手渡された導き
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。
なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
森の奥は、別の顔をしていた。
光は薄く、風は重い。
踏みしめる土の感触すら、どこか違う。
「……少し、入りすぎたか」
ベルジュールは周囲を見回した。
(ああ。“✕”に近い領域だ)
視界の端。
地図の外縁に滲む“危険”。
だが――
「大丈夫です!まだいけます!」
エリナは前へ進む。
迷いがない。
いや、迷いが“ないこと”自体が危うかった。
「おい、少し戻るぞ」
「え?まだ全然余裕ですよ?」
(経験不足だな)
ベルは舌打ちした。
だが強く止められない。
“任せる”と決めたばかりだ。
――その時。
空気が裂けた。
「――ッ!」
本能が叫ぶ。
“違う”。
木々の間から現れたのは異形。
四肢は長く歪み、目は複数。
気配が重い。
「……なんだよ、これ」
(上位個体……いや、それ以上だ)
エリナも息を呑む。
だが――
「……やれます」
一歩、踏み出した。
「やれるって顔じゃねえだろ!」
ベルが叫ぶ。
「一回引くぞ!」
「でも――!」
(逃げろ。今すぐだ)
カードの声が鋭く割り込む。
判断は決まる――はずだった。
だが。
一瞬の遅れ。
エリナの“迷い”。
それが致命的だった。
異形が動く。
「速っ――!」
視界から消える。
次の瞬間、衝撃。
エリナが吹き飛ぶ。
「――ッ!!」
「エリナ!」
ベルが駆ける。
間に合う。
だが――その背後に影。
(来る!)
ベルは振り返り、剣を構える。
受ける。
重い。
腕が軋む。
「ぐっ……!」
弾かれる。
体勢が崩れる。
(無理だ。正面は勝てない)
「分かってる!」
だが逃げ場がない。
エリナはまだ立てない。
「……くそ!」
(使え。全力で)
「……」
ベルは剣を握り直す。
だが。
「……ダメだ」
(なぜだ)
「全部頼るのは、違う」
(今はそういう話じゃない)
「分かってる!」
叫ぶ。
「でも――」
一瞬、エリナを見る。
倒れている。
それでも立ち上がろうとしている。
ベルは息を吐いた。
「……選ぶしかねえか」
次の瞬間。
ベルはカードを取り出した。
(……何をする)
「エリナ!」
投げる。
カードが空を切る。
「これ、持て!!」
「え……?」
反射的に、エリナが受け取る。
その瞬間――
“繋がる”。
《スキル継承:意思疎通》
《スキル継承:言語理解 Lv.1(部分)》
「――ッ!?」
エリナの視界に流れ込む。
地形。動き。未来。
“勝ち筋”のイメージ。
そして、声が“意味として”届いた。
(集中しろ)
「……え、いまの、言葉……?」
(右。避けろ)
体が勝手に動く。
異形の攻撃を紙一重で回避。
「動ける……!」
(次、足を狙え)
踏み込む。
斬る。
浅い。
だが――意味がある。
(そのまま下がれ)
「はい!」
恐怖はある。
だがそれ以上に――“見えている”。
一方。
ベルは異形の前に立っていた。
「……さて」
剣を構える。
(時間稼ぎか)
「まあな」
笑う。
「主役は、あっちだ」
異形がベルへ向く。
(来るぞ)
「ああ」
踏み込まれる。
速い。
だが――ベルは逃げない。
受ける。逸らす。崩される。
それでも――立つ。
「まだだ……!」
一秒でも長く。
その背後で。
エリナが動く。
(今だ)
完璧なタイミング。
エリナは跳ぶ。
異形の死角。
「はあああああ!!」
全力の一撃。
急所へ。
深く、深く。
異形が止まる。
揺れる。
そして――崩れた。
静寂。
「……勝った……?」
エリナは呆然と呟く。
だがすぐ振り返る。
「ベル!」
その先に――彼はいた。
立っている。
だが。
「……ベル?」
動かない。
一歩、近づく。
「……ねえ」
触れる。
体が崩れる。
血。
静かに流れている。
「……うそ」
声が震える。
「嘘、ですよね……?」
返事はない。
カードが静かに呟く。
(……致命傷だ)
「そんな……」
(時間を稼いだ)
(お前に、託すために)
エリナはベルを見る。
その顔は穏やかだった。
「……やだ」
小さく首を振る。
「こんなの、やだ……」
涙が落ちる。
止まらない。
ベルはもういない。
――ただ、静かな森と。
一枚のカードだけが残った。




