受け継がれるもの
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
カードは、静かに光っていた。
レオの手の中で、淡い金色の紋様が浮かび上がる。
「うわっ!?」
思わず落としそうになり、レオは慌てて両手で抱えた。
「な、なんですかこれ!?」
「落とさないで」
エリナは平然と紅茶を飲む。
「かなり貴重なんだから」
「いや、貴重とかそういう話じゃないですよ! 光ってますよ!? 今!」
カードは、まるで呼吸をするように明滅していた。
やがて光が収まる。
するとカードの表面に、見たこともない文字が浮かび上がった。
《料理》
《魔道具作成》
《交渉》
レオは目を丸くした。
「……なんですか、これ」
エリナは少しだけ目を細めた。
その文字は昔にはなかった。
自分が積み重ねてきたもの。
料理を作り、人を笑顔にした日々。
必死に覚えた魔道具。
領民のために頭を下げ、商人と戦い、騙され、勝ち取ってきた交渉。
その全部が、今、形になっていた。
「たぶん、それは私が覚えたこと」
「……はい?」
「昔はなかったの。ベルの剣術とか知識とか、そういうのしかなかった」
レオはカードとエリナを交互に見た。
「じゃあ、これ……エリナ様の力が入ってるんですか?」
「そういうことになるのかな」
カードが、ふっと鼻で笑うような声を出した。
(断言はしない。可能性は三つ)
「え?」
(1:本当に“スキル”として継承された)
(2:お前の脳が“借り物の経験”を再構成している)
(3:両方だ)
レオは固まった。
「……え、つまり?」
(つまり、使って確かめろ)
「怖いなぁ!」
エリナは慣れた様子でため息をついた。
「うるさい」
レオが突っ込み切る前に、カードが改めて言った。
(私は、持ち主の経験を記録する)
「……喋った!?」
レオは飛び上がった。
椅子が倒れる。
「うわっ、ごめん! ごめんなさい!」
(謝るのは椅子だ)
「椅子にも謝ります!」
エリナは紅茶を飲み干し、淡々と言う。
「そのカード、うるさいから慣れて」
(うるさくない)
「今の反論がもううるさいんだよ!」
カードの声は続く。
(ベルの知識も剣も思考も蓄積された。エリナが得た経験も刻まれた)
(料理。魔道具。交渉。領地経営。人との向き合い方。失敗。後悔。覚悟)
レオはごくりと唾を飲んだ。
(これは単なる道具ではない)
(人が積み上げた人生――その“抜粋”だ)
「抜粋って言いました?」
(全部は入らん。都合よく便利な部分だけ、というわけでもない)
「めちゃくちゃ信用しづらい仕様……!」
窓の外では、町の子供たちの笑い声が聞こえる。
レオは小さな声で言った。
「……そんな大事なもの、俺なんかが持っていいんですか」
エリナは少し笑った。
「いいの」
「でも……」
「昔の私は、もっと酷かったわ」
レオは黙る。
「泣いて、逃げて、怖がって、何もできなくて。誰かに守られてばかりだった」
エリナは窓の外を見る。
遠くに見える畑。
新しい工房。
「でも、誰かの役に立ちたかった」
「あなたも、そうでしょ?」
レオは少しだけ目を伏せる。
「……はい」
「だったら、大丈夫」
カードが小さく光る。
すると、レオの頭の中に、突然、知らない感覚が流れ込んだ。
包丁の握り方。
火加減。
保存食の作り方。
壊れた鍋を補修する簡単な魔道具。
値切りを仕掛ける商人への返し方。
人の目を見ること。
相手の言葉の裏を読むこと。
「うわっ……!」
レオは頭を押さえた。
「な、なんか急に分かる……!」
「最初は酔うわよ」
エリナはどこか懐かしそうに笑った。
「私も最初、三日くらい寝込んだから」
「そんな危険物みたいに言わないでくださいよ……!」
だが、その顔は少し嬉しそうだった。
何も持っていないと思っていた自分に、急に可能性が生まれた。
役に立てるかもしれない。
誰かを助けられるかもしれない。
カードが最後に静かに告げた。
(勘違いするな)
(知識だけでは人は変わらない)
(料理を知っても作らなければ意味はない)
(交渉を知っても向き合わなければ意味はない)
(そして――)
(選択は、お前がする)
レオはカードを強く握った。
「……はい」
その目には、初めて少しだけ、自信が宿っていた。
エリナはそんな彼を見て、静かに微笑んだ。
ベルが自分にくれたもの。
それは力ではない。
前に進む勇気だった。
そして今、その勇気は、また次の誰かへ渡っていく。




