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第6話 英雄料理対決で誰も英雄になれない

 英雄料理対決。


 その文字列を見た時点で、僕は薄々わかっていた。

 これは料理ではない。

 災害管理である。


 翌日、僕たちが次の宿場町ベルクに着くと、町の広場にはすでに立派な調理台が並んでいた。

 観客席まである。

 色とりどりの旗も立っている。


 どうしてこの国は、英雄を見るとすぐ催し物にしたがるのだろう。


「ようこそベルクへ!」


 出迎えた町長は、リュネより少し細身だった。

 だが笑顔の勢いは同じだった。


「本日は皆さまに、我が町名物の煮込み料理を作っていただきます!」


「作らないという選択肢は?」

 僕は一応聞いた。


「ございません!」


 即答だった。


 ですよね。


「なお、対決形式です! より町民の心を掴んだ一皿を“本日の英雄鍋”として表彰いたします!」


「心だけで済めばいいんですが」


 僕が呟く横で、ガレンさんがやる気満々に拳を握る。


「よし! 勝負だな!」


「料理で勝負しないでください」


「勝負ではないのか?」


「形式上はそうですが、本質は親善です」


「なら勝って親しめばいい!」


「理屈が雑です」


 アルトさんは調理台を見て、ぽつりと言った。


「肉はあるか」


「あります」

 町長が胸を張る。

「牛肉、根菜、香草、豆、塩、地酒、それから町自慢の出汁も!」


「肉があるなら何とかなるかもしれない」


「その発言に、何一つ安心材料がありません」


 セラフィナ様は微笑んだ。


「健康的なお鍋なら、お任せください」


「味覚を健康だけで殴らないでください」


 ミリアさんはすでに材料表を見ていた。


「煮込み時間、火力、蒸発率、調味比率、鍋の直径」


「始めないでください」

 僕は止める。


「まだ始めていない。設計段階」


「その段階から不安です」


 町長は僕の顔色を見て、明るく付け加えた。


「チーム分けはこちらで考えております! 勇者様と聖女様、魔法使い様と剣士様でどうでしょう!」


 空気が止まった。


 僕は一拍置いてから言った。


「却下でお願いします」


「なぜですかな?」


「なぜでもです」


 アルトさんとセラフィナ様の組み合わせは、今のところ料理以前の問題を含む。

 ミリアさんとガレンさんの組み合わせは、理論と腕力で鍋が壊れる未来しか見えない。


「では、皆さまで一つのお料理を?」


「それでお願いします」


「対決ではなくなりますが」


「対決より生存率を優先します」


 町長は少し残念そうだったが、町民に向けて大きな声で宣言した。


「急きょルール変更! 勇者パーティーの共同調理です!」


 観客が沸く。


 沸かないでほしかった。

 こちらはこれから、本当に鍋を沸かす方で忙しい。



 僕は即座に役割を決めた。


「僕が安全管理をします」


「料理ではなく?」

 ミリアさんが聞く。


「料理を成立させるための前提です」


 僕は指を折りながら確認した。


「火力管理。包丁管理。薬草管理。魔導加熱器具の使用制限。あと、味見前の人体実験禁止」


「人体実験ではない」

 ミリアさんが言う。


「その否定が必要な時点で駄目です」


「俺は何をすればいい!」

 ガレンさんが胸を張る。


「大きい鍋を持ってください」


「任せろ!」


 こういう単純作業は頼もしい。


「アルトさんは、肉を切る前に僕を呼んでください」


「切るだけだろ」


「その“だけ”が危ないんです」


「セラフィナ様は、薬草を入れる前に量を見せてください」


「善意で増やすことも許されませんか?」


「特に許されません」


「ミリアさんは、鍋に魔法陣を描かないでください」


「温度を一定に保つには有効」


「台所を研究室にしないでください」


 四人とも、少しだけ不満そうだった。

 だが、全員が明確に反論しきれないくらいには、僕の言うことも正しかった。


 討伐旅の経験は、こういう形でしか活かされたくなかった。



 調理が始まった。


 嫌な意味で予想通り、最初の五分でもう問題が出た。


 アルトさんは、肉を焼けばうまくなると信じている。

 信じすぎている。


「アルトさん、火が強いです」


「まだいける」


「いけません」


 鍋の横で焼きつけていた肉から、すでに危険な香りがしていた。

 香ばしい、を通り越して、焦げに向かっている匂いだ。


「表面を固めれば、うまみが」


「閉じ込める前に燃やさないでください」


 僕が火を弱めると、アルトさんは少し不満そうにした。


「肉がかわいそうだ」


「肉は今、火の方をかわいそうだと思っています」


 その隣では、セラフィナ様が美しい手つきで薬草を刻んでいた。

 見た目は完璧だ。

 白い指先で、緑の葉が細かく揃っていく。


「聖女様、それは何ですか」


「疲労回復に効く薬草です」


「料理です」


「胃腸の働きを整える根もあります」


「料理です」


「血流改善のために少量の苦草も」


「その時点で味が心配です」


「健康にはいいですよ?」


「人は毎食、治療されたいわけではないんです」


 セラフィナ様は少しだけ考え、苦草の量を減らした。

 えらい。

 かなりえらい。


 一方、ミリアさんは計量器を持ち込んでいた。

 どこから出したのかは聞かない。

 聞くと増える気がするからだ。


「塩、三・二グラム」


「細かいですね」


「誤差は味覚の敵」


「その姿勢自体は正しいんですが、町の鍋に必要な精度ではありません」


「必要」


 ミリアさんは鍋の温度を測り、真剣な顔で眉を寄せた。


「温度降下が早い。魔導加熱で補助する」


「弱くお願いします」


「弱いの定義を」


「鍋が光らない程度で」


「非科学的」


「町民の恐怖を基準にしています」


 ガレンさんは、切った野菜を豪快に鍋へ入れていた。

 量が多い。

 とにかく多い。


「ガレンさん」


「何だ!」


「その山盛りの豆は何ですか」


「栄養だ!」


「鍋の容量を見てください」


「大は小を兼ねる!」


「鍋は兼ねません」


 僕は木杓子を持ち、全体のバランスを見ながら調整に回った。

 肉を救い、薬草を減らし、塩を少しだけ増やし、豆を少しだけ減らす。


 まるで料理をしている気がしない。

 事故現場の交通整理に近かった。



 それでも、どうにか鍋らしいものは形になっていった。


 問題は、それぞれの“得意”が、それぞれ単体だと極端すぎることだった。


 アルトさんの肉は、焼きが強すぎる。

 だが、焦げる一歩手前で止めれば香りは出る。


 セラフィナ様の薬草は、体に良すぎる。

 だが、量を絞れば後味を整える。


 ミリアさんの温度管理は、研究室すぎる。

 だが、煮崩れを防ぐのには役立つ。


 ガレンさんの投入量は、戦場の補給計画みたいだ。

 だが、躊躇なく具材を足せるのは、大鍋では強い。


 つまり、単体だと事故でも、組み合わせればたまに成立する。


 そのことに僕が気づき始めた頃、町長がとんでもないことを言った。


「ではここで、子供審査員の皆さんに試食を!」


「待ってください」

 僕は即座に言った。


「はい?」


「今ですか」


「盛り上がりますぞ!」


「盛り上がる前に、こちらの鍋の安全確認が」


 だが、もう遅かった。

 前列にいた子供たちが、わあっと前へ出てきている。


 小さな木椀まで配られていた。

 準備が良すぎる。

 こういう時だけ段取りがいい。


「リオ」

 アルトさんが言う。


「はい」


「どうする」


「どうにかします」


 毎回それを言っている気がする。

 気のせいではない。


 僕は鍋の前に立ち、即座に方針を切り替えた。


「皆さん、少し貸してください」


 まず、アルトさんの焼いた肉を細かく切る。

 焦げの強い部分は外し、香ばしい部分だけ残す。


 次に、セラフィナ様の薬草だれを、ほんの少量だけ加える。

 効能ではなく香りとして使う。


 ミリアさんには、煮込み時間をあと二分だけ延長してもらう。

 具材の固さを揃えるためだ。


 ガレンさんには、豆と野菜を追加ではなく、盛り付け係に回ってもらう。


「俺は盛ればいいのだな!」


「はい。こぼさない範囲で」


「任せろ!」


 その声量で少しこぼれたが、許容範囲だった。


「ミリアさん、火力は今のまま」


「維持する」


「聖女様、苦草はもう入れません」


「少し惜しいですね」


「惜しまないでください」


「アルトさん、その焦げた肉の端は僕が預かります」


「食べられるぞ」


「知っています。だから少量だけ活かします」


「そうか」


 アルトさんは、そこで初めて少しだけ面白そうな顔をした。


「焦げにも使い道があるんだな」


「言い方に難がありますが、まあそうです」


 鍋全体を一度大きく混ぜる。

 出汁の匂いが立つ。

 肉の香り、野菜の甘み、薬草の青さ、豆の厚み。


 さっきまでの事故予備軍より、だいぶ料理に近づいた。


 僕は最初の一椀を自分で味見した。


「……」


 悪くない。

 驚くほどではないが、普通に食べられる。

 少なくとも、子供を泣かせる味ではない。


「いけます」

 僕は言った。


「本当か!」

 ガレンさんが身を乗り出す。


「本当です。なので皆さん、今からは勝手な追加をしないでください」


 四人とも、なぜか少しだけ不服そうだった。

 完成した後に足したがるのは、料理下手の特徴なのだろうか。



 子供たちへの試食が始まった。


 小さな椀を両手で持ち、最前列の子たちが恐る恐る口をつける。

 僕はその様子を、戦場の偵察より真剣に見守っていた。


 一人目。

 黙って咀嚼する。


 二人目。

 目を丸くする。


 三人目。

 ぱっと顔を上げる。


「おいしい!」


 その一言で、広場の空気が変わった。


「ほんとだ、あったかい!」

「お肉の匂いがする!」

「豆も入ってる!」

「いつもの鍋より元気になりそう!」


 最後の感想はたぶんセラフィナ様の担当だ。


 四人が、そろって少し驚いた顔をした。


 アルトさんが僕を見る。


「……うまいのか」


「はい」

 僕は言った。

「皆さんの問題点を全部少しずつ丸めた結果です」


「褒められているのか?」


「結果だけは」


 ミリアさんは鍋を見つめ、静かに呟いた。


「単体では最適でなくても、組み合わせで全体最適に近づくことはある」


「ええ」

 僕は頷く。

「このパーティーみたいに」


 口に出してから、少しだけ気恥ずかしかった。

 だが、誰も笑わなかった。


 ガレンさんは大きく頷く。


「なるほど! 俺たちは鍋だったのか!」


「その結論は少し違います」


「でも近い」

 アルトさんが言った。


「近いんですか」


「少なくとも、一人で作るよりはましだった」


「それは本当にそうですね」


 セラフィナ様が椀を見下ろし、ふっと微笑んだ。


「勇者様の焦げた肉も、使い道はあるのですね」


 言い方に棘はある。

 だが、前より少しだけ丸い。


 アルトさんは素直に頷いた。


「褒められた」


「違います」

 僕は反射で言った。


「半分くらいそうでしょうか」

 セラフィナ様が言う。


「どっちなんですか」


「受け取り方にお任せします」


 それを聞いて、アルトさんはなぜか満足そうだった。

 本人がよければ、まあいいのかもしれない。



 料理対決は、最終的に大成功扱いになった。


 共同調理なので厳密には対決ではないのだが、町長はとても満足していた。

 町民も笑顔で、子供たちはおかわりまでしている。


 結果だけ見れば、親善としては十分すぎる。


 けれど、町長はそこで余計なことを言った。


「いやあ、すばらしい! ぜひ明日も、英雄料理教室を開いていただければ!」


「お断りします」


 僕は即答した。

 人生でもかなり速い即答だった。


「えっ」

 町長が固まる。


「本日の成功は偶然ではありませんが、再現には高度な監視体制が必要です」


「ですが町民も喜んで」


「だからこそ危ないんです」


「危ない?」


「英雄の料理は、二回目から自信を持ちます」


 四人が少しだけ視線を逸らした。

 心当たりがある顔だった。


「明日は移動日ですので」

 僕は続ける。

「本日は良い思い出として、ここで終わらせましょう」


 町長は残念そうだったが、そこまで強くは食い下がらなかった。

 たぶん、僕の目が本気だったのだろう。



 夕方、宿へ向かう馬車の中で、僕は記録帳を開いた。


『親善旅行四日目。宿場町ベルクにて歓迎料理行事に参加。』


 そこまで書いて、少し考える。

 それから、続けた。


『各人の調理能力は単体では事故率が高い。しかし役割を調整し、相互補完した場合、意外にも成立する。』


 なんだか、料理の話だけではない気がした。


 窓の外では、夕暮れが街を赤く染めている。

 向かいでは、ガレンさんが「次はもっと大きい鍋でもいけるな!」と前向きに間違えたことを言い、僕がすぐに止めていた。

 ミリアさんは、今日の鍋の再現手順を書き始めている。

 セラフィナ様は、子供たちがたくさん食べたことを少し嬉しそうにしていた。

 アルトさんは、毛布にくるまりながら小さく言った。


「旅って、食う方が大変だな」


「生きるって、そういうことです」

 僕は言う。


「深いな」


「今日は疲れているので、少しだけ何でも深く聞こえるだけです」


 その時、御者が振り返って告げた。


「今夜の宿ですが、少し問題が」


 嫌な予感しかしなかった。


「何ですか」


「手違いで、部屋が三つしか取れていないそうです」


 馬車の中が、静かに固まった。


 料理の次は、部屋割りである。


 親善旅行における平和とは、たぶん僕の知らない場所にある。

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