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第5話 取材記事は魔王より人を傷つける

 朝の食堂で新聞を開いた瞬間、僕は悟った。


 魔王は倒した。

 けれど、見出しは倒せない。


「……何ですか、これは」


 町の新聞の一面には、やけに勢いのある文字が躍っていた。


『勇者、花嫁候補に聖女を選ばず!』


 その下には、


『勇者、聖女との不仲を認めるか』

『魔法使い、式典中に鳩と交戦』

『剣士、花輪を破壊未遂』


 と、朝から胃に悪い文字列が並んでいる。


「鳩とは交戦していません」


 いつの間にか隣に来ていたミリアさんが、冷静に指摘した。


「第1話の話ですよね、それ」


「時系列も正確性も破綻している」


「今に始まったことではありませんが、せめて今朝の紙面では昨日の被害だけにしてほしかったです」


 僕は新聞をめくった。

 二面もひどい。

 三面はもっとひどい。


『聖女、笑顔の裏で心砕ける?』

『勇者パーティー再結成の裏に恋愛模様か』

『剣士の大声、愛ゆえの叫び?』


「最後のは何なんですか」


「解釈の暴走」

 ミリアさんが言う。


「止めたいですね」


「同意する」


 その時、向かいの席にセラフィナ様が座った。

 僕が何か言う前に、新聞をひょいと取り上げる。


 数秒だけ、静かに読む。


 それから、にこりと笑った。


「なるほど」


 次の瞬間。


 新聞が、きれいに四等分された。


 破ったのではない。

 折ったのである。

 あまりにも正確で、逆に怖い。


「聖女様」

 僕は慎重に声をかけた。


「はい?」


「笑顔が整いすぎていて、かえって危険です」


「安心してください。まだ何もしていません」


「“まだ”がついています」


 ちょうどその時、アルトさんが眠そうな顔で食堂に入ってきた。

 席につき、僕たちの空気を見て、机の上の四分割された新聞を見る。


「何かあったか」


「新聞がありました」

 僕は言う。


「新聞って怖いな」


 その感想だけは本当に正しい。


 ガレンさんも遅れて現れ、僕の肩越しに紙面を覗き込んだ。


「おお、俺も載っているのか!」


「あまり喜ばないでください」


「破壊未遂?」

 ガレンさんは眉をひそめた。

「俺は壊していないぞ! ちゃんと支えた!」


「ええ。現場にいた人間は全員知っています」


「なら何でこうなる」


「新聞だからです」


 説明になっていないようで、かなり説明になっていた。



 食堂の隅では、すでに町人たちがこちらをちらちら見ていた。

 ひそひそ声も聞こえる。


「やっぱり不仲なのかしら」

「でも昨日、助け合ってたわよ」

「聖女様、怒ると怖そうだものね」

「勇者様って鈍そう」


 最後のは事実に近いが、本人の前で言うべきではない。


 僕は額を押さえた。


「今日は取材対応を整理します」


「整理?」

 アルトさんが言う。


「放っておくと、今日の昼には“勇者、花祭りで破局”くらいまで進化します」


「進化するのか」


「悪い方向にだけします」


 そう言った直後、食堂の入口が勢いよく開いた。


「失礼します! リュネ日報です!」


 来た。


 年若い記者が、手帳を片手に駆け込んでくる。

 目が輝いていた。

 真実を追う目ではない。

 話題を追う目だった。


「今朝の記事について、勇者様御一行から追加コメントをぜひ!」


「ぜひ、ではありません」

 僕は立ち上がる。

「まず確認ですが、今朝の記事、誰への確認もなく出しましたよね」


「町の熱気をそのまま紙面にした結果でして!」


「熱気を冷ましてから書いてください」


 記者はまるで堪えていない様子で、次々に質問を放ってきた。


「勇者様、聖女様を選ばなかったことに特別な理由は?」

「聖女様、昨日の笑顔には何か含みが?」

「魔法使い様、勇者様と聖女様の心理的距離を分析すると?」

「剣士様、どなたを一番信頼していますか?」

「解散の危機という噂については?」


「待ってください」

 僕は手を上げた。

「質問の半分以上が事実ではなく願望です」


「読者が気になる点を優先しておりまして」


「読者の胃より、当事者の胃を優先してください」


 記者は首を傾げた。


「では、不仲ではないと?」


「不仲を一言で説明できる段階は、もう過ぎています」


「深刻ですね!」


「そういう意味ではありません!」


 会話が全部見出しに化ける。

 この人は危険だ。



 そこへ、ミリアさんが静かに前へ出た。


「正確性を担保するため、訂正文を作成した」


 嫌な予感がした。


 彼女はどこからともなく、分厚い紙束を取り出す。


「全六十ページ。誤認箇所ごとに分類し、時系列順に再構成、証言との照合も済ませた」


「ミリアさん」

 僕は即座に止めた。


「何?」


「それを渡すと、記者さんが喜んで帰るだけです。たぶん一行しか読みません」


「一行?」


「“魔法使い、怒りの六十ページ”とかで記事になります」


 ミリアさんは一瞬だけ考え、嫌そうに眉を寄せた。


「不本意」


「でしょうね」


「だが、訂正は必要」


「必要です。なので、量を圧縮します」


「圧縮は知性への侮辱」


「新聞相手には、まず見出しに勝てる長さが必要です」


 ミリアさんは納得していない顔だったが、紙束を引っ込めた。

 助かった。

 紙束ごと戦争が始まるところだった。


 すると今度はガレンさんが、記者の真正面に立った。


「よし! 俺が言おう!」


「待ってください」

 僕は止める。


「大丈夫だ! 簡潔に話す!」


 この人の“簡潔”は、だいたい声量で補われる。


「俺たちは仲間だ! 以上!」


 食堂中に響いた。

 窓が少し震えた。


 記者の羽ペンが素早く動く。


「剣士様、熱愛疑惑については否定なさらないと」


「なぜそうなる!?」

 ガレンさんが本気で驚いた。


「“仲間”とは深い絆の表現であり」


「違う! そのままの意味だ!」


「“そのままの意味”」

 記者は嬉しそうに復唱した。


「駄目です」

 僕は顔を覆った。

「もう本当に駄目です」



 記者をどうにか食堂の外へ誘導し、「後ほど公式コメントを出します」と約束して一旦帰ってもらった後、僕は宿の裏庭で深く息を吐いた。


 朝から体力を使いすぎている。


 そこへ、足音が二つ近づいてきた。

 アルトさんとセラフィナ様だった。


 気まずい組み合わせだが、今の二人は言い争っていなかった。

 珍しい。


 アルトさんが先に口を開く。


「セラフィナ」


「何でしょう、勇者様」


 声は平坦だが、険しくはない。


「その……新聞の件」


「はい」


「嫌な思いをさせたなら、すまない」


 珍しく、言葉を選んでいた。

 たぶん本人なりに、かなり頑張っている。


 セラフィナ様は少しだけ目を見開いた。

 それから、ふっと息を吐く。


「新聞より」

 彼女は言った。

「勇者様の言葉不足の方が、長期的に有害です」


「……そうか」


「そうです」


 ばっさりしている。

 ただ、いつもより刃先が浅かった。


「でも」

 セラフィナ様は続ける。

「今の謝罪は、昨日よりずっとましでした」


 アルトさんが少しだけ困ったように頭をかく。


「リオが、言えって顔をしてたから」


「僕の功績をそこで雑に暴露しないでください」


 二人ともこちらを見た。

 僕は見なかったことにする顔をした。


 セラフィナ様の口元が、わずかにやわらぐ。


「まあ、勇者様が何も考えていないわけではないと、町の新聞よりは理解できました」


「何も考えてないわけじゃない」

 アルトさんは真顔で言う。

「言わないだけで」


「そこが問題なんです」

 僕とセラフィナ様の声が重なった。


 一瞬の沈黙のあと、セラフィナ様が少しだけ笑った。

 棘の少ない、短い笑いだった。



「さて」

 僕は気を取り直した。

「このままだと、昼にはもっと変な記事が出ます。なので公式コメントを作ります」


「公式?」

 ガレンさんが戻ってきて言う。


「はい。短く、誤解の余地が少なく、見出しにされても致命傷になりにくい文章です」


「難しいな!」


「ものすごく難しいです」


 僕たちは宿の談話室に集まった。

 机の上には紙とインク。

 僕は記録帳とは別の紙を用意し、見出しに書く。


『リュネ日報向け 勇者パーティー公式コメント案』


「まず勇者様」

 僕は言う。

「昨日の件について、一言で」


 アルトさんは少し考えた。


「祭りはよかった」


「抽象的ですね」


「子供が無事でよかった」


「それはいいです。採用します」


 次にセラフィナ様を見る。


「私は」

 セラフィナ様は微笑んだ。

「町の皆さまの善意に深く感謝しております。勇者様の判断も、結果としては妥当でした」


「“結果としては”を消してもいいですか」


「駄目です」


「少しだけ棘があります」


「少しだけです」


 少しなら残してもいい気がしてきた。

 実際、完全に無害な聖女様は逆に不自然である。


「ミリアさん」


「昨日の行事において、勇者の選択とその後の共同対応は、対外的印象の改善に有意な効果を示した」


「長いです」


「まだ前置き」


「前置きを削ってください」


「知性への」


「その抗議はさっき聞きました」


 最終的に、

『昨日の行事では、皆で協力して町の祭りを守れたことを嬉しく思います』

 まで圧縮した。


 ミリアさんは不満そうだったが、ゼロにはしていないので耐えてくれた。


「ガレンさんは」


「任せろ!」


 嫌な予感しかしない。


「俺たちは仲間だ! 以上!」


「二回目ですね」


「よい言葉だろう!」


「言葉自体はいいです。声量が紙面向きではないだけで」


 結局、それも少し整えて、

『これからの旅でも、仲間として力を合わせていきます』

 にした。


「俺の言葉が立派になったな」


「編集の力です」


 全員分をまとめ、最後に僕が冒頭文をつける。


『勇者パーティー一同は、リュネの温かい歓迎に感謝しています。花祭りでは多くの方にお世話になり、町の皆さまと良い時間を過ごせました。』


 読み上げると、四人とも致命的な反対はしなかった。


 このパーティーでは、それを合意と呼ぶ。



 昼過ぎ。

 僕は公式コメントを書き写した紙を、記者へ手渡した。


「この内容を、そのまま、できるだけそのまま載せてください」


「もちろんです!」

 記者は元気よく言った。


「“できるだけ”の部分が不安です」


「善処します!」


 それも不安だった。


 だが、これ以上はやれることがない。


 翌朝。


 僕は恐る恐る、また食堂の新聞を開いた。


 見出しはこうだった。


『勇者パーティー、仲直りへ一歩』


 ……まともだった。


 ものすごくまともだった。


 記事本文にも、

『町の祭りを皆で守れたことを嬉しく思う』

『これからの旅でも、仲間として力を合わせていく』

 と、ちゃんとした言葉が並んでいる。


「奇跡ですね」

 僕は言った。


「記事が治ったのですか?」

 セラフィナ様が言う。


「たぶん一時的ですが」


 アルトさんが新聞を覗き込み、小さく頷いた。


「悪くない」


「ええ」

 セラフィナ様も珍しく素直に言う。

「少なくとも、昨日よりは毒性が低いです」


「俺たちは仲直りしていたのか!」

 ガレンさんが明るく言った。


「している途中、くらいです」

 僕は訂正する。


「途中でも前よりよい!」


「それはそうですね」


 ミリアさんは記事の文面を確認し、静かに頷いた。


「許容範囲」


「その評価が一番信用できます」


 少しだけ、食堂の空気が軽かった。

 新聞一つでこれだけ疲れるのもどうかと思うが、悪い方向にしか転ばないよりはずっとましだ。


 僕は安堵しながら紙面をたたみ、ふと隅の小さな記事に目を留めた。


『次の宿場町ベルク、英雄歓迎料理対決を準備中』


 嫌な文字列だった。


 ものすごく嫌な文字列だった。


 その記事の横には、地元名物の煮込み料理の挿絵と、にこやかな煽り文句が添えられている。


『あなたの推し英雄が腕をふるう!』


「……誰の推しでも、台所に立たせてはいけない人が複数いるんですが」


「料理対決?」

 アルトさんが言う。


「肉を焼けばいいのか」


「その発想の時点で不安です」


「健康的なお料理なら得意です」

 セラフィナ様が微笑む。


「味の方を先に心配します」


「手順書があれば再現性は確保できる」

 ミリアさんが言う。


「料理を実験にしないでください」


「包丁なら任せろ!」

 ガレンさんが胸を張る。


「任せたくありません」


 全員の発言が、見事に不安材料だった。


 僕は新聞を静かに机へ置き、遠い目をした。


 取材記事は魔王より人を傷つける。

 だが次の町では、たぶん料理がそれに続く。


 親善旅行三日目。


 僕の胃は、平和な時代に対する信頼を、着実に失い続けていた。

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