任されるということ
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
重厚な扉が静かに閉まる。
再び通されたのは、あの広間だった。
ルーデンハイム公爵がいた。
「来てくれたか、ベルジュール」
「……どうも」
ベルは軽く頭を下げる。
以前よりほんの少しだけ自然に。
(慣れてきたな)
「慣れたくはねえけどな」
公爵はそのやり取りを見逃さなかったが、あえて触れない。
「単刀直入に言おう。頼みがある」
「……でしょうね」
ベルは苦笑する。
「内容次第だな」
公爵はゆっくり頷いた。
「娘――エリナのことだ」
その名前が出た瞬間、ベルの表情がわずかに変わる。
「……あいつが、どうした」
「見ての通りだ。家に収まる性格ではない」
「まあ……そうだな」
「閉じ込めれば反発する」
「分かる気がする」
「そして、隙を見て外へ出る」
ベルはため息をついた。
「もうやってるしな」
「その通りだ」
公爵の視線がわずかに鋭くなる。
「問題はその先だ。次は取り返しのつかない場所へ行くかもしれん」
(現実的なリスクだな)
「……ああ」
「だから考えた。“止める”のではなく、“任せる”」
「……任せる?」
「外の世界に触れたいのだろう。ならば触れさせる」
「……危なくねえか、それ」
「危険はある。だが――制御された危険なら学びになる」
ベルは黙る。
「お前に、エリナを任せたい」
「……は?」
「護衛、兼、指導役だ」
「いやいやいや、無理だろそれ」
「なぜだ」
「俺、そんな立場じゃねえし」
「実力は証明されている」
「それが問題なんだよ!」
思わず声が上がる。
(核心を突くな)
「黙ってろ」
「俺の“実力”、怪しいんだっての……」
公爵は静かに見ている。
「報酬は用意する」
「金の問題じゃねえ」
「では何だ」
ベルは言葉に詰まる。
「……責任、だよ。何かあったら、どうすんだ」
公爵は少しだけ頷いた。
「その懸念は理解する。だからこそ、お前に頼む」
「……は?」
公爵は続ける。
「お前は“無理をしない”。そして“見捨てない”」
森での行動。
模擬戦での判断。
すべて見られている。
「……評価高すぎねえか。買いかぶりだ」
「かもしれん。だが、それでも構わん」
一拍。
「娘が死ぬよりはな」
沈黙。
その言葉は重かった。
(……逃げ道はないな)
「……ああ」
ベルはゆっくり息を吐いた。
「条件つけていいか」
「聞こう」
「完全な護衛は無理だ。俺は冒険者だ。仕事もある」
「構わん」
「危ないと思ったら引く」
「当然だ」
「それでも文句言うなよ」
「言わん」
即答だった。
ベルは少し驚く。
「……いいのか、それで」
「“制御された危険”でいいと言った」
ベルはしばらく考えた。
エリナの顔が浮かぶ。
あの無邪気な笑顔。
「……あいつ、絶対めんどくせえぞ」
(間違いない)
公爵はわずかに笑った。
それは初めて見せる“父親の顔”だった。
「それでも、頼む」
ベルは頭をかいた。
「……はぁ。分かったよ。やる」
公爵が深く頭を下げる。
貴族としてではない。
一人の父として。
ベルは苦笑した。
「……やめてくれよ、そういうの」
(もう逃げられないな)
「分かってる」
守るだけじゃない。
教えるでもない。
“関わる”という選択。




