偽りの勝利か、選び取る勝利か
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。
なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
屋敷の中は、異様な熱気に包まれていた。
「こちらが例の冒険者か……」
「本当にお嬢様を救ったと?」
「見たところ、ただの若造だが……」
視線が刺さる。
ベルジュールは居心地の悪さを隠そうともせず、頭をかいた。
「……やっぱ帰っていいか?」
(もう遅い)
「だよな……」
空気は一方向に流れていた。
――“英雄”。
その言葉が、勝手に一人歩きしている。
そして。
「……では、その実力。拝見させていただこう」
低く、よく通る声。
現れたのは、一人の男。
重厚な鎧。無駄のない体躯。
一歩踏み出すだけで、空気が沈む。
「護衛騎士団長、アルヴェルトだ」
「……ベルジュールです」
自然と背筋が伸びる。
(強いな)
「分かる」
見ただけで理解できる。
――格が違う。
「模擬戦を申し込む」
団長は淡々と言った。
「断る理由はないだろう?」
「……まあ、な」
断れる空気ではない。
断れば“何か”が壊れる。
「いいぜ。やる」
ベルは剣を抜いた。
――中庭。
広く整えられた戦場。
周囲には騎士たち。
そして、あの少女――エリナの姿もあった。
「頑張ってくださいね!」
無邪気な声。
(プレッシャーが増したな)
「やめてくれ……」
対峙する。
団長は微動だにしない。
「先に言っておく」
静かな声。
「手加減はしない」
「……上等だ」
ベルは構える。
だが――
始まった瞬間、理解した。
「――速っ!?」
見えない。
いや、見えているのに追いつかない。
一撃。剣が弾かれる。
二撃。体勢が崩れる。
三撃。地面に叩きつけられる。
「がっ……!」
呼吸が止まる。
(……話にならないな)
カードの分析は冷静だった。
「くそ……!」
立ち上がる。
だが差は歴然。
力、速度、技術――すべてが上。
「終わりだ」
団長の剣が喉元に迫る。
避けられない。防げない。
――負け。
その瞬間。
(……いいのか?)
カードの声が響く。
「……は?」
(このまま、“英雄はただの偶然だった”で終わるぞ)
時間が引き延ばされる。
(それは事実だ。否定はしない)
「……ああ」
(だが、“そう見せる必要がある”のも事実だ)
ベルの視界に、再び“線”が走る。
団長の動き、癖、踏み込み。
すべてが分解される。
(使え。俺を)
一瞬の迷い。
「……それ、ズルじゃねえのか」
(戦術だ)
「……」
(ここで負ければ、お前の言葉も価値も軽くなる)
(そして――面倒になる)
ベルは笑った。
「面倒は嫌いだ」
(だろうな)
次の瞬間。
時間が戻る。
団長の剣が振り下ろされる。
――だが。
ベルは“そこにいない”。
「……何?」
初めて、団長の声が揺れた。
(右後方、死角)
ベルは滑り込む。
剣を振るう。
「ッ!」
団長が反応する。
だが――わずかに遅い。
(次、来る)
“予測”。
未来の断片。
ベルはそれを“なぞる”。
攻撃を躱し、逆に差し込む。
「馬鹿な……」
騎士たちがざわめく。
団長の動きが読まれている。
いや――“先に動いている”。
(今だ)
ベルは踏み込む。
全力の一撃。
団長の剣を弾き飛ばす。
金属音が響く。
そして――
剣先が、団長の喉元に止まった。
静寂。
誰も動かない。
「……参った」
団長が静かに言った。
その一言で勝負は決した。
ざわめきが爆発する。
「まさか……」
「団長が……」
「逆転した……!」
ベルはゆっくりと剣を下ろした。
「……はぁ……」
心臓がうるさい。
(成功だな)
「……ああ」
だが、胸の奥が少し重い。
団長が近づく。
「見事だ」
短い言葉。だが真剣だった。
「……どうも」
ベルは苦笑する。
団長の視線が少しだけ鋭い。
「……何か、隠しているな?」
「……ッ」
(鋭いな)
「……気のせいだろ」
ベルは軽く肩をすくめた。
団長はしばらく見つめ――
やがて小さく笑った。
「まあいい。勝ちは勝ちだ」
それ以上は追及しない。
だが、完全に納得したわけではない。
ベルはカードへ意識を向ける。
「……なあ、相棒。これでよかったのか?」
カードは少しだけ間を置いた。
(“正しい”とは言わない)
「……だよな」
(だが、“必要だった”)
ベルは息を吐く。
「……難しいな」
(そういうものだ)
空を見上げる。
青く、広い。
「……ま、いっか。勝ちは勝ちだ」
(開き直ったな)
「生きるためだ」
その言葉はどこか現実的で、
そして――少しだけ強くなっていた。




