3話:…魔王の女幹部キター、ですね、これは
…頬にじゃりっとしたものが当たっている。全身には固く冷たい感触、背中には暖かな陽の光。どうやら地面に寝ているらしい。
金田が気がつくと、そこは森に囲まれた小さな広場だった。ゆっくりと体を起こし、あたりを見渡す。
深い森だ。金田のいる場所だけ空が丸く開けて光が差し込んでいるが、周囲は枝葉が光を遮り、昼間でも薄暗く静かな森だった。広さはテニスコート一面ほど。平らに整地された地面には、理解不能な文字と巨大な魔法陣が刻まれている。
その中心で金田は倒れていたらしい。傍らには秋元の姿もある。
そして、先ほどまでの記憶がよみがえる。
「わざとかなんか知らんが…行く違いだっつうの…」
事態はほとんど把握できていないが、文句のひとつも言わずにはいられなかった。
「…まじで異世界きちゃったんかね…」
秋元も目を覚まし、周囲を見渡す。困惑の色が濃い。
「…ドイツ村ではないことは確かだな…」
金田も不安を紛らわせるようにつぶやく。
二人は巨大な魔法陣のほぼ中心で倒れていたようだ。
…地べたが魔法陣ってことは、やっぱり異世界召喚なんだろうな。
金田はそう思った。信じがたいが、理解しようと努める。
「…では、ぼくらは勇者ってことでいいんですかね?これは」
秋元がおどけたように言う。
しかし、その裏には確実に大きな不安が見え隠れしている。
金田自身も正直平気な心境ではなかったが、二人で取り乱すのはもっとまずいと考えていた。
…勇者召喚…なにか足りないものは、忘れているものはないか?
金田は少し考えた。
そして、何かに気づいた様子で、手を叩いた。
「…よし、いったんここを異世界だとして、我々が勇者だということにしよう」
金田は秋元にそう言い、秋元は黙ってうなずく。
「ならば足りないものがあると思わんかね?」
金田は得意げに秋元に言った。
「と、いいますと?」
金田の言葉に身を乗り出して、何度も首を縦に振る秋元。
「勇者召喚といえばチート能力だろう。我々、まだ何ももらってない。違うか?」
「なるほど!スキルとかステータスとかログインボーナスみたいなやつですな!」
秋元は心底納得したという表情で、メガネを直しながら声を上げる。
「そう!だから、今からエミリーちゃんが迎えに来てくれて、能力鑑定とかやるのがだいたいのスジなんじゃないか?」
「あ、そっか!ぼくどんな能力かなー?」
それを聞いた秋元の顔からは不安の色が消え、むしろ楽しそうに金田の話に同意を示した。
「…ということで、おとなしくここで待ってますか」
金田は言いながら、落ち着いた態度でゆっくりと周囲を見渡す。だが、ふと違和感に気づく。
「…秋元君」
「…なんですか?」
二人は小声で視線を巡らせる。
「…我々だけでは、ないですね…勇者」
「…そのようで」
驚くべきことに、ここに倒れているのは二人だけではなかった。いつの間にか、ざっと見ても十人前後の人間が倒れている。
「…勇者大バーゲンだな…」
「えらい時代になりましたなぁ…」
…考えていたのとちょっと違うかもしれん。
金田はそう思った。
他の者たちも次々と意識を取り戻し、ほとんどが事態を把握できず呆然としていた。現代人の風体が多いが、原始人風の男や侍のような男まで混ざっている。
…どうやら召喚された時代がバラバラということか。
金田はそう結論づけた。
■4
ザザッ、と森の枝葉が揺れた。わずかな風が生じたようだったが、金田も秋元も風は感じていない。多くの者が音の正体を探す。
「上だよ、金田」
秋元がそれを指さす。
他の召喚者たちもそれに気づき、空を見上げて動揺したり怯えたりと様々な反応を見せていた。
金田が視線を向けると、背中に黒い羽根を広げた何かが降りてくる最中だった。
長い金髪をなびかせ、蝙蝠の羽のような翼を器用に使って下降してくる少女。黒いタイトなワンピース風の服が風に揺れ、挑発的な目つきといたずらっぽい笑みが相まって、小悪魔のような雰囲気をまとっていた。
そして、いろいろとたわわである。
「…うっわー、コッテコテですわ…」
「…魔王の女幹部キター、ですね、これは」
金田と秋元はそれを見上げながら、他の召喚者とはまったく違う意味で唖然としていた。
周囲は緊張に包まれる。誰もが少女の行動に警戒していた。
そんな中、金田は少女の服の裾がふわりと翻った危うい一瞬を目撃してしまい、気まずさを覚える。
…意外にも、白いのか…。
気まずいが、やり過ごすこともできなかった。
「…よっこらしょ、と…」
少女はふわりと地面に降り立つと、周囲の視線を気にすることもなく、近くの岩に腰を下ろした。
そして一息つき、金田たちを見回す。その目はまるで野菜の束を品定めするようだった。
あたりが緊張に包まれ、皆が少女の一挙手一投足に注意を向ける。
そんな中で少女はキリッとした声色で、全員に聞こえるように言う。
「よくぞ集まってくれた我が精鋭たちよ!みなさんは勇者ではありませーん!」
少女の声が森に響き、音が消え、静寂が落ちる。
少女は意地悪い笑みを浮かべ、反応を楽しんでいた。
誰もがこの展開についていけていない。
勇者召喚、森、大勢の人間、悪魔っぽい少女、勇者ではない。
素材はならんでいるのに、頭の中で整理がつかず、オチがつけられないままぐるぐる回る。
全員がそんな思考を繰り返していた。
その時、一人の男が手を叩いた。
ポン、と音が森に響く。
「なるほどわかった」
金田だった。
秋元をはじめ召喚者たちは一斉に金田を見る。少女も眉を上げて興味を示す。
「俺たちはまだ勇者として覚醒していないだろ?だからコイツが覚醒前の俺たちを始末しに来たってわけだ。覚醒してない俺たちは、確かにまだ勇者とは呼べないからな」
金田は真顔で言った。
「…おお、なるほど。では、結局ぼくらを倒しきれなくて、それがフラグになって誰かを好きになっちゃう展開ですね?」
「そう、ここはギャルゲー世界ということだ」
秋元の解釈に金田はうなずく。
召喚者たちからも、一瞬の沈黙の後にどよめきが起こり、次第に歓声が沸き起こる。
緊張していた森の空気が一気に温かくなった。
「…はぁ!?…」
少女は口を開けたまま固まったが、すぐに我に返る。
そして最大音量でツッコんだ。
「違うわ!どんだけ自分に都合のいいアタマしてやがんだよ!たとえこの後戦って、誰かが覚醒して、追い詰められて、くっ、憶えてろよ!みたいになっても、何の脈絡もなくお前らなんか好きになる訳ねーだろーが!」
少女の叫びが響き、森は再び静まり返る。
召喚者たちは少ししょんぼりした空気を漂わせ、金田は不思議そうな顔をした。
「不思議そうな顔すんな!」
少女はイライラしながら立ち上がり、金田を指さしてまくしたてる。
「お前らはあたしの手下!戦闘員!モヒカン頭のザコ!使い捨て!だっつーの!」
言い終えると腕を組み、ツンとした表情で威圧する。
「あ、ほら、もう殺す気ないもんな。これは実は妹という線まであるかもしれんぞ」
「確かに、これはとんだツンデレ展開ですなぁ」
しかし少女の意図とは裏腹に、金田と秋元は相変わらずの解釈を続けていた。
金田と秋元もこの状況を、よくある異世界のお約束展開として納得してしまったため、なかなかその思考から抜けられないでいた。
おまけに二人はギャルゲーも大好きだった。
「いい加減にしろ、そこのオタク二人!お前らのピンク色の妄想、今すぐ終わらせてやっから、ちょっと黙ってあたしの話聞けっつーの!」
少女は頂点に達した苛立ちを全身で表しながら、二人のやり取りを強引に断ち切った。
その様子を見せられていた召喚者たちは、すっかり白けた空気を漂わせ、緊張感もどこかへ消えていた。
次の展開をただぼんやりと待つ者、近くの人間とひそひそ話を始める者までいる。




