王軍ってカンジしないね」
「…そうだな…なんで人間に気をつかってんだろうな?」
秋元のミオンに対する印象は、金田も同じだった。
そして今は、そんな彼女に従うしかないという認識も同じだった。
自分たちが属してしまったのが魔王軍と言っても、ここにいる誰もがその全貌を知らないのが事実。
ミオンが何者で、魔王軍の規模がどのくらいで、どの立場にいて、どういう組織なのかも想像がつかない。
なので、逃げ出すというのもまた簡単な選択肢とは思えなかった。
村を襲うフリをする、という命令が簡単というわけではない。
けれど、生死をかけた戦いをしなくていいというのは、とても大きな希望だった。
とにかく今は、あの岩をも砕くパンチだけは食らってはいけない。
これは二人だけではなく、全員がそう思っていた。
「…でも、具体的にどうすればいいんでしょうね?」
ふいに、原始人を従えたおっさんが金田に話しかけてきた。
五十代くらいだろうか、細身で作業着姿の男。
金田はここにきて、ミオンと秋元以外の人間と話すのはこれが初めてだった。
驚いたが、いかにも人畜無害そうな男の雰囲気に少し安心を覚えた。
「…そうねー…そもそも命令自体が雑なんですよねー。倒せ、とか捕らえろ、とかじゃないから…何をしたらいいんだか…」
金田のぼやきに、一同は納得の表情を見せた。
「あのさ…とりあえず、一番目立つところでなんか壊して逃げてくればいいんじゃね?」
大学生風の男が言う。
「お!いいじゃん!一人くらいさらうフリとか襲うフリとかして、モノ壊して帰ってくればよくね?」
別の男も同調し、それは全体に広がっていった。
確かにミオンの命令は雑だった、しかし、それを遂行する側の考えもまた、雑だった。
「…まぁ、なにもしなくても、最悪怒られるくらいで済む、か…」
「大丈夫、ミオン様なら許してくれそうな気がするよ、きっと」
秋元は考え込む金田を諭すように言った。
「本当の襲撃じゃなくていいなら、そんなところでしょう。奇声を上げて走り回るくらいでも注目はされると思いますし」
おっさんは言った。
金田も、そういわれると確かにその通りかも、と思った。
「…お侍さんはどう?」
金田は遠慮がちに、一番後ろを歩く侍っぽい見た目の男に尋ねる。
髷こそ結っていないが、後ろで無造作に束ねた黒髪と、着流しの上に羽織を重ねた姿は、時代劇からそのまま抜け出てきたような印象だった。
感情の読み取りづらい厳しい顔つきではあったが、顔そのものは若く、金田には彼が二十歳前半のように見えた。
羽織の内側からちらりと見える裏地は、鮮やかな浅葱色。刀を一本腰に差し、羽織の下で腕を組んだそのたたずまいは、隙というものが全く見当たらなかった。
男は一瞬金田を見たが、すぐに視線を落として静かに言った。
「…拙者は構わぬでござる。むしろ、罪のない村人を切る刀は持ち合わせてはおらぬ」
男の語り口は重く、強者の雰囲気が漂っていた。
…本当に“ござる”なんだ…。
秋元は内心で驚いた。




