2話:これが本当に異世界召喚だったら…。
「いやー、今日もエミリーたんはサイコーでしたなあ」
夜も更けた静かな住宅街の一角に、興奮気味のオタクの声が響く。
声の主・秋元康晴は、どこからどう見てもオタクだった。アニメ、マンガ、ゲームはもちろん、最近は地下アイドルにハマっている。
一番のお気に入りは天使エミリーというアイドル。
ソロで活動し、歌が上手く、曲も良く、イメージを大切にしていて悪い噂もない。
その完璧ともいえる存在感から、界隈でも人気が高い存在だった。
秋元は、毎週日曜の夜に行われる彼女の定期ライブに通うのが週末のルーティーンだった。
彼は基本的にニートだが、実家の商売を手伝って得たお小遣いをすべて推し活に費やしている。
「いやー、そうだな!なんであんな可愛いんだろうな」
隣の男も同意する。
この男・金田幸太郎もまた、日曜の夜は秋元と同じライブに参加していた。
本人はそこまでアイドルに入れ込んでいるわけではないが、中学以来の腐れ縁である秋元が“布教”と称して強引に誘ってくる。
金田はライブ代を半分出してもらっているので悪い気はしないし、エミリーの歌も悪くないと思っていた。
そして何より、見た目がどストライクだった。
二人は今日もライブ帰りだった。
「金田は清純派がお好みですからなぁ。ゲームで使うキャラもそうだもんね」
秋元はニヤニヤしながら言う。
「キミもギャルに理由なく殴られてみるといいぞ。清純派しか愛せなくなるから」
金田は答えた。実際彼は10年前、電車内で女子高生とトラブルを起こしていた。
それ以来、ギャル系の女の子は恋愛対象外になった。ただその反動で、清純可憐な正統派美少女にはすぐ惚れる悪癖を持ってしまった。
「あー、エミリーちゃんみたいな美少女と結婚してーなぁ…俺、ちょっとコーヒー買って帰るわ。待ってて」
そう言って金田は街灯の下にある自動販売機へ向かう。
「あ、僕もコーラ買おうかな。深夜アニメのおともにコーラは必須だよね」
秋元も続く。
「いいなー、お前ニートできて。俺は明日も仕事ですよ、行きたくねー」
金田は、財布から取り出した小銭を入れながらぼやいた。
彼は35歳で工場系の派遣社員として働いている。不満は少ないが、未来への不安から突然就職活動をしたり、人に誇れる何かがほしくて、いきなり楽器をはじめたりやめたりする、イマイチなにも定まらない毎日を送っていた。そんな人生に、微妙なモヤモヤを抱えた青年だった。
正直、思い込んだら一直線のタイプで実家の商売を継げる秋元が羨ましかった。
「だからウチにバイトに来なよー。安く使ってあげるよ」
秋元は言う。いつもの冗談だ。
「そうねー」
金田もいつものようにぼやかして返す。
だが金田は、人生最後の砦として秋元の仕事を頼る選択肢を頭の片隅に置いていた。
同時に、友達が仕事の上下関係になることには抵抗もあった。
やはりそこについても、イマイチ定まり切らない性格が見え隠れしていた。
金田は缶コーヒーのボタンを押す。ゴトン、と缶が落ちる。
「…しかし最近の自動販売機ってすげーな。液晶で広告ついてるのね」
液晶モニターに流れる映像を見ながら金田が感心したように言う。
「あるよねー。今どんなのやってる?」
秋元も隣に立ち、液晶をのぞき込む。
その時、かすかな違和感が二人を包んだ。
一瞬、どこかを通過したような、ゆるい空気の流れ。
「…今、ちょっと気持ち悪くなかったか?」
「…そうだね、クモの巣でも絡んだかな?」
二人は、肌が感じた奇妙な感覚について確認し合う。
そして次に、先ほどまで動画が流れていた液晶が、突然ブラックアウトした。
「…あれ?消えた…」
秋元が不思議そうに画面に顔を近づけて、その液晶を凝視した。
「お、本当だ」
金田もそれを確認する。
そうやって二人で液晶を見ていると、突然、それまで黒かった画面が光る。
その光は一瞬だが強烈だった。
「うわっ」
「まぶしー!」
思わず顔を背ける二人、数瞬の戸惑いの後、恐る恐る再びモニターを見る。
するとそこには、先ほどとは明らかに違う映像が流れていた。
そこにあったのは、黒い画面の中央にぼんやりと映し出された人の影
それが、徐々にはっきりとしたものに変わっていく。
「…勇者様」
液晶から声が聞こえた。それは、先ほどライブで聞いた天使エミリーの声だった。
液晶に姿を現したのは、紛れもなく彼女。
見間違えるはずもない、二人のお気に入りアイドルのバストアップだった。
「…天使エミリーちゃん?」
「…ですなぁ…」
金田は驚き、秋元はメガネを直しながら凝視する。
「…勇者様、お願いです…私たちの世界をお救いください!」
液晶の向こうの彼女は、真剣なまなざしで訴えかけてきた。
「…これがウワサの異世界召喚ってヤツですかね…」
秋元は呆けた顔で呟く。
「…なんつーCM…エミリーちゃん、こんなのに出てるなんて知らんかった…秋元、知ってた?」
金田はおどけながら尋ねる。
対照的に秋元は慎重に事態を観察していた。
「…いや…こんなのは知らないなぁ。聞いたことないよ。どうする?ほんとに異世界召喚だったら…」
秋元は困惑しながらも、少しニヤついて金田を見る。
「あー、いいなー。異世界行って魔物と戦って、エミリーちゃんと結婚してぇー」
金田は液晶を眺めながら、よくある妄想に浸り始める。
二人はその映像の目的がつかめないまま、ただただ半笑いで見ているしかなかった。
「…勇者様…」
なおも何かを訴えかけてくる、画面の向こうのエミリー。
次第に液晶にはノイズが走り、映像がブレ始める。
「…お願い!…早く私の祈りに応えて…」
そして、みるみる内にエミリーの表情は切迫し、声色も変わっていった。
「…これってホントにCMかな?」
「…マジで勇者召喚…な、ワケないよな」
二人の顔から笑いが消え、少しの緊張が走る。
…どうする?これが本当に異世界召喚だったら…。
金田はそう言わんばかりの顔で秋元を見た、秋元もまた、同じことを言いたげな顔で金田を見返す。
空気が緊張し、二人はただ、液晶モニターに映るエミリーの次の言葉を待った。
しかし、彼女が次の言葉を発することはなく、映像はそこで途絶えた。
そこに残ったのは、ただの黒い画面だった。
「…結局、なんのCMだったんだ…」
一瞬の沈黙の後、金田が呟く。
空気が一気に緩んだ。
金田はこれまでの映像を思い出しその意味を賢明に考えたが、答えは出なかった。
秋元も同じようだった。
二人は顔を見合わせ、何かを考えるようなしぐさをする。
そして言った。
「まぁいいか、行くか」
「んだんだ、行こう」
二人は自動販売機に背を向けた。
考えるのをやめ、とりあえず帰ろうと思った。
歩き出したその瞬間、背後から再び、強烈な違和感が二人を襲う。
「えっ!?」
「ぬお!?」
驚く金田と秋元、二人の言葉に反応したのか、液晶が再び光を放ち、声が聞こえた。
「…ありがとう…勇者様…来て下さるのですね!」
その言葉を受けて振り向く二人、彼らが見た液晶の向こうのエミリーは、とても清々しい笑顔をしていた。
二人には、その笑顔がとても不穏なものに見えた。
「…先生!いやな予感がしますです!」
金田がとっさに叫ぶ。慌てすぎて言葉が少しおかしい。
「これは逃げるしかないでござる!」
秋元が大声でそう言い、それを合図に二人は一目散にその場所から逃げ出した。
「…それでは、召喚の盟約に従い、お二人を勇者としてリストリアの地へお導き致します」
エミリーがどこか早口で言い終えると、液晶から光の束が金田と秋元へ向かって発射された。
「ヤバい!」
全力で走りながら、金田が短く叫ぶ。
逃げる速度とは比較にならないスピードで光が二人の背中を直撃し、全身を覆う。
あっという間に二人の身体はまぶしい光に飲み込まれていった。
「嘘だろ!?おいぃぃ!!」
「なんとー!!」
突然の出来事に慌てる二人、だが光はお構いなしに輝きを増し続けた。
やがて光が収まると、二人の姿は消えていた。
ただそこには、金田が先ほど買った缶コーヒーだけが残されていた。
「…2名、確保しました」
液晶から最後に聞こえたのは、そんな言葉。
その声はエミリーではなかった。




