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1話:アイドルとギャル系魔族と親友と俺

「…ねぇ、おっさん、これツブすんでしょ?」

少女は茶化すように男に言った。フードの奥で光る瞳は紅く、伸びた金髪の間からは、ややとがった耳と羊のようにねじれた小さな角がのぞく。どう見ても純粋な人間ではない。

「…お、おう!もちろん!」

動揺したようなおっさんの声。

彼はデニムのパンツに赤のライダースジャケット、ベルト付きの黒いブーツというやや尖った格好をしていたが、顔つきや髪型は至って平均的なおっさんだった。

少女とは違い、明らかに現代日本の風貌だった。

多くの人が行きかう夕刻の町の喧騒の中で、この二人の組み合わせは少し目立って見えた。

男は腕を組み、仁王立ちで前方を見据えていた。

その視線の先からは、音圧の効いたアイドルソングと、それに乗せた少女の歌声が響いてくる。

そこは町のお祭りの広場。

酒や干し肉など様々な屋台が軒を連ねているこの広場の中心には、今日のために作られたであろうステージがあり、制服風の衣装に身を包んだ黒髪の少女が歌っていた。

彼女を取り囲むのは百人を超える観客、彼らは光る棒を規則的に振り、リズムに合わせて飛び跳ね、手拍子を打ち、時には合唱して盛り上がっていた。

その空間だけが、異様な熱気に満ちていた。

明らかにこれは、観客を前にして歌うアイドルと、それを見てファンが湧き上がっている光景。

アイドルの野外ライブのステージだった。

しかし、奇妙なのはその周囲の風景と観客たちの恰好。

彼らはその全てが中世ヨーロッパの雰囲気から独自の進化を遂げたような独特の恰好をしていた。

定番のチュニックやワンピース、エプロンも独自のデザインで仕上げられ、マントを被った者、ローブをまとった者、腰に剣やナイフなどの武器を下げた屈強な男たち、中には甲冑に身を包んだ者までいる。

行き交う人々すべてが、まるでファンタジー映画から抜け出してきたような格好をしていた。

周囲の建物も木造や石造りがほとんどで、石畳の大通りに立ってその様子を見渡すと、さながらなにかの物語の中に迷い込んだようであった。

よく見ると、少女が立つステージの上もどこか違和感がある。

ライトのような筒、大音量を響かせる木製の箱、少女が手に持つもの、観客が振る棒――どれもマイクやスピーカー、サイリウムに似ていた。

そしてその全てに不思議な装飾や刻印が施され、なにかに反応するようにぼんやりと明滅を繰り返す青く輝く石が埋め込まれていた。

そこは、現代とはかけ離れた世界だった。

むしろ、この場で一番おかしいのは先ほどのおっさんの方だろう。

「…秋元のヤロー、うまいことやりやがって…」

男は異世界のライブの光景を見つめながら、複雑な表情で呟いた。胸の奥がざわつく。ついこの間までなら自分もあっち側にいたはずなのに――どうしてこうなったのか。

視線を横にずらす。

彼の視線の先にはまた別の異様な光景があった。

ステージ横に立つ数人の男たち。彼らはお祭り客よりも服装や装飾品に一段上のこだわりが感じられた。恐らくは貴族や商人、そんな立場の者に見える。

その中心で、メガネをクイッと直し、不敵な笑みを浮かべる男がいた。

小太りの体型に安っぽいデニム、青チェックのシャツ、足元はスニーカー姿という、オタク然としたおっさん。

恐らく、この男たちがライブを仕掛けた側であり、そしてこのオタクが仕掛け人なのだろう。

彼はなんらかの技術で現代日本のアイドルライブを再現している。

オタクのおっさんは、その見た目に反してメガネの奥の瞳に強い意志を宿していた。

「…僕が連れて行くんだ…約束の中央広場まで!」

彼は誰に言うでもなくそう呟くと、強いまなざしで少女を見た。

ステージ上の少女は、集まった視線を一身に受けながら歌っている。溢れる笑顔と目が離せない動き、その存在感はまさにアイドルだった。

可愛らしい容姿にとどまらず、その歌声は強く、温かい。そして観客の熱狂とは裏腹に、聞く者に不思議な安らぎを与えていた。

「…友達に嫉妬全開とか…ウケるんですけど」

男の隣の魔族風の少女が笑う。あざ笑うというより、面白がっている。

「そんなんじゃあないですよ、多分!」

彼は言い返すが、胸のざわつきは隠せない。

異世界に来てからしばらく経つ。

気づけば友達はアイドルをプロデュースし、自分は傍らの少女の下で穴を掘る生活をしていた。

友達の成功はうれしい。

しかし、この光景を見ると、自分の状況がひどく惨めに思えてきて、心が焦れた。

最初は、俺もあっち側のはずだった。

男は、そう思いながら複雑な表情でそれを見ていた。

「ほらほら、もう行こうよ。あんまりいたら、あたしが魔族だってバレちゃうじゃん」

少女はやれやれといった態度で男を促すと、彼は渋々ながらもそれに応じた。

そして、歩きながら、一度だけライブの様子を振り返った。

「…ミリアちゃんはあんなにかわいいのに、あなたは人使い荒いですね、ほんと」

「うるさいなー。おっさんが若い女の子の下で働けるなんて幸せだろーが」

少女は面倒くさそうに答えた。

通りに人気がなくなると、少女はフードを外し、素顔を晒す。

「ふぅ…暑い…」

そして溜息を一つ、さらりとした長めの金髪がふわっと広がった。

その眼は少し釣り目がちで、見る者に可愛げのある印象を強く与えた。

全体的な雰囲気は少女そのものだが、どこか姉のような落ち着きも醸している。

そして、耳と角が、やはり彼女が異世界の存在であることを示していた。

少女は乱れた前髪を直し、男を振り返る。

「…ほら、あたしだって可愛かろう?」

少女はそう言って微笑を浮かべる。

その声色も笑顔も、どこか優しい。

「…ぼくはギャルが苦手なんですよ」

男はそんな少女から目をそらし、ポツリと言った。

少女は一瞬だけ、確実にバカを見る目をした。

「ったく…金田はわがままなおっさんだなぁ」

少女は男の脚を軽く蹴る。

「いたいっす!ミオン様!」

「うるさい。おっさんはおっさんでしょ?わがままなおっさん」

ミオンと呼ばれた少女は振り返らずに言った。

金田はその少女の後姿を見て、はっとした表情を浮かべる。

その言葉に込められた遠回しな優しさ、それは確実に金田の心を軽くした。

「…ま、そら、そうだ」

金田は少し笑い、ミオンの後を追う。

「…帰ろう、明日からまた魔王の封印を解く準備だ」

ミオンは、振り返って悪戯っぽい笑みを浮かべると、金田にそう言った。


話は少し過去にさかのぼる。

2015年のある日、全ては怪しい自動販売機から始まった。


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