次の誰かへ
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
春だった。
町には花が咲き、人も増えた。
市場には旅人が集まり、職人の笑い声が響く。
エリナの領地は、今や辺境とは呼べないほど賑わっていた。
その日もエリナは護衛を連れず、一人で町を歩いていた。
領主でありながら、時々こうして自分の足で町を見る。
店の様子。
人々の顔。
新しく来た旅人。
それを見るのが、好きだった。
「……ん?」
市場の端。
人だかりができていた。
近づくと、そこには一人の青年。
年は二十代前半。
黒髪。
少し頼りない顔。
剣は持っているが装備はくたびれている。
「だから、これは払いますって!」
「払う金がないなら話にならねえ!」
どうやら屋台の店主と揉めているらしい。
青年の足元には割れた木箱。
中から果物が転がっていた。
「……またか」
青年は頭を抱える。
「運ぶ途中で転んだだけなんです……!」
「だから困るんだよ!」
見ていた人々は苦笑している。
悪人ではない。
ただ、不器用なのだ。
エリナは少し考えてから、人混みをかき分けた。
「その分、私が払います」
青年が振り返る。
「あ、いや、そんな……!」
「いいから」
店主もエリナの顔を見るなり慌てて頭を下げた。
「エリナ様!申し訳ありません!」
「別にいいわ。果物代だけでしょう?」
青年は何度も頭を下げた。
「すみません、本当に……!」
「あなた、冒険者?」
「え? あ、はい」
青年は慌てて姿勢を正した。
「レオって言います」
「エリナよ」
「……知ってます」
そりゃそうか、とエリナは少し笑った。
その後もレオとは何度か顔を合わせた。
迷子の子供を探していたり。
老人の荷物を運んでいたり。
依頼で失敗して頭を下げていたり。
強いわけではない。
要領も悪い。
だが、不思議と人が嫌わない。
困っている人を見ると放っておけない。
そのくせ、自分が困ると誰にも頼れない。
まるで。
まるで、ベルみたいだった。
(……似てるな)
カードが小さく呟く。
エリナは答えない。
だが同じことを思っていた。
ある日。
レオは森の入口で倒れていた。
怪我をして足を引きずっている。
エリナはすぐに人を呼び、治療を受けさせた。
夕方。
屋敷の客間。
目を覚ましたレオは慌てて起き上がった。
「す、すみません!」
「動かないで」
エリナは椅子に座っていた。
「また無茶したの?」
「いや……子供が森に入っちゃって」
「助けに行ったの?」
「……はい」
「馬鹿ね」
レオは小さく笑った。
「よく言われます」
その笑い方が、少しだけ似ていた。
夜。
エリナは自室でカードを見つめていた。
机の上には、長年使ってきた一枚。
ベルの剣術。
知識。
声。
全部が詰まっている。
(……何を考えている)
「分かるでしょ」
カードは少し黙った。
(選択肢は二つだ)
「二つだけ?」
(1:渡さない。お前は安全だ。だが、あいつは変わらない可能性が高い)
(2:渡す。あいつは変わる可能性がある。だが、お前も、あいつも危険に近づく)
エリナは窓の外を見る。
町の灯り。
誰かの笑い声。
自分が作ったもの。
その全部は、ベルがいたから始まった。
「……私、ずっと思ってたの」
「このカードを、いつか誰かに渡す日が来るんじゃないかって」
(……)
「ベルが私にくれたみたいに」
カードが、少しだけ間を置く。
(……お前が決めろ。私は責任を取らない)
「ひどい」
(事実だ)
エリナは、苦笑して息を吐いた。
「……じゃあ、渡す」
(覚悟は)
「とっくに」
翌朝。
エリナは客間を訪れた。
レオはまだ寝ぼけた顔。
「おはようございます……」
「レオ」
エリナは机の上にカードを置いた。
「これ、あげる」
「……え?」
「なんですか、これ」
「お守りみたいなもの」
「いや、見るからに普通じゃないですけど……」
「大丈夫。便利だから」
「便利って……その言い方が一番怖いんですけど」
エリナは少しだけ笑う。
胸の奥が少し痛い。
寂しい。
怖い。
でも。
これは終わりではない。
誰かから受け取ったものを、次の誰かへ渡していく。
きっとそれが、前に進むということだ。
「……大事にしてね」
レオはまだよく分からない顔のまま、それを受け取った。
その瞬間。
カードが静かに光った。




